第7話 湖の儀式1

 あたりがすっかり暗くなってから暗い気持ちで帰ったトウカは、ウツギに手招かれた。浴衣一枚に着替えて、家の裏手にある林へと向かう。木々の合間をぬけると、そこには湖が広がっていた。

 水面みなもに月が浮かんでいる。風もないから、世界がそのまま湖に落とし込まれていた。世界が二つ、トウカの前に広がっているようだ。綺麗、と声がもれた。月は美しい。トウカは月が好きだった。


「入れ」

「え?」

「いいから、早く。浴衣のままでいいから」

「なんでそんなこと――うわっ」


 戸惑っていると背中を押されて前のめりになった。そのまま踏ん張ることができずに水の中へ体が沈む。もう朝夕はすっかり肌寒いはずなのに、水は意外なほどあたたかった。

 どうにか水面に顔を出すとせき込んだ。幸いにも落とされた場所は足がつく。水は胸元あたりで揺れていた。


「なにするの、って、ちょっと!」


 睨みつけると、上から水がかけられた。ウツギが手にした桶の中身を、頭からかぶせられたようだ。水とともに、なにかの葉も混ざっている。トウカが髪に張り付いた葉をとっていると、


「あやかしの世で人が生きるには、いろいろ不都合があるらしい。これは、お前がここで生きていくためのまじないみたいなものだ。人の気配を消してくれる」


 ウツギが首を掻きながらそう言った。


「それなら最初に説明してくれればいいのに――」


 かけられた水はつんとした匂いがした。まとわりつく水は肌をさすようで気持ちが悪い。湖の水はあたたかかったのに、かけられた水は冷たくて、体がどんどん冷えていく。

 だがしばらくしていると水の温度にも慣れてきて、トウカはウツギの顔を盗み見た。一つ息をして、


「ねえ、ウツギ」


 呼びかけると、わずかに首が傾げられた。


「あなた、まじない師の式神だったの?」

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