第41話 風雲急②

 終業式。

 今日を逃したら、八尋は美凪や凪斗としばらく会うことは叶わなかった。

 そう思った八尋は、貴一に一刻も早く零の情報を伝えようと、放課後のチャイムが鳴ると同時に三年生の教室に走り出した。

 黒金から教えてもらった情報は直接伝えないといけない、と焦る気持ちを押さえながら階段を駆け上がる。

 そして美凪はなんの偶然か学校を休んでおり、それも八尋が焦る一因になっていた。

 三年生の教室に着くと、八尋は貴一がいると信じて教室を覗く。そこにはクラスメイトと談笑する貴一の姿があり、八尋に気がついた貴一が廊下に出てきた。


「赤坂か、どうした」

「大事な話があります」


 八尋の様子になにかを感じた貴一はクラスメイトとの会話を切り上げ、八尋が待つ廊下に出た。


「わざわざ三年の教室まで来てまでか?」

「はい。どうしても先輩に伝えなきゃいけないと思って来ました」


 八尋は自分を落ち着かせるように深呼吸をし、貴一にだけ聞こえる声で伝える。


「一色零は、パンドラのメンバーです」


 その言葉に貴一は目を見開いて八尋に詰め寄る。


「お前、どこでそんな情報を……!」

「それは言えないです。でも、信頼できる人からの情報なのは間違いないです」


 黒金の情報が本当なのか、八尋は部屋で一晩考えていた。しかし黒金がわざわざ嘘を教える理由も思いつかなかった。

 八尋は一色零に会いに行くべきだと話を続けようとするが、貴一は会話を続けることなく黙って俯いていた。


「先輩?」


 貴一は頭の中で必死に思考を巡らせているのか、どこにも焦点を合わせず八尋の問いかけにも応じなかった。

 そして八尋がいたのを忘れたかのように、近くにいたクラスメイトに声をかける。

 クラスメイトと少しやりとりをしたかと思うと、貴一は教室に鞄を取りに戻り、そのまま教室を飛び出した。


「先輩!」


 突然の貴一の行動に、八尋は慌てて貴一を追いかける。


「どこに行くんですか!」

「ガイアだ」

「ガイアに?」


 階段を駆け降りる貴一からは普段の冷静な様子はなく、隠しきれていない焦りが八尋にも見えた。


「先輩、なら俺も一緒に……」

「駄目だ。俺一人で行く」

「なんでですか、いきなり一人で行くなんて……!」

「これは俺の問題だ」


 飛び出した理由もガイアへ行く理由も教えてくれない貴一に、八尋はなんとか答えてもらおうと貴一の後ろから話し続けるが、貴一は八尋に一切話す様子を見せなかった。

 二人の押し問答は昇降口まで続き、そこで聞き慣れた軽やかな声が八尋たちに飛んでくる。


「あ、ようやく降りてきたー!」

「黄崎先輩?」

「もしかしたらもう帰ったんじゃないかって話してたとこですよ〜」


 涼香は逃すまいと笑顔で二人の腕を掴み、有無を言わせず無理やり正門に連れて行く。

 そこには恭平をはじめ、誠以外の生徒会の面々が揃っていた。


「お前たち……」

「あれからなんも連絡くれないなんてひどくないっすか?」

「明日から夏休みなんだし、さっさと解決した方がいいでしょ」


 貴一に向かって恭平たちは得意げな表情を見せる。

 そんな恭平たちを一瞥し、貴一は鋭い視線を八尋たちに向けた。


「この前のことは忘れろ。今後一切、お前たちは俺に関わるな」


 貴一の突き放すような言葉に八尋たちは驚くが、最初に反応したのは恭平だった。


「なんでっすか!」

「危険すぎる。俺たちが安易に踏み入れていい領域ではない」

「どういうこと? この前と言ってること全然違うんだけど」


 エリナの言う通りだ、と納得できない様子の八尋たちは貴一を通さないように前に立つ。

 行く手を阻まれた貴一は、目の前に立つ自分より背の高い恭平を怯むことなく睨みつけた。


「悪いが、今は話している暇はない。俺は一刻も早くガイアに向かわなければならない」

「ガイアに?」

「蘇芳たちが世話になっているのは一色家で間違いない。そのために、俺は今から一色零に話を聞きに行く」


 その勢いに気圧された恭平は後ずさり、恭平の横にいる八尋を見る。


「それに今、蘇芳は誠と一緒にいる。なにかあってからでは遅い」

「だ、だったら今すぐ行かなきゃ……」

「だから、ガイアは危ねぇって言ってんだろ」


 先ほど貴一がクラスメイトと話していたのは、誠と凪斗を探していたためだと八尋は理解した。

 八尋が切羽詰まった声で訴えようとするが、その後ろから凌牙が遮る。


「前に俺が駅に迎え行った時、尾行されてたのに気がついてたか?」

「尾行!?」

「ガイアはそういう奴らだよ」


 凌牙の言葉に貴一を含めた全員が驚いた。

 あの日、凌牙が八尋たちを先に向かわせていた理由がようやく分かったが、八尋たちはそんなことが起こっていたとは到底信じられなかった。

 貴一はそんな凌牙の言いたいことを理解したのか、「その通りだ」と頷いた。

 沈黙が続く八尋たちを尻目に通り過ぎようとする貴一だったが、凌牙が「けど、」とわざとらしく呟く。


「こいつらに少しでも話した時点で関わんなってのは無理な話だろ」

「凌ちゃん良いこと言う〜! てなわけできーちゃん先輩、諦めてくださいっ」

「黄崎、茶化すんじゃない」

「いやいや。先輩たちになにかあったら、あたしたち一生後悔しますよ?」


 涼香は貴一の目の前でニッコリと笑うが、声のトーンは真剣そのもので、貴一はなにも言い返せずに言葉を詰まらせる。


「涼香先輩の言う通りです。ここまで来て引き下がるなんてできません」

「その通り! こうなったら一蓮托生!」

「死ぬのは勘弁」


 あかりに続いていつもの調子で盛り上げる涼香の横で、エリナが呆れたようにため息をつく。


「……分かった。ただし、なにかあれば俺の指示に従ってもらう」


   * * * * *


「こんなところ連れてくるなんてどうした?」

「お世話になってる人が経営しててねー。せっかくなら見学してもらおうと思って」


 一方、誠は凪斗に連れられてガイアに来ていた。

 エントランスは吹き抜けの造りで天井は光が差し込む作りになっており、上のフロアまで見渡せる広さと明るさがあった。

 まさか誠もガイアに案内されると思っていなかったのか、落ち着かない様子で辺りをぐるりと見渡す。

 誠が天井を見上げたところで、スマホに涼香から連絡が来ていたのを思い出す。

 内容は『まこ先輩今どこにいますか!』と簡潔なもので、誠は『ガイアってとこにいる』『生徒会で集まりたいなら夏休みに計画よろしくな』と簡単に返事をした。


「そういえば凪斗、話ってなんだ?」

「うん。誠に言わなきゃって思って」


 同じように誰かと連絡を取っていたらしい凪斗は誠に向き直り、スマホをしまって大きく伸びをする。


「俺が両親いないの知ってるでしょ」

「あ、あぁ」

「実は俺の親、殺されてるんだよね」


 あまりにもあっさりとされた告白に、誠はなんと返すべきか言葉が出てこなかった。

 そんな戸惑う誠の様子を気にすることなく凪斗は続ける。


「俺はその復讐のために生きてきた」


 穏やかな表情から一転し、誠が見たことのない憎悪に満ちた表情に、背筋がぞくりと震える。

 それと同時に、誠はガイアに来た時から感じていた違和感にようやく気がついた。

 エントランスなら誰かしら通ってもおかしくないはずだが、誠が来てから誰一人ガイアの社員に会わないこと。

 一筋の冷や汗が流れ落ちる誠に、凪斗はいつものにこやかな笑顔を向ける。


「だからさ、誠に協力してほしいんだよね」


   * * * * *


「ねぇ、まこ先輩ガイアにいるって!」


 ガイアに向かう道中、涼香がスマホの画面を八尋たちにまじまじと見せつける。

 八尋たちは誠の身に危険が迫っているかもしれないと、ガイアに向かう足を一層早めていく。


「ていうか、一色零がパンドラのメンバーなんて普通思わないんだけど」

「赤坂くんは、そのことを誰から聞いたの?」


 エリナとあかりの視線が八尋に向き、八尋はなんと返すべきなのかと慌てる。

 黒金のことを説明するのもややこしくなると思ったため、知り合いから聞いた、とそれとなくぼかして説明した。

 程なくしてガイアに着くと、入口に一人の警備員が立っていた。


「やはり警備員がいるか……」

「どうするんすか? 結構ガード厳しいっすよ」


 以前八尋たちがガイアに来た際に門前払いされたことを思い出し、八尋とあかりも大きく頷く。

 中に入るにはどうするべきかと各々が頭を悩ませる中、エリナが声を上げた。


「あたしに案がある」


 エリナは八尋たちから離れたところにあかり、涼香、凌牙を呼び、こそこそと作戦会議を始めた。

 なにを話しているかは聞こえなかったが、あかりたちの反応から恐らく難しい作戦なのだろうと八尋は推測する。

 八尋たちは警備員から見えないところに隠れ、作戦会議を終えたらしいあかりと涼香が警備員に話しかける。


「えっとぉ、あたしたちここの見学に来たんですけどぉ」

「もし良かったら、中を見せていただけませんか?」

「なんだ。学生か?」


 ノリノリな涼香と笑顔が少しぎこちないあかりは、警備員に中に入れないかと直接交渉していた。

 一度断られているため、それで入ることが許可されるとは思えない。ここからどうするのか、と八尋たちはエリナの作戦を物陰から見守る。

 そしてあかりと涼香が警備員と話している間にエリナと凌牙が後ろに回り込み、近くの茂みに警備員を引きずり込んだ。

 思いもよらない展開に八尋たちはあっけに取られるが、しばらくしてエリナがカードキーを手にして戻ってきた。

 そして茂みに倒れているであろう警備員とエリナたちを交互に見て、涼香は穏やかな笑顔を見せる。


「ハニトラかと思いきやゴリ押しするしづきん、嫌いじゃないよ」

「ありがと」

「褒めてないんだな〜」


 あかりと涼香にそれとなく監視カメラの死角に追いやってもらい、そこから二人で警備員をねじ伏せる手際の良さに八尋たちは冷や汗をかく。


「俺はまだ犯罪者になるつもりはないんだが……」

「これは確実にアウトっすね」

「ガイアも実質アウトみたいなもんだし、相殺されてセーフってことで!」


 二人の行為をなんとかフォローしようとする涼香の横で、当の本人であるエリナと凌牙は涼しい顔をして立っていた。

 気を取り直してカードキーをかざし、八尋たちはガイアの中に入る。

 そこには、エントランスの真ん中に立つ誠と凪斗の姿があった。

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