第6話(完)
「兄妹ってやっぱり似るんですかね」
先生は私が出したプリントの、第一志望の大学名の欄を撫でながら言った。
私は、兄のプリントに書かれた文字を、じっと見つめていた。あの喪失感が、ゆっくりと満たされていく感覚がした。
「人は、やりたいことよりやりたくないことの方がどんどん思いつくらしいです」
「やりたくないこと」
反芻する。
「藤原さんは、国語は好きですか?」
「好きですけど……」
本心だ。
「そう、ですか。それは嬉しいですね」
顔、赤い。珍しいショット。
「じゃあ、そうですね……、数学はどうですか?」
後半は、こそこそっと先生は囁くように言った。
「……嫌いです」
私も先生のように、こそっと言う。
「では、大学で数学を専門とした勉強はしたいですか?」
「やりたくないですね」
「同じように、絵以外の学問を専門とした勉強をしたいと思いますか?四年間」
「……やりたく、ないですね」
「そういうことです」
先生は机の上の棚から一枚のプリントを取り出した。
「書けそうですか?」
私は何も言わず、そのプリントを受け取った。進路希望調査書と書かれていた。
差し出す左手に光る指輪は、もう気にならなかった。
絡まりは、次第に緩まり、解けていっている気がした。
急いで家に帰った。手が、胸が疼く。ぐるぐるする。もやもやする。でも嫌じゃない。
ガチャリ。ドタドタ。バタン。
「はぁ、はぁ」
入った瞬間、私の部屋は空っぽだったことに気づいた。
「入るぞー」
ノックぐらいしろよ、兄め。
汗だくでへたり込んだ姿は、さぞみっともなかっただろう。
「ほい」
兄は私の隣にきて、しゃがみ込んだ。
私の前に差し出してきたのは、鉛筆が入ったケースだった。芯と練り消しのせいで、黒く汚れている。蓋の端は、少し欠けている。
「他のも、俺の部屋にのけてあるから」
兄はそう言って去って行こうとした。
「兄ちゃん、音楽は?」
私はぽつりと呟いた。ふっと口から溢れでた。
「え?あー、今も楽しく続けてるって感じだよ」
「そっか。……ていうか、兄ちゃん暇人?」
「え!違うからな。たまたまだ。今日もこっちに帰ろうって気分だったんだ」
そんなことを言い捨てて兄は出ていった。
兄が置いていった黒く汚れたケースを見ていた。
捨ててしまおうと思っていたのに、返ってくると懐かしくて、嬉しくて仕方がなくなる。
何でだろう。何でこんなに心が軽くなったのだろう。ただ、今なら書けそうだった。
立ち上がる。明日を引く。机に向かう。先生からもらった新しいプリントを広げた。ペンを取り出した。シャッシャッっと心地よい音をさせて、文字が書かれていった。
「ねぇ奏江、奏江は今日画塾だっけ?」
「そーだよ」
「じゃ、一緒に行こ」
二人は、並んで道を歩いた。
二人は、今、並んで絵を描いている。
未定 夏野 鈴 @natu__no_oto
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