データ

 ミーティングの内容はそっちのけで大欠伸を一つ。双葉が真似をしてクッキーを積み始める中、チサトさんは呆れた表情を浮かべていた。


「ジョージ、何か助言はないんですか?」

「助言ねえ……試合前はしっかり挨拶をして、楽しいラックにしよう……だってよ」

「あ~っ! それ、一葉の!」

「またいつの間に……そういったアドバイスではなくですね――――」

「作戦なんざ役に立たねえっての」


 そう言うなり親父は、ラックラブの教本『楽しいラック』を一葉に投げ返す。その後で積み上げたクッキーの一番上に、一回りも二回りも大きい煎餅を容易に乗せてみせた。


「ラックってのは刻一刻と状況が変化するんだぜ? テメエらがフリースタイルで楽しむチームなら、仲間を信じて自由に動けばいいんだよ」


 仲間を信じろ。

 親父は何かとその言葉を口にするが、そんなのは当たり前のことだと思う。


「他に話がなけりゃさっさとお開きにしようぜ。ったく、暇潰しにもなりゃしねえ」

「はいは~い、質問! 一葉達の星はまだつかないの?」

「あん?」


 一葉の言う星とは、手元の資料にも載っているプレイヤーの評価を示した数値だ。

 警察陣営においては各種役割における三項目。泥棒陣営は全員共通で逃走率と救出率の二項目が、それぞれ最大10個までの星の数で評価される。


「わたくしも気になりますの」

「残念ながら冬野さん達はまだ試合数が足りませんね」

「まだ足りないの~? 気になる気になる気になる~っ!」

「気になるなら俺様が教えてやろうじゃねえか」

「ほんとっ?」

「知りたいですわ!」

「こんなミーティングよりは暇潰しになるぜ。チサト、データシート出せ」


 チサトさんはノートパソコンを少し操作した後で親父の前に置く。すると素早くキーがタイプされた後で、ものの一分足らずでスクリーンにデータが映された。




 冬野一葉(ふゆのかずは) スライパー

 警察2(速度5 技術0 投擲0) 泥棒2(逃走率1 救出率3) 総合2




「む~……星少な~い……」

「こんなもんに決まってんだろうが」

「ジョージおじ様。わたくしはどうなりますの?」

「ほれ」




 冬野双葉(ふゆのふたば) スライパー

 警察1(速度4 技術0 投擲0) 泥棒3(逃走率3 救出率2) 総合2




「そ、そうなりますの……」

「嘘だ~っ! こんなのインチキだ~っ! やっぱりおじさんが作ったやつなんかじゃなくて、ちゃんとしたのが出るまで一葉待つもん!」

「あん? 聞き捨てならねえな。この俺様の作ったデータがインチキかどうか、キリサメのデータで試してやろうじゃねえか」


 ミーティングの時より生き生きとしている親父を見て、チサトさんが溜息を吐く。

 当の本人はそんなことを気にもせず再びキーボードを叩き始めると、またもや一分もしないうちにスクリーンへデータを表示させた。


 


 音羽霧雨(おとわきりう) エイマー

 警察6(近距離3 中距離8 遠距離7) 泥棒3(逃走率5 救出率0) 総合5




「公表されてるやつと比較してみな」

「キリウのお姉ちゃん、合ってるの?」

「……完璧」

「え~っ?」


 不満そうに声を上げる一葉だが、霧雨が携帯で確認しているデータを覗き込むと確かに公式として登録されている数値と全て一致していた。


「霧雨お姉様、中距離と遠距離が凄いですわ」

「近距離は残念性能だがな。せいぜい欠点を磨くこった。最後の一人は……っと」




 甲斐空也(かいくうや) 雑魚

 警察4(速度3 体力4 投擲5) 泥棒3(逃走率3 救出率2) 総合3




「バランサー気取りのテメエはこんなもんだ。うっし助言終了。行くぞムサシ」


 親父は再び鼻歌を交えながら、ムサシさんと共にミーティングルームを去っていく。後になって気付いたが、役割の欄が雑魚ってどういうことだよ?

 まあ親父達からしてみれば所詮はドングリの背比べ。ムサシさんが牢屋番をしてくれている時も、半分程度の力しか出していない(親父談)とのことだから驚きだ。


「ね~ね~お兄ちゃん。おじさんって本当に凄いの?」

「そりゃまあ、伝説になるくらいだからな。真似してる人だって沢山いただろ?」

「真似って?」

「……ジョージって名前の人は多分大体がそう」

「ふぇっ? そうだったのっ? 空前絶後のジョージブームじゃなかったんだ!」


 ラックのプレイヤーネームは自由に登録できるため、その伝説にあやかりジョージやムサシと名乗っているプレイヤーは数多く存在している。

 だからこそ木の葉を隠すなら森の中。人数が足りていない俺達のチームに本物のムサシさんがヘルプに入っていても気付かれない……と言いたいところだが、中には先程来ていた志願者のように勘づく人も多少なりいるようだった。

 そしてその手の類の志願者はムサシさんのテストを受けた後、サムズアップかVサイン……要するに1点か2点の評価をされて速やかにお引き取り願うことになる。


『ムサシ目当てで来られようがコイツはただのヘルプ。つまるところが『甲斐空也と愉快な仲間達』に興味がねえ奴は、例えプロだろうと願い下げだ』


 大事なのは技術ではなく気持ちという、親父の持論はわからなくもない。

 ただムサシさん目当ての志願者も今回で三人目。情報の漏洩はチサトさんが防いでくれているが、これ以上迷惑を掛けないためにも早いところメンバーを探す必要がある。


「チサトお姉様。ジョージおじ様やムサシおじ様のデータは残ってたりしますの?」

「はい。昔のものでしたら残ってますが、ご覧になられますか?」

「見る見る~」

「少々お待ちください」


 親父達のデータは勿論のこと、ネットで検索すれば当時の試合ですら映像付きで残っているが、そういった動画の類を俺はあまり見ないようにしている。

 全国大会において未だ破られたことのない大記録、前人未到の無敗を成し遂げたまま引退した伝説の男は、もうフィールドに戻らないのだから。


「お待たせ致しました」


 チサトさんがそう言うなり、一葉と双葉がスクリーンに目を向ける。




 ムサシ スライパー ☆守護神・ガーディアン

 警察9(速度7 技術9 投擲10) 泥棒9(逃走率10 救出率7) 総合9




 ジョージ スライパー ☆チーター

 警察10(速度10 技術10 投擲10) 泥棒10(逃走率10 救出率10) 総合10




「なんですと~っ?」

「ほ、星がいっぱいですわ」


 一葉と双葉が唖然とした表情を浮かべる。ヘルプの際にはスライパーじゃなくバランサーのムサシさんだが、確かに半分の力でも俺達と同等以上な納得の数値だ。


「ね~ね~、このガーディアンとかチーターって何?」

「通り名ですね。ムサシの牢屋番は一度入れた相手を逃がさないどころか、視界に敵が映った瞬間には確保していたことで有名だったものですから」

「それで守護神……成程ですわ」

「そいじゃそいじゃ、一葉も『絶対究極☆最強少女』とかなったりするっ?」

「はい。有名になれば充分あり得ますよ」


 笑顔で応えるチサトさんだが、流石にそんな通り名で呼ぶ輩はいないと思う。

 一応この一ヶ月で対戦した八試合は全勝しているが、それはチサトさんのセッティングした相手が初心者である一葉と双葉のレベルに合わせてあるからに過ぎない。


「話が脱線してしまいましたね。明日の試合に関して他に何か質問はございますか?」

「大丈夫大丈夫! 一葉に任せて~」

「わたくしもありませんの」


 俺と霧雨も特に気になることはなく、問題なしと首を横に振った。

 それを見たチサトさんは、ニッコリ微笑んだ後でノートパソコンを閉じる。


「もしも資料等に関して何か必要な物があれば、お気軽に申しつけください」

「いつもありがとうございます」

「いえ。これもマネージャーの業務ですから。それでは明日の正午に事務所前でお待ちしております。体調だけは崩さないようにしてください」

「はいですわ」

「オケオッケ~!」

「……了解」


 今日もミーティングは問題なく終わり、俺達は各々の家へと解散した。

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