第4話 月の瞳1

 湖面には月と星が映る。水の中にもう一つの世界が広がる光景は美しかった。

 トウカが湖に入ると水面みなもが揺らいで、湖面の世界が歪んだ。もう夜はすっかり冷え切って、上着がないと風邪をひいてしまう。それなのに、湖の水は温かい。


 しかしウツギに桶の水をかけられると途端に体が冷えた。つんとした匂いのする水はトウカの体温を奪っていくのだ。それにピリピリと肌にまとわりつく感覚は気持ちが悪い。

 トウカがあやかしの世で暮らすためだというこの水浴びは、もう習慣になっていたが、なにかの葉が混ざった桶の水だけは好きになれなかった。


 虫の鳴く声がする。風に葉が揺れる音も聞こえた。静かな夜だ。

 トウカは水面に映る自分の顔を見た。自分の白い瞳。顔を上げて月を眺める。白い光を放つ月は美しかった。


「ねえ、ウツギにはこの瞳、どう映ってる? 今も綺麗だと思ってくれている――?」


 ウツギは戸惑うような顔をした。


「綺麗だと思うよ」


 噛み締めるようにゆっくりと言葉が紡がれた。トウカは自分の目元に手を添える。


「ここにきて、みんなが瞳のことを綺麗だって言ってくれるんだ。ウツギもヒサゴもアサヒも。私のことを不気味だって言う人はいなくて――、嬉しかった。今までそんな風に言ってくれたの、おばあちゃんだけだったから」

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