ショッピングモールをぶらり
駅前のショッピングモールは賑わっていた。
夏らしく水着のお店が出ていたり、週替わりで食べ物屋さんが変わるブースではゼリーを売っている。
おしゃれな人達が賑やかに流れ、お店に吸い込まれていく。
「どこから行く?」
「地下一階の方がわたし達くらいの歳の服あるイメージだよね」
「そうなの? じゃあ降りましょうか」
やっぱり地元にあるショップとは雰囲気やディスプレイが違うなあ。そんなことを思いながら、さきと一緒にエスカレーターで一つ階を下る。
雑貨屋さんやバラエティショップ、ちょっと若者向けの服。この階は、上の階よりややお財布に優しい。
「あき、この辺のこと詳しいの?」
「え、そんなことないと思うけど……あ、でもお姉ちゃんがそこのデパートのコスメブランドで働いてて」
「なるほど。おしゃれなのも、お姉さん譲りかしら」
「お姉ちゃん、学生時代はアパレル店員だったから、確かにお下がりとかよくくれるなー」
なんだかくすぐったくなって、わたしは照れ臭い顔になっている。口がきゅっと結ばれるのがわかる。
「どうしたの?」
「あんまりそうやって褒められることないから」
さきは不思議そうに目を丸めた。
初めはあまり表情の変わらない人だと思ったけれど、時間が経つと慣れてきて、少しの変化でわかるようになっていた。
「あんまり家族意外と出かけたりしないし」
「ああ、妹さんがいるのよね」
「そう。小三」
「歳が離れてると、ちょっと心配になるわよね」
わたしはその共感が、とても嬉しかった。
さきは本当に、人を否定することをしない。そのままをすとんと受け取ってくれる感じがする。
以前友人からの誘いを、妹がいるからと断ったことがある。
その時の彼女は『小学校上がってるんでしょ? 放っといても大丈夫でしょ』と不服そうに、わたしを真面目すぎると笑った。
それがどうしようもなく嫌で。
最近は誘いを上手く流せるようになったけれど、その代わり家族の話をすることはなくなった。
うちの家は、今はとても分かりやすく役割分担がされていて、それで上手く回っている。
お母さんとお姉ちゃんは働いていて、洗濯や食事はわたし。
掃除は本当は毎日した方がいいけど、手が回らないこともあるから気づいたときに気づいた人がやる。
別にちょっとくらいサボったっていいのかもしれない。
お母さんもお姉ちゃんも、たまには遊びに行ったらと言うけれど、家事は結構好きだし、わたしの中の優先順位は決まっている。
「今日は妹ちゃん、大丈夫なの?」
「うん。今日は学校のプール行って、そのままお友達の家にお邪魔するみたい。夕方はお母さんが帰ってきてるし」
「なら安心ね。学校のプール、懐かしいわね」
確かに、友達と遊ぶより家族が優先の女子高生は、珍しい。
お姉ちゃんくらいの歳ならまだしも、わたしの歳でこうして家族のことを気遣ってくれる人が今まで居なかったのは、仕方がない。
だからこそ、さきを特別に感じるのだと思う。
「どうかした?」
さきはわたしの顔を覗き込むようにして目を見る。
真っ直ぐな目にハッとして、自分が今、少し俯いてしまっていたことに気づく。
けれどなんだか、よくわからないのだけれど。
「……なんでもない」
口角を少し上げるだけで笑って見せる。
彼女の前で、いつものように、溌剌としていなくたっていい。そんなふうに、勝手に思う。
さきは目をじっと見たままでいたけれど、その後不意に口角を上げ、楽しそうに笑う。目が笑っている。
「なんか、そっちの方がいいわね」
「……どういうこと?」
「さあね」。少し意地悪く返事をして、機嫌がよさそうに、少しだけ大きな歩幅で歩いた。
理由はよくわからないけど、何やら楽しそう。
(楽しんでくれてるなら、いいか)
わたしも自然、笑顔になって、彼女の後ろを追いかけた。
「服は、何か欲しいとかあるの?」
「具体的には、特にないわね。ぶらっとしたいわ」
「ぶらっと」
さきの口からそんなラフな言葉が出てくるとは。そのミスマッチな感じが面白く、思わず繰り返す。
「私も、あんまり人と出かけることがないから、はしゃいでるみたいね」
「そういえば、カフェ探してる時も結構はしゃいでたよね」
「バレてたの」
特に恥ずかしそうでもなく、「そうなのよ」と真顔でさきが言うものだから、わたしが面白くなってしまう。
「さきはいつも、買い物は長い方なの?」
「長い方かもしれないわね。つい寄り道しちゃったり。……あきは、意外とサッと済ませそうよね」
「普段はそうかなー。洗濯ものとか晩御飯とか気になるし。でもぶらっとするって決めた日はぶらっとする!」
「今日は?」
「ぶらっとの日?」
二人してぷっと噴き出して、さきが「じゃあ遠慮なく」なんて言う。二人で服を選び合ったり、そういう普通のことをしよう。ウィンドウショッピングなんて久々だ。
ぶらっと順番に見ていこう、という話になり、焦らずゆっくり、気になったお店に入る。
服の好みも何も知らない二人での買い物。でもなぜか、不安も不満もない。
「さきって普段どんな服着るの?」
「あるものを適当に」
「こだわりは?」
「ないね。でもシンプルなのがいいかな……あとスカート履かないと思う」
ふむふむと彼女の好みを聞いて、アイテムを見る。よく考えたら役得だ。こんな美人の服を一緒に見られるなんて、楽しいに決まってる。
「Tシャツとか着ないの?」
「持ってないけど、あれば着る」
「楽なのがいいんだ」
「うん」
今日の服装もシンプルで、軽やかに着られるような印象の服だ。それから、足元のフラットサンダル。
大当たりだ。いろいろ質問攻めにして、彼女が好きそうなものがないかを探す。
今日はぶらっとの日。ウィンドウショッピングがメインで、買うかどうかはわからない。
でもどうせ一緒に過ごすなら、嫌いなものよりも好きなものを知りたい。
「あ、これいいんじゃない?」
ディスプレイの中から、真っ白なTシャツを広げる。ショート丈のボートネックTシャツ。
襟元が浅く広く取られているから、Tシャツにしてはややきちんとしたシルエットに見える。身幅は少しオーバー気味に作られていて、細身で足が長いさきならきっと似合うだろうと振り返った。
「楽そう。いいわね」
「今日のパンツとも合わせられるし、白だから何でも合うよね」
履かないと言ってはいたけど、ロングスカートなんかを合わせても映えるだろう。
「あと何といっても、夏は白が着たい!」
「そうなの?」
「わたしだけかも。でもなんか、爽やかな感じするじゃん」
「確かに」
さきは姿見の前で服を合わせていた。肩の位置もバッチリだし、もしTシャツを買うならこれがピッタリな気がする。
化粧っけがないのに美人なのがわかる。もう何度も言っているし、以前から思っていたけれど、整った顔だ。
「これ、買ってくるわ」
「試着しなくていいの?」
「めんどくさいじゃない」
言うと思った。そう思いながら、レジに向かうさきの背を見送る。わたしは試着必須だけど、あのTシャツならそんなにイメージと違うことはないだろう。
「お待たせ」
ショップバック片手に戻ってきたさきとお店を出る。
お店を出たのが十五時で、全体を回るには時間が足りなさそうだった。
「そこの雑貨屋さん見ていい? 紅茶の種類が多いの」
「そうなの? 私も見たい」
ここだけ見て、本屋に行こう。そんな風に段取りを立てて、雑貨屋さんに入る。
生活雑貨と一緒に簡単なお菓子や、可愛いパッケージのティーバッグが並んでいる。雑貨屋さんで見ると色んなフレーバーがあったりするし、そういう変わったものを楽しむには量も少なく手軽なのだ。
「結構色々あるのね」
「うん。定番の紅茶は普通に買った方が美味しいけど、フレーバーとかちょっと楽しむ時は雑貨屋さんよく見るよ」
期間限定のポップと共に、マスカットとピーチのフレーバーティーが出ている。
マスカットはスッキリしそうだし、ピーチは元気が出そう。
「うーん……」
「悩むわね……」
さきもどうやら気になるらしく、真剣な様子で棚を見ている。
「わたし、ピーチにしようかな。家族皆好きだし」
「なら、私はマスカットにしてみるわ。お互いの感想次第で、欲しければまた買いに来ればいいし」
「それ、いいね」
お会計を済ませた頃には十七時になっていた。今日はお母さんが家にいるし、夕飯の事は任せておいていいはずなのに、なんだか慣れずそわそわした気持ちになる。
「時間、大丈夫?」
「大丈夫。でもなんか、変な感じ」
笑いながら、さきと書店に向かう。
このショッピングモールの書店は、一番下の階の大きな一角にあって、まあまあの広さ。
表にはテーマに合わせた本をたくさん集めたコーナーがあって、今はカラフルな料理本が並んでいる。
「さきはどんな本が見たいの?」
「小説かしら。最近あまり読めてないし」
「なるほど。わたし、ちょっとここの料理本見ていく」
「じゃあ、私も本を探してくるわ」
文庫本コーナーに向かって歩いていくさきを見送って、わたしはいくつかの本を見た。
(作り置き、いいなー。平日とか楽になりそう。お弁当も作った方がいいけど、お母さんもお姉ちゃんもシフト制だし、毎日必要なのが自分だけって面倒くさいし……)
とはいえ、料理本というのはどのページを見ても美味しそうだし、カラフルで、夢がある。お弁当も、作らないのに気になってしまう。
結局私は、「簡単サッパリ!夏でも食べやすい毎日ご飯」という料理本を手に取って、さきがいるであろう文庫本コーナーに向かおうと歩き始めた。
途中、付録のある雑誌コーナーに吸い寄せられたりしつつ、さきを探す。
本屋さんでの人探しは、なんだか迷路みたいで少し面白い。
さきはシンプルな背表紙が几帳面に並んでいる文庫本コーナーにいた。これだけきっちりデザインが揃っていると、とても気持ちがいい。
一つの棚の前でじーっと真剣に本を見ている。彼女の横顔はとてもキレイで、整っていて、なんだか写真を見ているようだった。
「さき」
呼ぶと振り返って、少し困った顔をした――ように見えた。
「どうしたの?」
「欲しい本が見当たらなくて」
「え、そうなの? 検索コーナー行ってみる?」
「検索してここに来たから、ここで合ってるはずなんだけど……」
どれどれ、と幅広のレシートに印字された書棚情報と、店内地図を見る。確かに、棚番号も一緒だ。
「わたしも探してみよ」
「ありがとう」
夏江青葉という作家の、『ありふれて』という作品らしい。
(あ、あ……)
さきは左の、わたしは右の方から、背表紙を頼りに本を探す。順番に指を滑らせ、タイトルの一文字目を追っていく。
「あ……あ! あった!」
思わす大きな声が出た。本を手に取りさきの方を向くと、彼女も目を真ん丸にして、わたしの持っている本を見ている。
「ほんとだ、ありがとう。よかった」
「好きなんだね」
「そうなの。この間出版社が変わって、表紙が新しくなったんだけど、その絵も素敵で、また一巻から集めることにしたのよ」
さきが小さく微笑む。「平置きになってたらよかったのに」と言った顔は、少ししょげているようにも見える。
本当に好きだと、するりと伝わってくる。
「あきは、料理本ね」
「うん。夏ってなんか、作る方も食欲ないからすごく困るんだよね。特に夕飯」
「ああ、確かにそうね。献立考えるの大変そう」
「そうめんとか冷やし中華ばっかりだと飽きちゃうし……」
お昼なら手抜きしたっていい気がするけど、夕飯はきちんとしたい。去年も同じような生活だったけど、四季の中で夏が一番夕飯に困るのだ。
話しながらレジの列に並ぶ。店員さんが手を上げながら「こちらにどうぞー」と言うと、先頭の人がすかさず流れていく。
レジのところには雑誌が並んでいて、この辺りの素敵なカフェだのなんだのと、購買意欲をくすぐってくる。
「……暑い日に食べるラーメン、いいわよね」
「言わないで……」
さきがラーメン特集の表紙を見ながら言う。なんだかラーメンが食べたくなってきた。
なぜ暑い時に涼しい店内で、熱い思いをしてラーメンを食べたくなるのだろう。そういえば、冬もこたつに入りながら無性にアイスを食べたい日がある。
「……あき、今日晩御飯どうする予定?」
「食べて帰っても、帰って食べてもいいんだけど……いっちゃう?」
時刻は十八時。夕飯時で、お腹が鳴りだす時間。
わたしたちの目は、もう完全にラーメンに釘付けだ。
さきはさらりとその雑誌を手に取って、「こちらにどうぞー」の声に吸い込まれていった。
ひみつの休息 篠崎春菜 @shinozakiH_180
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