第7話 湖の儀式2

 ウツギは目を見開いてトウカをじっと見つめた。静かだが大きな驚きを与えたことがありありと見て取れる。そこまで驚くとは思っていなかったトウカは焦って、


「あの、今日ヒサゴと話をしていたの。彼女、昔は式神だったらしくて。それで、ウツギも式神の匂いがするって彼女が言っていたから――、それにウツギは人の世にも詳しいし、もしかしたら昔は人の世にいたんじゃないのかなって思ったんだけど。違った?」


 と早口で言葉をつらねる。


 ウツギは一瞬悲しそうな顔をしてから重い息をついた。トウカがその姿をうかがっていると、そっと口を開く。


「そうだよ。俺は人の世で式神をしていた。もうずっと昔の話だ」

「そっか――」


 本当は、ウツギの昔の話を聞いてみようとトウカは思っていた。だが、彼の表情から察するに、この話は続けるべきではないらしいと思って口をつぐむ。次にかけるべき言葉は見当たらなかった。


「――トウカの祖母はまじない師なんだろう。式神もいるのか?」

「うん。狐のあやかしと一緒に暮らしてる。人の姿を取るほどの妖力はないんだけど、賢い子だったよ」


 祖母はよく式神の狐を膝にのせて撫でていた。幼いトウカは祖母が自分以外を撫でているのが嫌で、その光景を見るたびにむくれていた。


「そのあやかしのことも、嫌いだったのか? 一緒に暮らしていたのに」

「それは――」


 トウカは押し黙った。

 あやかしは嫌い。あやかしのせいで、自分は親に捨てられたのだから。そう思っている。あやかしはみんな嫌い。


 ――ううん、そうじゃない。


 トウカはうつむいた。

 本当は、あやかしのすべてが悪いわけではないのだとも理解していた。祖母の式神も、ウツギも、ポチも、ヒサゴも、みんな素敵なあやかしだと思うのだ。トウカに危害を加えるようなことはない。みんな優しかった。


 水面に自分の姿が映る。濡れて肌にはりつく前髪をのけて、目元に触れた。白い目。不気味と言われた目。でも、ウツギは月のようだと言ってくれた。


「ウツギ」

「うん?」

「あの――、怒っている? 私のこと」

「べつに」


 ふいっとウツギは顔をそらした。その横顔を眺めて、トウカはそれ以上なにも言えなかった。


(第三章 第7話「湖の儀式」 了)

(雑多帖 小噺「仲間外れ」公開中)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る