第1話 過去5

「シラバミさんは――、やっぱりすべて知っていたんですね」

「ああ。ウツギくんから色々と相談を受けていたからね」

「だから私に、このままだとウツギに殺される、なんてことが言えたんだ」


 ウツギは驚いたような顔をした。トウカに忠告することをウツギが望むはずがないのだから、シラバミは完全にウツギの味方でもなかったのだろう。

 この男はただ、トウカとウツギが悩む様を楽しんでいたのだ。


「まあ、魂の断片しかないタンゲツちゃんを取り戻したところで、それは彼女の姿をとっただけの、意思のない人形のようなものかもしれないけどね。でも、ウツギくんはそれでもいいと言った。だから、助言をしてあげたんだ。トウカちゃんの体をあやかしに近づけて、タンゲツちゃんが使いやすいようにしてあげるといいって」

「それが、人の気配を消す薬とかだったってこと?」


 必死に話を整理していたらしいアサヒが探るように言った。そうだよ、とシラバミは頷く。


「でもウツギくんはさ、お人好しなんだよね。トウカちゃんを殺すって決めたくせに、トウカちゃんにほだされちゃって。殺してもいいものか、自分でも分からなくなってしまった。意志が弱いのさ。見ていて面白くはあったけどね」

「ああ、そっか。だからウツギは私といると苦しそうだったんだ」


 トウカが歩み寄ろうとすればするほど、ウツギが苦しそうな顔をする理由が理解できた。殺そうとしているはずのトウカに情が湧いてしまうから、苦しかったのだろう。


「――さて、一連の話はこれでお終いだね。どうだい、トウカちゃん。納得できた?」


 シラバミはにこにことトウカに尋ねる。その態度に眉が寄りながらも、トウカは頷いた。


「今までのことは、納得しました。私が、ウツギのことをたくさん傷つけていたってことも分かった」


 トウカはウツギに向き直る。ぼんやりと見つめ返してくるウツギに、愛しさも悲しみも様々な感情が押し寄せてきた。


「ごめんなさい、ウツギ。私――、本当にたくさんひどいことをした」


 ウツギがタンゲツのことを大切に思っているのは知っていた。そのタンゲツを彼から取り上げたうえに、彼女のことを憎んでしまった。それはどんなにウツギを傷つけただろうか。

 だが、ウツギは首を振る。


「トウカが謝ることじゃない。普通、前世の記憶なんて持っているわけがない。知らなくて当然なんだ。忘れていたことは罪じゃない」

「でも私――、ごめんなさい」


 後悔に押し潰されそうだった。自分を守るために命をかけてくれたタンゲツのことを厭っていた。苦しみ続けたヒバリのことを忘れて、のうのうと生きていた。ウツギの苦しみに気づかずにいた。


 ――どうして、もっと早く気づけなかったんだろう。


 後悔しても、過ぎた時間を取り戻すことはできない。ヒバリは死んでしまった。もうどうしようもない。


(第1話「過去」 了)

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