第40話 風雲急①
「蘇芳さん」
翌日。
八尋はホームルームが終わるや否や、帰る支度をしていた美凪に話しかける。
「なにー?」
「少し話いいかな?」
「うん、少しなら大丈夫」
美凪はへらりとした笑顔を八尋に向ける。
一連の事件の犯人が凪斗だとしたなら、美凪ももしかしたら事件に関わっているかもしれない。
昨日から晴れないモヤモヤを解決させるべく、八尋は美凪に思い切って尋ねた。
「蘇芳さんのお母さん、ガイアで働いてたって知ってた?」
「それ、誰から聞いたの?」
八尋の問いに、美凪はきょとんとした顔で首を傾げる。
それは特段驚いたような反応ではなく、美凪は元から知っていたような雰囲気だった。
思っていたのと違う反応に八尋は一瞬戸惑うが、気を取り直して美凪と話を続ける。
「えっと……それは言えないんだけど、蘇芳さんは知ってるのかなって思って」
「あー、実は赤坂くんが電話してた時に言おうと思ったんだけど、言い出すタイミングが見つからなくて黙ったままになっちゃったの」
ごめんね、と困ったように笑う美凪を見て、それなら早く言ってくれればよかったのに、とつられて八尋も笑う。
八尋はもう一つ美凪に聞きたいことがあり、それと、と話を切り出した。
「あの雨の日のことだけど、蘇芳さんは本当に青山先輩に襲われたの?」
「どういうこと?」
「なんというか、本当は青山先輩じゃなくて、誰かをかばってるとか……」
流石にはっきり聞きすぎたかもしれない、と八尋は後悔するが、ここまで聞かないと真実にはたどり着けないかもしれない。
美凪からどんな返答がくるかを待っていると、美凪は八尋だけに聞こえる声で静かにつぶやいた。
「……あたしが嘘ついてるって言いたいの?」
美凪の声のトーンが少しだけ低くなったような気がした。
小柄なはずの美凪から、その瞬間だけ八尋も気圧されるような威圧感があった。
決して美凪を疑って聞いたわけではないと八尋は弁明しようとすると、美凪はころっと表情を変える。
「もう、そんなわけないじゃん! 赤坂くんったら考えすぎだよ〜!」
美凪はいつもの天真爛漫な笑顔に戻り、八尋は解放されたようにほっと安心した。
そんな美凪に向けて、別のクラスメイトから声がかかり、美凪は八尋に言う。
「もういい?」
「う、うん」
八尋が答えると美凪は鞄を持ち直し、声をかけたクラスメイトに駆け寄る。
「もー、カラオケ予約してんだからさ」
「ごめんってー」
「ていうか、赤坂となに話してたの?」
「ふふん、内緒」
「赤坂とそんなに仲良かったっけ」
「みんな知らないと思うけど、実は仲良かったんだよー」
クラスメイトと楽しそうに帰る美凪を見て、八尋はやはり美凪を疑うことはできないと自分の行動の浅はかさを悔やんだ。
* * * * *
「おー獲れた獲れた」
「どうすんだよ、持って帰るのか?」
「どうしよ、妹にあげようかな」
誠と凪斗は、駅の近くにあるゲームセンターに来ていた。
UFOキャッチャーで獲得した自分が抱えても大きいサイズのぬいぐるみを、軽々と片手で抱えながら凪斗はへらりと笑う。
「ていうか、その手でよく獲れたな」
「これ? 軽い火傷だし大丈夫」
「晩飯作ってる時に火傷したんだって?」
よそ見してたらやっちゃって、と凪斗は包帯の巻かれた手をヒラヒラと振る。
器用な凪斗でもそんなミスをするのかと、誠は笑いながら内心考えていた。
「そういえば、昨日後輩が凪斗の妹のこと話してたみたいだけど、なにかあったか?」
「別になんもないけどー? 家帰ってもいつも通りだったし」
通り道にあったコーヒースタンドでドリンクを買い、日陰で立ち話をする。
いつもより暑いような気がしたが、涼しい風が吹いているおかげで幾分ましだと誠は受け取ったアイスコーヒーを一口飲む。
「それにしても、誠とも三年目の付き合いかー」
「だな。最初はこんな遊ぶ仲になるとは思ってなかったけどな」
誠と凪斗の出会いは、クラスの合同授業だった。
凪斗が誠に話しかけてペアを組んだのがきっかけで知り合い、そこから話す機会が増え、今では放課後にしょっちゅう出かける仲になっていた。
母親がいないというのもお互いの仲を深める共通点となり、誠にとってはなんでも話せる気を許した相手だった。
「誠と割と模擬戦やってるけど、俺に勝てる日は来るのかねー」
「うっせ。次は勝てるかもしれないだろ」
笑いながらふと誠がスマホに目をやると、校長から連絡が入っていた。
それは『次の休みを空けていてほしい。母さんの墓参りに行きたい』という簡潔な内容だった。
母親の墓参り自体は、誠も毎年夏休みに一人隠れて行っていた。しかし、なぜ今になってこんな連絡を寄越したのか。
校長の真意を読み取れず、誠は画面を見てしばらく静止していた。
「……こと、誠ー」
「あぁ、ごめん。ちょっと連絡来てたから返すな」
「おっけー」
深刻そうな誠を気に留めず、凪斗はカフェラテを飲みつつ先ほど手に入れたぬいぐるみで遊ぶ。
いつもならなにも返信をせずに終わっていたが、先日八尋に言った挙げ句、以前のように立ち止まっているわけにはいかない。
誠は数分手を止めて悩んだ末に、『空けておく』と一言だけ返事をした。
返信を終えたのを見計らって、凪斗は残りのカフェラテをズズッと吸い込む。
「誠さ、終業式のあと暇?」
「暇だけど、なんで?」
「話したいことがあって。いい場所知ってるからそこで話そ」
* * * * *
一方、恭平はバイトと聞いていたため、八尋は一人で服を見たりなど適当に遊んでいた。
夏は日が長くなったとはいえ、遅くなってはいけないと最寄り駅に着くと家に帰る足を早める。
「赤坂くん」
「黒金さん?」
その時、聞き覚えのある声に八尋は足を止めた。
それは黒金の声で、黒金は八尋に手招きをしてから人気のない方へと歩いていく。
八尋も疑うことなく自然と黒金について行き、少しした頃に初めて会った時と同じような裏路地で立ち止まった。
黒金は八尋に向き直ると、険しい表情をして八尋に言う。
「これ以上首を突っ込まない方がいい」
「……守護者襲撃事件のことですか」
「もうほとんどのことは知っているみたいだけど、今からでも遅くない。手を引くんだ。あの時のようにうまくいくとは限らない」
あの時、とは春に起こったファッションショーの事件のことだと八尋は察しがついた。
なぜ黒金がそのことを知っているのか、八尋には分からなかった。だがそんなことを尋ねる暇もなく、黒金は八尋に説得するかのように続ける。
「危険すぎる。自ら危険な道に進む必要はない」
「先輩のためなら危険な道でも構いません」
「僕は君のためを思って言ってるんだ」
黒金は必死に訴えかけるが、八尋は負けじと反論する。
犯人も分かっていてあと少しのところで解決できる。それを誰かに言われて簡単に引き下がるわけにはいかない、という八尋自身の意地もあった。
「後悔しても戻れない。君たちはその領域まで足を踏み入れてしまうことになる」
そう言う黒金の顔は、八尋からは仮面に隠れて見えなかった。
しかし、黒金がいつになく真剣な表情で八尋と話しているのは、仮面越しに八尋にも伝わった。
そんな脅しとも取れる黒金の言葉で逆に冷静になった八尋は、まっすぐな目で黒金に訴えかける。
「俺は、俺が信じたことをやるだけです」
「赤坂くん……」
「俺はただ楽しい毎日を過ごせるようにしたいだけなんです。そのためにはもしかしたら危険なこともあるかもしれない。でもそれが俺の夢だから、なにがあっても諦められないです」
黒金に話しながら、八尋の脳裏には大切な人たちと過ごした思い出が浮かんでいた。平凡でも自分の夢だ、と八尋は言う。
八尋の思いが伝わったのか、黒金はそれ以上なにも言わなかった。
「一つだけ」
黒金が去り際に放った言葉はあっけなく、しかし八尋が忘れることができないほどの衝撃だった。
「一色零はパンドラのメンバーだ。くれぐれも気をつけて」
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