第7話 主1

 身を離して、あやかしの瞳を見つめた。黒い瞳には涙が浮かんでいるが、それでもしっかりとトウカを映している。あやかしはトウカを見つめたまま、再度言葉を口にした。


「ごめんなさい。あなたのことを、僕は殺したんだ。ただ、守りたかっただけなのに――」

「待って――、なにを言っているの。私は生きているよ」


 知らず知らず声は震えていた。自分は今、生きているはずだ、死んでなんかいない。それでも、あやかしは首を振る。

 トウカは息ができなくなった。金槌で頭を殴られたような心地がした。

 予感が駆け巡る。今までのことが一斉に頭の中で蘇った。ウツギの声も、鏡に映る白い女性も、ウツギの語る主人のことも。


 ――私はあなたたちにとって、なんなの。


 ウツギに問いかけたかった言葉だ。自分は、彼らにとって――。

 あやかしはまだ謝罪を繰り返している。トウカはその言葉を拾い上げていく。


「殺したんだ。あなたを、大好きで、大切な、僕たちの、――主様ぬしさまを。殺してしまった。ごめんなさい」


 トウカは目を見開いて、あやかしを見つめる。


「私が――」


 ああ。

 知っている――。トウカは知っているのだ。

 彼らが使うその呼び方を。その声を。この子のことを。知っている。知っていたはずなのに。


「私は、あなたたちの」


 突然、トウカの中に感情が生まれた。愛おしくて、悲しくて、寂しくて、温かくて――、色々な感情がないまぜになって、言葉にできないものが。

 否、生まれたわけではなく、蘇ったのだろう。


「私、私は――」


 体の熱がひいていくような感覚がして、その場に崩れ落ちた。瞳を閉じて拳を握り、肩で息をする。まともな言葉は口から出なかった。ああ、と吐息がもれる。

 あやかしが、その瞳にトウカを映して、ゆっくりと顔を近づけた。とても大切な言葉だというように、ゆっくり、


「――主様」


 と呼んだ。

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