強敵

 天候は生憎の曇り、感じるのは微かな潮風。海の傍ではあるが昨日チサトさんが言っていた通り、車に乗って一時間足らずで目的地の消波ブロック置き場には到着した。


「「わぁ~っ!」」


 目の前に並ぶ無数の消波ブロックに関心を示す二人。一葉は頭にハンチング帽をかぶり薄地のパーカーにホットパンツ、双葉はワンピースの上からジャケットを着て下はスパッツと、それぞれ動きやすい馴染みの服装へと着替えている。

 どうやらRAC部の面々はこのフィールドで一日練習なのか、着いた時には既にDランクのチームと思わしき生徒同士による練習試合が行われていた。


「本日は宜しくお願い致します」

「いえいえ。こちらこそお手柔らかに」


 チサトさんと黒山が挨拶を交わすという不思議な光景の後で、俺達は消波ブロック間の滑走や狙撃ポイントの確認、プレハブ内の視察をする。

 昨日のイメージと比べて大した差異はなく、せいぜいプレハブの天井が思ったより高かったくらい。フィールドも一通り見て回ったが、特に問題は見当たらなかった。

 そして今はチームの待機地点、キャンプにて試合開始に備えている。


「おっぱいだ~」

「おっぱいですわ」


 …………子供ってのは本当に正直だよな。

 銃の手入れや水分補給をしている相手チームの中で、藤林を見るなり的確な発言をする一葉と双葉。するとその視線を察してか、少女はふと脚を止めた。

 他の部員同様RAC部のジャージに身を包み、頭にはロール型のヘッドガードを付けている藤林は、呼んでもいないのに軽快に滑り出すと俺達の元へとやってくる。


「甲斐空也――――」

「初めまして。さようなら」

「ちょっ? 待つっす! 少しは話を聞いてほしいっす!」

「「おぉ~」」


 ジャージの上からでも目立つ胸の膨らみが、動く度にぽよんと弾んで揺れる。それを目の当たりにした二人が小さく声を上げるのを見て、俺は溜息を吐いた。


「何の用だよ?」

「その子達とは、一体どういう関係っすか?」

「妹……いや、親戚の子って感じだな」

「感じ? 何か怪しいっすね」

「ぱにゃにゃんぱ~っ!」

「ぱ、ぱにゃ……?」

「初めまして。冬野双葉と申しますの。お兄様がいつもお世話になっていますの」

「こ、こちらこそお世話になってるっす! 藤林輪廻っす!」


 双葉にも藤林にも世話になったり世話をした覚えはないんだけどな。

 チサトさんを見習い、保護者みたいな挨拶をしながら深々と頭を下げる双葉。そんな年下の少女に対し、柄にもなく藤林が頭を下げるのを見て思わずニヤリとする。


「……」

「ん? どうしたんだ霧雨?」

「……空也のH」

「何でだよっ?」

「……どうせ男は巨乳が好き」


 以前に私服で試合に出たら小学生と間違えられた経験から、ラックでも普段と変わらない制服姿の霧雨がぷいっとそっぽを向く。幸いにも小声だったため藤林には聞こえていなかったらしく、礼儀正しい挨拶を済ませた少女はビシッと俺を指さした。


「そ、そんなことより本題っす! 甲斐空也、今日こそ積年の恨みを――――」

「くノ一さん、集合だよ」


 滑ってやってきたのは藤林と同じヘッドガードを付け、RAC部のジャージを羽織っている顔立ちの整った男。一見爽やかな笑顔だが目つきは鋭く、卵の殻をかぶったような髪型も昔から変わらない。




 五十嵐出雲(いがらしいずも) スライパー

 警察6(速度7 技術7 投擲3) 泥棒6(逃走率6 救出率5) 総合6




 Cランクにいる一年は藤林とコイツの二人。しかし藤林を含めた他のプレイヤーの評価が総合3・4程度に対し、出雲の数値はCランクの中で完全に飛び抜けていた。


「む……仕方ないっす。甲斐空也、後で覚悟しておくっす」

「空也君、くノ一さんに何したのさ?」

「別に何もしてないっての」

「あっそ。まあ仲良くしてあげてよ。くノ一さん、良い人だけど基本的に変人だから」

「逆っす!」


 去り際に叫びながらも、藤林はRAC部のキャンプへと戻っていく。この場に残った出雲は親指で後方、フィールドの中央辺りに位置するブロック地帯を指さした。


「抽選、始めるってさ」


 一足先に滑り始めた出雲の後ろ姿を追うようにして、俺も駆け足で後へ続く。

 俺や霧雨とは幼い頃からの付き合いであり、かつては一緒のチームで頼れる仲間としてプレイしていた顔馴染みは、こちらを振り返ることなく静かに語りかけてきた。


「チームを作ったとは聞いてたけど、何だか拍子抜けだね」

「悪かったな」

「一つだけ聞かせてよ。何で空也君はスライパーじゃなくてバランサーをやってるのさ? あの人もいることだし、ガードなら充分足りてるじゃん」


 スライプギアやエレクトログリーヴといった装具が次々と進化していく昨今において、純粋な身体能力だけで勝負するバランサーは圧倒的に少ない。仮にいても牢屋番、すなわちガードであることがほとんどだ。

 しかし俺のチームにはムサシさんという優秀なガードがいる。幼い頃からの付き合いで親父のことも知っている出雲からすれば、不思議に思うのも当然だろう。


「別にいいだろ」

「ふーん。まあ確かに、別にどうでもいいことかもね。だって仮に空也君がスライパーを続けてたって、どうせオレには勝てないんだし」


 挑発に乗る訳じゃないが、一応俺もスライパーとしての腕はそこそこある。

 ただ仮にスライプギアを使えば、一葉や双葉はきっと俺の滑り方を真似て無茶をするだろう。下手に怪我をされても困るし、別に二人は技術が上手くなくてもラックを楽しんでさえくれればそれだけで充分だ。


「そういうお前こそ、何でCランクにいるんだよ?」

「オレだってさっさと上に行きたいけど、ランク分けテストは隔週に一回で飛び級は禁止。これでも入部してから二回、最短で駆け上がっている最中なんだよね」

「成程な」


 大きなスーツケースを前に俺達は足を止める。

 中から取り出したのは、ジャッジと呼ばれる箱型の黒い機械。そしてそのスイッチを押すと、起動したマシンは上へ上へとアンテナを伸ばし始めた。

 準備が終わるまでの間、ジャッジとは別に入れられていた小さなケースを手に取る。


「――――3、4、5っと。よし」


 ケースの中身はチーム五人分のイヤホンマイクに、バディと呼ばれるラック用の腕時計型端末。そして両手両足に着けるキャプチャルバンドと不備はない。

 板状のパーツが連結して輪状になったキャプチャルバンドは一端が抜けるようになっており、衣服の上からは勿論のこと腕や脚のサイズに合わせて調節が可能だ。


《只今音声テスト中。指定エリア確認……》


 イヤホンマイクを耳に掛けると、ジャッジの起動と同時に音声が入る。ひとまず左手首にのみ付けたキャプチャルバンドも正常に動作しており、青白い色に光り始めた。


《ナビゲーターを確認。通信を繋げます》

『空也さん、聞こえますか?』

「はい。大丈夫です」


 マネージャー業務から本業へと切り替えたチサトさん。ナビはジャッジ及びバディを通して送られるデータを元に、戦況を俺達に教えてサポートしてくれる。

 ただこの役割は必須ではなく、先日試合した社会人チームもそうだったが、趣味でやっている人達の大半はジャッジに備わっているナビ機能を使う方が多い。


《抽選の結果チーム・スナイプストーカーの警察先攻が決まりました。続いて両チームは牢屋指定を行ってください》


 俺と出雲はディスプレイに映し出された簡易フィールドマップへ順番に触れる。

 それぞれの牢屋指定が終わった後で確認を押すと、ジャッジは先に警察である出雲の指定した牢屋の位置まで静かに滑走し始めた。


「空也君さ、オレと賭けない?」


 俺同様にケースの中身、そしてナビゲーターとの通信を確認し終えた出雲は、スーツケースを担ぎ上げた後でおもむろにそんなことを口にする。


「賭け?」

「今日の試合、オレが勝ったら音羽ちゃんをRAC部に引き抜く。仮にこっちが負けたら、オレが甲斐空也と愉快な仲間達に入るって条件でさ」

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