ミス

「行くぞっ!」


 合図と同時に俺達四人は飛び出す。

 一葉と双葉は入口へ。窓から跳んだ俺と霧雨は消波ブロック地帯を目指して走り出した。


「……」


 チラリと霧雨にアイコンタクトを交わす。

 少女はブロックの陰に身を隠し、俺はブロックの上へとよじ登った。


「A8に三人と、D5に一人だ!」

『三人見つけた~っ!』

『……Hラインに誘導願い』

『えいち……えいち……オケオッケ~っ! まっかせて~っ!』

「双葉、C方向からD5に回り込めるか?」

『了解ですわ!』


 俺はブロックから飛び降りると、足音を忍ばせながら素早く移動していく。

 これもバランサーである利点の一つ。スライプギアを身に着けていたらブロックの上には登れないし、速度を上げれば音で居場所がバレてしまう。


『お兄様、気付かれましたの!』

「ナビ、双葉」

『C5Eです』

「双葉、そのまま頼む」

『了解ですわ』


 俺は立ち止まると、ホイール音に耳をすませつつブロックへ身を顰める。

 先輩と思わしき眼鏡の少女が通過するタイミングで前に出ると、手にしていたキャプチャルを両手首のバンドへタッチして貼り付けた。


「きゃっ?」

「おっとと」


 バランスを崩した眼鏡少女が、俺にもたれかかる形で倒れる。

 慌てて受け止めながらも、手首が赤い光で繋がっているのを確認した。


「一人確保だ」

『キリウのお姉ちゃん、そっちに一人行った~っ!』

「っ! 悪い双葉、連行頼めるか?」

『了解ですわ』


 少し遅れて合流した双葉に眼鏡少女を預け、一葉が追いこんでいるH方向へ向かう。

 三人のうち二人は別方向に逃げたようだが、もう一人は誘導に成功したようだ。


『あ~っ! 惜しいっ!』

『……左足拘束。右足は外し』


 正確さにウリのある霧雨にしては珍しい。

 もっとも彼女の狙撃は拘束に留まらず、一度に二発を打ち込み確保まで狙う上級スキル。今回は相手が相手であるため、多少のミスは当然とも言える。


『外れたの拾った! 待て待て~っ!』

「一葉! そのキャプチャルを思いっきり上に投げろっ!」

『ふぇっ? よくわからないけどわかった! いっくよ~っ!』


 霧雨が当て損じたキャプチャル……すなわち相手を拘束しているキャプチャルと対になっている物を拾い上げた一葉は、俺の指示通り天高く投げ上げる。

 本日の天気は曇り。それ故に空から発せられたフェムトレーザーによる一筋の光が、地上のどこに向かって伸びているかは見やすかった。

 すかさずその位置へ、音を立てずにダッシュして一気に近づく。


「っ?」


 突然の強襲に驚く男だがもう遅い。

 手にしていたキャプチャルを両手首のバンドへ素早く付けると、空へと伸びるエメラルドグリーン色の線とは別に、新しく光の線が現れ即座に赤色へと変わった。


「ふう。二人目、無事確――」

『ああっ!?』


 突如イヤホンマイクから双葉の声が響く。


『どったの双葉?』

『に、逃げられましたのっ! ちょっと目を離した隙にっ!』

『え~~~~~っ?』

「方向はっ?」

『C4からB4へ追跡中ですわっ!』


 相手の注意を上に向ける作戦だったが、どうやら双葉の視線までも引き付けてしまい、最初に捕まえた眼鏡の女子の脱走を許してしまう。

 助けたのは別方向へ逃げていた二人か、未だに姿を見ていない藤林か。いずれにせよその方向に俺達のメンバーは誰一人おらず、双葉一人で捕まえるのは厳しそうだ。

 連行を一葉に任せて追いかけようとも考えたが、まだ序盤なのに少し体力を使い過ぎている。まずは確実に一人と、確保した男を牢屋へ連れていった。


『も……申し訳ありませんのお兄様……見失ってしまいましたの……』

「ドンマイだ双葉。まだまだ大丈夫だから、気持ちを切り替えていくぞ」

『わ、わかりましたの……』


 励ましの言葉をかけてみるものの、少女の返事に元気はない。一葉と違い双葉はこうしたミスを後まで引きずるタイプなだけに、今後のプレイに影響が出ないか不安だ。

 プレハブ小屋に戻った俺はムサシさんに男を引き渡し、再び窓から外へ出た。


「…………」


 最初同様ブロックに登り周囲を見渡すが、相手の姿は見当たらない。

 バディを確認すれば開始約二分。本来なら悪くないペースだが、この二、三分後に俺達四人が捕まったことを考えると、わかってはいたが支配率で勝つのは難しそうだ。


『一人見っけたっ! えっと場所は……F6……あっ! 逃げたっ!』

「方向は?」

『まっすぐっ!』

『F6Nです』


 まっすぐってどっちだよ。

 追いかけるだけで精一杯な少女に思わず心の中で突っ込んだ矢先、一葉の移動方向から相手の位置を予測したチサトさんによるフォローが入った。


『……そのまま』


 俺が挟み撃ちへ向かうには遠い位置だが、そのままブロック外である8ラインの辺りまで誘導できれば霧雨が狙い確保できるかもしれない。

 そんな考えとは裏腹に、イヤホンマイクから再び一葉の通信が入る。


『曲がった! あれ? どこか行っちゃった』


 すかさずブロックに登り確認するが、この位置からは死角となっていて見当たらない。

 トリッカーならブロック上を飛び移って移動することも容易だろうが、無い物ねだりをしても始まらず俺は一旦ブロックから飛び降りた。


「気にするな一葉。今みたいに諦めずに追ってくれ!」

『うん!』


 先程のように挟み撃ちにできれば俺が、ブロック地帯の外へと誘導すれば霧雨の狙撃で充分確保できる。

 …………この時はまだ、そう思っていた。


『ふんぬ~っ! またどっか行った~っ!』

『申し訳ありませんお兄様。また見失ってしまいましたの……』


 しかし事はそう上手くいかない。

 一葉と双葉を嘲笑うかの如く、三人のスライパーは直線的な動きからジグザグとした動きへと逃げ方を変更。今までの相手と違いムサシさんの危険性も理解しているようで、捕まっている仲間を助けに行く気配もなかった。

 何度も何度も追いかけっこを繰り返し、悪戯に時間だけが過ぎていく。


『……確保』


 ようやく二人目を捕まえたのは、既に試合開始から七分が経過した頃のこと。

 そして失ったのは時間だけではなかった。

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