第1話 鳥居階段3
帰り道はウツギが先行した。トウカはやみくもに歩いていたから帰り道のことをなにも考えていなかったことに気づく。もう自分がどこに立っているのか分からない。だが、ウツギは時折鼻をひくつかせながら足を進める。
「ウツギって犬のあやかしなんだよね」
「そうだ」
もともとの姿は犬で、人型が仮の姿だと言っていた。気を抜くと耳やら尻尾が出てくるが、それでも人型の方が都合がいいらしい。
そう言っていると、鳥居階段の前についた。またこの階段を上るのかとトウカはげんなりしたが、そんな様子をみていたウツギは顎に手をあてて考え込む。
「そうだな――今日だけ特別に乗せてやるよ」
「え?」
ぼんっと周囲に煙が立ち込めた。トウカが目を丸めていると次第に煙が晴れていく。そこにはいつものウツギではなく、まばゆいほどの白い毛並みをした大きな犬のあやかしがいた。トウカは驚いて犬の顔を見上げる。涼やかな目元には知的な光が灯っていて、ウツギの面影を感じた。
「乗れ」
犬のはずなのに、ウツギの声がした。これが彼の本来の姿らしい。
「え、でも」
「お前の歩きにあわせていたら時間がかかる。早く乗れ」
くいっとウツギは顎で乗るように促してくる。トウカは恐る恐るその背に乗った。白い毛並みはさらさらで美しく、指先をくすぐる。どこか花のような香りがした。
「振り落とされるなよ」
ウツギは地面を一蹴りする。体が浮く感覚に思わずウツギの毛並みを掴んで目をつぶった。
ウツギは体重を感じさせない身軽さで、階段を覆う鳥居の一つに降り立った。そして鳥居の上を次々に蹴って進んでいく。不思議なくらいにトウカの体に衝撃は訪れなかった。まるで風に乗っているようで、トウカはそっと目を開ける。
「あ」
「どうした」
「月が近い――」
ふわりと舞い上がって空を飛んでいる感覚。普段よりずっと月が近く見える。
――綺麗。
見とれていると、いつのまにか鳥居階段を上り切っていた。
トウカを背から降ろすと、犬の姿のウツギが煙に覆われる。人型に戻ると、気だるそうに頭の後ろを掻いた。
「あの、ありがとう。すごく綺麗だった。月が綺麗に見えて。飛んでいるみたいだった」
「俺のは飛ぶんじゃなくて跳ねているだけだ。鳥のあやかしであれば――、もっと月に近づけるさ。だが、これも今回だけだぞ。安売りはしない主義なんでな」
ウツギは行くぞと声をかけて歩き出す。すっかり街は夕闇に包まれて、赤い提灯がぽつぽつと灯っている。
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