第8話 少女の相談

「私、ウツギを怒らせてしまって」


 あら、とヒサゴは眉を寄せる。

 いつもの座敷。ヒサゴはろうそくの前で鎖を撫でながら、いつもの微笑みを浮かべてトウカを待っていた。


「なにか心当たりはあるの?」

「それが、ありすぎてどうすればいいのか分からなくて」


 そもそもトウカは居候をさせてもらっている身で、邪魔だと思われているのかもしれない。それから綺麗と言ってくれたトウカの目や、あやかしのことを嫌いなのだと言ってしまった。それはきっとウツギにとって気分のいいものではないだろう。


「トウカは彼と仲直りがしたいのね」


 ふふっと笑うヒサゴに「そんなんじゃない」とトウカは目をそらした。


「そうねえ――、私はトウカが居候にきてくれたら嬉しいから、一つ目の理由はよく分からないわ。でも、二つ目と三つ目は、私が言われたとしても傷つくと思う。というより、今ちょっと傷ついているわ」


 ヒサゴはそう言って頬を膨らませた。


「私もトウカの瞳は綺麗だと思う。それに、あやかしだから私のことも嫌いだと、あなたがそう思っているなら、とても悲しいわ」


 トウカははっとしてヒサゴを見つめた。違うよ、と思わず声がもれる。


「べつに――、私はヒサゴのこと、嫌いとは思ってない――」


 つい声がしぼんでしまう。それでもヒサゴは微笑んでくれた。そうしてトウカに顔を寄せる。ヒサゴに正面から見つめられてトウカの心臓が跳ねた。


「それじゃあ、その瞳のことは? 本当に嫌い?」

「それは」


 トウカは目を伏せた。膝の上で手を握る。不気味と言われた目、でも月のように綺麗とも言われたのだ。本当にこの瞳が嫌いなのかどうか――。

 ヒサゴは微笑みのまま、もとの位置に戻った。トウカがなにも言えずにいると、ヒサゴは座敷の中を見渡す。心もとないろうそくの灯りに照らされた座敷。ゆっくり見渡して、もう一度その視線はトウカに戻された。


「ねえ、トウカ。彼は今日もここにいるかしら」

「さあ――、今日は見えないよ」

「そう」


 ヒサゴはうつむいて、鎖を撫でた。

 トウカが水たまりにひょっとこのお面をしたあやかしを見て以来、ヒサゴは「今、彼はいるかしら?」とよく尋ねるようになった。

 彼女は今までひょっとこの彼の姿を見たことは一度もないらしい。それがなぜトウカには見えたのか。あやかしの世に紛れた異端な人の子である自分には、同じく魂だけの異端な存在である彼を見ることができたのかもしれない。


「彼に会いたいわ」


 寂しそうに呟くヒサゴは、日に日に「会いたい」と繰り返すようになった。その言葉を聞くと、トウカは不安になる。

 ヒサゴが泣き続けたあのとき、トウカが感じた寂しさがぶり返すのだ。このままヒサゴが遠くに行ってしまうような、自分だけ取り残されるような不安。


「ヒサゴ」

「なあに」

「――ううん、なんでもない」


 そう、と言ってヒサゴは遠くを見つめた。


(第三章 第8話「少女の相談」 了)

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