第7話 主2

「あなたは――」


 黒い鳥のあやかし。でも――、昔はこんな姿ではなかった。もっと美しい羽の色をしていて、声だって透き通るような――。

 瞳を閉じてその姿を思い浮かべた。美しい鳥のあやかし。それだけじゃない。遠い昔、微笑むウツギや、女性のあやかし。優しい日々を。胸の内から想い出があふれ出してくる。

 そうだ、全部知っているはずなのだ。この子は。


「ヒバリ――」


 そっと手を伸ばして、あやかし――、ヒバリの頬に添える。

 ヒバリ。春を告げる鳥のあやかし。大切な、自分の式神。

 トウカの目から涙がこぼれた。次から次へと、涙があふれる。


「思い出したの?」


 ヒバリの言葉にトウカは頷いた。

 本当のところは、まだ思考がまとまっていない。理解も及んでいない。それでも、遠い昔、自分と彼らとの間に繋がりがあったことだけは分かる。


「そっか――主様は、僕のせいで死んでしまったから、僕のこと、もう嫌いでしょう? 憎んでいるでしょう?」

「ううん――。そんなこと、ない」


 トウカは涙に溺れそうになりながら、首を振る。


「あるわけないよ。大切な、私の家族だもの。――ありがとう、こんなになるまで、待っていてくれて」


 顔を寄せて、ヒバリと自分の額を重ねた。そうすると、体が引き裂かれるような熱と痛みが伴う。こんなに愛しいのに、触れることは呪いが邪魔するのだ。

 だが、やはり白い光はずっとトウカを守っていた。


 ――ああ、この光は。


 ヒバリは悲しそうに目を細めた。


「懐かしい匂い」

「そうだね、これは、彼女は――、タンゲツなんだよね」


 懐かしい名が口からついて出る。

 タンゲツ。月のように美しいあやかしの名。式神の一人。トウカの中にずっといたあやかし。彼女のことも、トウカは知っていたのだ。


「ずっと、タンゲツが守ってくれていたんだ、私のこと。それに、ウツギだって――」


 そこまで言って、唇を噛んだ。

 そうだ、自分はすべてを知っていたはずなのだ。それなのに、忘れていた。


「ごめんね、こんなにあなたたちが待ってくれていたのに、私、ぜんぶ忘れていて――、みんなのこと苦しめたんだ」


 トウカは一度身を引いた。瞳を閉じて、今までの自分を悔いた。無知で無力な自分を。

 そうして、再び目を開けた。

 今、自分にはやらなければならないことがあるのだ。悔いるのは、あとでもいい。


(第六章 第7話「主」 了)

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