第39話 違和感②

「青山先輩!」


 なによりも今一番会いたかった人物を目の前にして、八尋は声を上げる。

 しかし、貴一の右腕に何重にも巻かれた包帯を見て、思わず近づこうとした歩みを止めた。


「その怪我、どうしたんですか!」

「研究所から帰宅するところで襲われてな。まだ痛みはあるが、日常生活に支障はない」


 淡々と話す貴一に、八尋はなぜ貴一が狙われたのか、それに加えて聞きたいことがいくつも増え、頭の中が混乱していた。

 そんな様子の八尋に気がついたのか、代わりに恭平が横にいる涼香に尋ねた。


「あの、なんで俺たちが呼ばれたんすか? 生徒会のことなら緑橋先輩がいないっすけど……」

「うむ、せっかくだからやっぴーたちにも話が聞きたくてねっ」

「話、ですか?」

「あんたたち、犯人探ししてるんでしょ」


 犯人探しと言われ、八尋たちに思い当たる節は一つしかなかった。

 あかりが守護者襲撃事件の話なのかと尋ねると、エリナは無言で頷く。

 涼香曰く、自分たちも守護者襲撃事件のことを調べていて、貴一に話を聞くなら今日しかないと待ち伏せをして今に至ると言う。


「赤坂たちもなにやら調べていたな。なにをしていたんだ?」

「はい。俺たちは先輩が犯人っていうのがどうしても信じられなくて、真犯人を探していました」


 八尋のまっすぐなその目と言葉に、貴一は八尋たちとエリナたちを交互に見て、大きくため息をつく。


「一年はこんなに健気だというのに、お前たちときたら……」

「なんでこっち見るんですか! あたしたちだってちゃんと調べてましたー!」

「単に噂話を聞いて面白がっていただけだろう」


 適当な口笛を吹く涼香と、なにも反論せずにお茶を飲むエリナを見て、八尋たちは貴一の言葉は図星なのだと察した。

 いつものごとく涼香の破天荒ぶりに付き合わされたのだろうかと思うと同時に、なんだかんだエリナと凌牙もそういったことに付き合うのか、と八尋は改めて三人の仲の良さを知った。

 そしてエリナがお茶を飲むのと同じタイミングで、凌牙が気だるそうな雰囲気で部屋に入ってきた。


「ただいま」

「おっかー! 後輩ちゃん先に行かせてコンビニなんて、涼香ちゃんになにか買ってきてくれても良かったのにっ!」

「あ? なんの話だよ」


 あきれるように涼香の冗談を流し、凌牙は部屋の入り口にどかっと座り込む。


「探偵ごっこは終わったのかよ」

「まだ! これからやっぴーたちの話を聞くのだ!」


 はいはい、と凌牙は興味なさげにスマホを取り出す。

 凌牙は一体なにをしていたのかを聞ける流れではなさそうだったため、八尋たちは自分たちが今まで手に入れた情報を話していった。

 美凪が襲われたことから始まり、真犯人はフードを被った人物であることや松葉姉妹の証言、さらに零や校長から聞いた話など、恭平とあかりも自分の意見を交えつつ事細かに話していった。

 しかしその中で、恭平は凪斗が犯人かもしれないということは口にしなかった。仮にも同級生である凪斗を疑っていると言って、貴一にどんな反応をされるか分からないためだった。

 それは八尋もあかりも口に出さずとも、なんとなくお互いに理解していた。

 一通り話を聞き終えた貴一はなるほど、と感心していた。


「黄崎たちよりよっぽど有意義な情報ばかりだな」

「むむ、思ったよりガチでなにも言い返せない……」

「あたしたちは遊んでただけでしょ」

「うぐっ……ていうか、きーちゃん先輩もなにか話すことないんですかぁ?」

「ないな」

「じゃあ最近忙しそうにしてたのはなんだったんだろーなー」


 涼香は貴一もなにかしていたのを知っているかのように、わざとらしく貴一に尋ねる。

 一向に食い下がらない涼香に、貴一はため息をついて頭をかかえる。


「……実は国立第一研究所がハッキングされ、俺は独自にその犯人を捜していた。そして、この怪我は昨日フードを被った男にやられたものだ」


 フードを被った男と言われ、共通する単語に八尋たちは反応する。

 貴一と別の人物が犯人だったと八尋は安心しつつも、まさか貴一からフードを被った人物の情報が出てくるとは思っていなかった。

 それは恭平も同じだったようで、思わず身を乗り出して貴一に詰め寄る。


「フードの男って、俺たちが捜してる真犯人じゃないっすか!?」

「んにゃ、そこで繋がる感じ?」

「そしたら、襲撃事件とハッキングは同じ犯人の可能性もあるかもね」

「青山ならどうせ犯人の見当ついてんだろ」


 それぞれが意見を言う中、犯人は誰なのかと八尋たちは貴一に注目する。

 しかし、貴一は自分に視線が集まるのを感じたか、鋭い視線を八尋たちに向けた。


「それをお前たちに言ってどうするんだ」

「いやいや、そこまで言ったならもったいぶらないでくださいよ〜」

「そうっすよ。真犯人なんすから!」


 ここまで言ってしまったからには黙っていられないか、と貴一は諦めたようにつぶやく。

 フードの人物は一体誰なのか、八尋たちはその場で黙って貴一の話を聞く。


「フードの男は、蘇芳凪斗だ」


 まさか、とその場にいた全員が信じられない様子で顔を見合わせた。

 八尋は恭平の推理が当たっていたことにも驚いたが、まさか貴一の口から凪斗の名前が出るとは思っていなかった。そして貴一はなぜ犯人が凪斗だと分かったのか。

 貴一は呆然とする八尋たちを見ながら、淡々と話を続けていく。


「顔は見えなかったが背丈や体格も近く、魔術の癖も蘇芳と似ていることから、俺は犯人だと思っている」

「魔術の癖?」

「異能力を使う際、誰だって攻撃や守備に癖が現れる。その中でも魔術は多くの種類を扱うため、それがより顕著だ」


 恐らくその癖が凪斗とフードの人物に共通していたのだろう、と八尋は考える。

 魔術の癖で凪斗と分かる貴一の判断力もなかなかだが、そこに注目したのは魔術を使う貴一ならではだった。


「それに、今日あいつとすれ違った時に右手に包帯を巻いていた。それは襲われた時に俺が反撃したのと同じ箇所だった。恐らく俺が負わせたものだろう」


 同じように凪斗を疑っていた八尋たちの推理より圧倒的に信頼できる情報に、八尋たちは黙って貴一の話を聞いていた。

 涼香や凌牙もなにかを考えている様子だったが口に出すことはなく、代わりにエリナが貴一に尋ねた。


「研究所のデータを盗んだ犯人もそいつってこと?」

「まだ分からない。複数人の犯行の可能性もゼロではない」

「てゆーか、なんできーちゃん先輩は襲われたの? 犯人にしたかったならそのまま放っておけばいいのに」

「俺になにかしら恨みがあるんだろう」


 涼香の問いに貴一はため息を一つ吐く。

 貴一が一通り話終わると、じゃあ、と八尋の横で恭平が嬉しそうに話を切り出した。


「明日蘇芳先輩に話をして解決って感じっすか?」

「いや、お前たちは蘇芳には接触するな」

「え〜! 直接言いに行って、全部吐いてもらえば終わりじゃないですか!」

「まだ情報が足りていないし、俺の推測の域を出ていない。それに、決定的な証拠がない中で動くのは非常に危険だ」


 物的証拠もなく、口で言ったところで犯人だと白状するはずはないと、貴一に言われて全員が納得する。

 そして話が落ち着いた頃に、室恵に夕食を食べていかないかと誘われる。

 室恵の食事が美味しかったのを覚えているが、流石にこの人数がいたら迷惑だろうと八尋たちは家に帰ることにした。

 そして見送られる際、凌牙からなんかあったらすぐ連絡しろ、と念を押された。

 そのなにかが分からないながらも、八尋たちは凌牙がなにかを心配してくれていることだけは理解した。

 帰り道。前を歩く涼香と貴一と離れ、八尋たちは声を小さくして会話をする。


「蘇芳先輩が犯人なら、もしかして蘇芳さんは全部知ってたのかな」

「たしかに、それならかばう理由も納得できるな」

「美凪ちゃん、そんな風には全然見えなかった……」


 目に見えて分かる落ち込んだ様子のあかりに、八尋も恭平もなにも言葉をかけられなかった。

 そしてそのままなにも言わず、黙ってあかりに寄り添って歩いていた。


(なんだろう、このモヤモヤは……)


 ずっと捜していた真犯人が分かったのに、どこか八尋の気持ちは晴れなかった。

 フードの人物が凪斗だとしたなら、なぜあの時美凪と一緒にいたのか、美凪が貴一だと嘘をついた理由も八尋には分からなかった。

 やはり美凪に聞いてみるしかない、と八尋は心の中で決意した。

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