第4話 月の瞳2

 人の世でトウカの瞳を受け入れてくれたのは祖母だけだった。祖母はいつだって「あなたの瞳はとても美しいのよ」と言ってくれた。


 トウカは昔、前髪を伸ばして目を隠したいと思っていたときがあった。目が原因で人から遠ざけられるのなら、隠してしまえばいいと思ったのだ。だが、祖母が反対した。隠すなんてもったいない、綺麗なんだからと、そう言ってくれた。


  ――その瞳のことは? 本当に嫌い?


 鎖の少女、ヒサゴの声が頭によみがえった。あのときは、なにも言えずにいた。


「私ね」


 冷えた風がトウカの髪を撫でていく。

 静かな夜だ。そんな夜の風がトウカの中の余分な熱も冷ましてくれる。胸いっぱいにしんとした空気を吸い込んで、トウカは瞳を閉じた。余計な感情はいらない。純粋な気持ちだけが残っていく。

 トウカは瞳を開けると微笑んだ。


「私、本当はこの瞳、嫌いじゃないの」


 ウツギが息をのむ気配がした。


「綺麗だと思ってる。でも、みんながあやかしみたいで不気味だって怖がるから、だから私は、人と違う自分でいるのが嫌で――、瞳のことも、あやかしのことも嫌いだって言い張っていた。そうじゃなきゃ、もっと仲間はずれにされるから。でも本当はそんなこと思っていないの」


 言葉に出してみれば、簡単なものだった。いっそ気が楽になるほどだった。今まで自分の感情に蓋をして偽って生きていたことが、不毛でくだらないことに思えてしまう。


 ――おばあちゃんはずっと、私の気持ちが分かっていたんだよね。


 トウカは祖母の顔を思い浮かべて微笑んだ。

 祖母が作ってくれたあやかしの気配を隠すお守りは、「自分に自信がもてるようになるまで持っていなさい」という言葉とともに渡されたのだ。もう今のトウカにはお守りは必要なかった。


「ウツギが私の瞳を月みたいって言ってくれたこと、本当はとても嬉しかったの。――ごめんねウツギ。私、あなたのこと、きっとたくさん不快にさせた」


 ウツギはなにも言わなかった。ただ眉を寄せて、悲しそうな顔をする。


 ――なにを考えているのかな。


 トウカには分からなかったが、ウツギのそういう顔を見ると、トウカも胸が締め付けられるのだ。

 静かな夜はゆっくりと更けていった。


(第四章 第4話「月の瞳」 了)

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