第6話 「平野君」
「あ…。平野君だ。どうしたの?こんなとこで。」
話しかけてきた彼に声をかける。彼の額には僅かに汗が流れていた。
「いやなー。暑くてさ。部屋で寝れたもんじゃないからな。少し走ってきた。」
額の汗はただ暑いだけではなく、運動によるものだったらしい。前に平野君と家について話したことがあったが平野君の家は駅の方だったはずだ。つまり1km以上を走ってきたということだろう。
「そうなんだ。私もちょっと寝れなくて…ここで夜風に当たってたんだ。」
「あぁ…そうなんか。てっきりまた『変な物』とでも話してるのかと思った。」
彼はおどけたように話を続ける。近くにことはちゃんがいるということもあり思わず身に力が入ってしまう。
「変な物…って私には見えてるから。実際に居るんだよ?」
彼は少し驚いたような顔を見せた。私が普段学校で他の人に影で同じように言われてもただ笑っていたからだろう。このようにちゃんと言い返したのは珍しく感じたのかもしれない。
「…そうか。でも悪い。俺、自分が見たもの以外信じない主義なんだわ。」
少し間が空いた後、彼は再び笑ってそう言った。その笑顔はいつも通りの明るい笑顔だった。
彼はそのままおもむろに空いている隣のブランコに腰を下ろし揺らし始める。
「そういえば、この公園にさ、3年くらい前だったかな…じいさんがいたんだよ。
この公園に居たおじいさん。先程ことはちゃんと話していたことを振り返る。同一人物かもしれない。
「まあ…あのじいさんが見えたら言っといてくれよ。『そっちでも元気にやってくれ。』ってさ。
俺も小さい時に遊んで貰ってたからさ。…あ、勘違いするなよ?見えることを信じてるわけじゃないからな?もしも見えたらだからな?」
見えたらということは恐らくその人はもうこの世には居ないのだろう。
どこか懐かしむような顔をしてこちらを見つめる。私はその顔にただ黙って頷くことしか出来なかった。
「うー…少し冷えてきたな。汗のせいかな。まあ、いいや。そろそろ戻るわ。またな、西園寺。」
「うん。また学校で。」
ブランコから立ち上がり手を振ってその場を立ち去る平野君。私は彼に手を振り返し隣に立つ彼女に視線を移した。
「どうしたの?ことはちゃん。」
先程まで私の後ろに居たが私の隣に移動している。ひょっとして私が平野君と話していてつまらなくなってしまったのかもしれない。
「んーん?何でもない。けど…おねえちゃん。あの男の人のこと好きなの?」
「ふふ。別にそんなんじゃないよ…。」
「なーんだ。楽しそうに話してるからそうかなーって思ったのに。つまんない。」
「ことはちゃんは好きな人とかいるの? 」
「まだいないかなー。好きな人いるってどんな感じなんだろ。」
「さあ?私はいたことないし分かんないかな?」
よしよしと頭を撫でる。そっか。この子は人と恋することも知れなかったのか。
「そうだ!ひみつ基地!案内するね!」
不意に私の手を引き立ち上がらせる。私はことはちゃんに連れられるまま、「ひみつ基地」へと向かった。
「い つ か」 東雲 唯純 @I-sinonome
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