第10話 花の余韻

「アオイ、笑っていたよな」

「うん。アサヒの言う通り、向日葵みたいだった」


 アオヒメの披露目が終わり、あやかしたちはぼんやりとした表情で散っていく。それでもトウカとアサヒはずっとたまゆら堂の下で座敷を見上げていた。ウツギとシラバミはすこし離れた場所で待ってくれている。

 向日葵のようなアオヒメの笑顔は一瞬だったが、トウカの記憶には強く残った。明るく、華やかで、とびきり素敵な笑顔。今なら幼いアオヒメとアサヒが遊ぶ様子も想像できる気がした。


「あいつ、ばかアサヒって叫んだんだ」

「あ、あのときの?」


 アオヒメが声をあげずに何事かを叫んでいたときのことだろう。トウカには五文字の言葉ということしか分からなかった。


「てっきり、ありがとう、とかだと思ったんだけど」

「違う違う。あれは絶対にばかアサヒだよ。ば、か、あ、さ、ひ」


 アサヒは一音ずつ区切って言う。言われてみれば、たしかにアオヒメの唇も同じような動きをしていたかもしれない。

 アサヒはくすくすと恥ずかしそうに微笑んだ。ばか、と言われている割には嬉しそうだ。


「俺さ、アオイがたまゆら堂で働くことを応援していたけど、本当は寂しかったんだ。アオイが俺の知らないどっか遠くに行っちゃったみたいで。でも――、あいつはちゃんと俺の知っているアオイだった。まだ俺のこと覚えてくれていた」


 アサヒは目を細めて、座敷の方に手を伸ばした。今は空を掴むだけのその手も、きっとあの瞬間はアオヒメに届いていたのだ。


「アオイを応援するのは複雑だったけど、今日からはちゃんと応援できそうなんだ。――それに、もしあいつが遠くに行っちゃうなら、俺が追いかけに行くよ。お金がいるんだったら仕事して貯める。きっと、もっと近くに会いに行ってみせるから」

「うん。アサヒならできるよ。売れっ子の鍵師なんだし」

「ああ」


 微笑んで、アサヒはトウカを見つめた。


「ありがとう、トウカ。俺の話を聞いてくれて。簪を見つけてくれて。今日一緒に来てくれて。――ありがとう」


 ううんとトウカは首を振った。二人して、くすくすと笑いあう。

 夜はゆっくりゆっくりと、花の余韻を残して更けていった。


(第四章 第10話「花の余韻」 了)

(スター特典 人物紹介「アサヒ・アオヒメ」公開中)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る