飯がうまい
そるんぱ
飯がうまい
「ようミハイル、景気はどうだい?」
俺は食事の手を止め、近寄ってきたミハイルに挨拶した。
「変わらずだよ。 ってあんた、またそれ食ってるのか? よく飽きないものだな」
俺が食べている野菜を見て、あきれたようにミハイルが言う。
この野菜は、聞くところによると、もともとミハイルの故郷で食べられていたものらしい。
最近初めて口にしたこいつを俺はどうにも気に入ってしまい、近頃はこればかり食べている。
ミハイルはいわゆる「サンハリノ組」で、最近このあたりに引っ越してきた連中の一員だ。
元から住んでいた俺たち「エンカリノ組」との間でいざこざがなかったわけじゃないが、サンハリノの連中も悪いやつらじゃない。
昔のことは水に流して、今ではうまくやっている。
「いいじゃないか、うまいんだから」
「ふーん、それ、俺たちの故郷じゃ珍しいものじゃないし、俺はそううまいとも思わないがね」
まあ、そのあたりは個々の好みの問題だ。
文句をつけられるようなことじゃない。
「ところで聞いたか? 最近行方不明がわからなくなってる連中が大勢いるって」
その話は俺も耳にしている。
俺の知っている範囲でも、ヨハンやドミニク、ダニエルあたりの姿を最近目にしていない。
とは言え、もともと放浪癖のある奴らだ。 何日も姿を消すのも今に始まったことじゃないし、俺は別に心配してはいなかった。
「知っている。 まあ大したことじゃないさ」
「俺、ヨハンが姿を消す何日か前に会ったんだけどさ、あいつやたら体調悪そうにしてたんだよな。 何か変な病気でも流行ってるのかね」
「もし病気で死んだのなら死体があるはずだし、もっと騒ぎになってるだろうさ。 もともと放浪癖のある奴らだ。 そのうちひょっこり戻ってくるんじゃないかな」
「あんたは大丈夫か? もし流行り病でも出てるんならことだぜ」
「そういやここのところちょっと体が重い感じはするな。 まあでも食欲あるし、大丈夫だよ。 心配してくれてありがとう」
「それならいいんだ。 じゃあ俺はもう行くぜ。 またな」
「ああ、また」
そう言ってミハイルは去っていった。
心配性なことだ。 まあそこがやつの良いところでもあるのだが。
しかし、言われてみれば確かに最近やたらと体が重い感じがする。
もしかすると太ったのかもしれない。
動きが鈍くなるのは困るが、このところ食うには困ってないからさほど問題はないだろう。
今日も飯がうまい。
…
……
………
…………
……………
・魔道術式封入型殺鼠剤 効果実証テスト報告
魔道先進国であるサンハリノから輸入した魔道術式封入型殺鼠剤は目覚ましい効果を挙げ、導入地域における食料備蓄庫、及び飲食店におけるネズミの被害は、非導入地域と比較して著しい減少を見せている。
この新型殺鼠剤はネズミ類一般に対する強い誘因作用を持ち、一度摂取した個体は好んで殺鼠剤入りの餌を求めるようになる。
その結果、封入された術式により摂取個体は徐々に衰弱、やがて死に至る。
術式で死亡したネズミの死骸は魔素となって空中に溶け込むため、環境衛生に悪影響を与えることもない。
製造に魔道の専門知識を要し、価格面で従来型殺鼠剤より割高である等、欠点がないわけではないが、その圧倒的な効果と環境負荷の少なさはこれらの欠点を補って余りある利点であると言える。
しかしながら、捕獲個体に対する実験結果は、新型殺鼠剤への耐性を持つ個体が少数ながら存在していることを示唆している。
耐性ネズミはサンハリノからの輸入食糧に紛れ込んできたものが大部分だと考えられるが、今後在来種の中にも耐性を持つ個体が出現しない保証はない。
これら耐性ネズミへの対処法について、研究を進めるとともに、サンハリノの事業者とより緊密な協力体制を築いていくことが望ましい。
……
………
…………
報告書執筆の手を止め、私は体を伸ばした。
最近我がエンカリノ共和国に導入された新式殺鼠剤により、これまで我々を悩ませていたネズミの被害は激減している。
隣国のサンハリノから流入してきた魔道技術はこの国に大きな影響を与えており、それは私の経営するネズミ駆除事業についても例外ではない。
長年この仕事を続けてきたが、まさかここまで効果的な殺鼠剤が存在するとは夢にも思わなかった。
このペースでネズミが減ってしまうと、遠からず我々はお役御免になってしまうかもしれない。
まあ、そうなっても困らないよう、今のうちに稼げるだけ稼いでおくこととしよう。
さて、そろそろ食事の時間だ。
今夜のメニューは、最近お気に入りのサンハリノ産野菜を使った魔道料理。
近頃はこればかり食べているような気がするが、気に入っているのだから仕方ない。
今日も飯がうまい。
飯がうまい そるんぱ @sorunpa
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