第38話 違和感①
「落ち着けって。いきなりなんだよ」
キーンという音がふさわしいくらい、耳をつんざくような恭平の鬼気迫る声に、八尋は思わずスマホを耳から離す。
八尋の声も届いていないのか、恭平は変わらない調子で話し続けた。
『八尋、今どこ!?』
「トレーニングルームだけど……」
『蘇芳さんに関してやばい繋がりがあった!』
「蘇芳さん?」
なぜ突然、恭平の口から美凪に関する話題が出るのか。
八尋は恭平に聞きたいことがいくつも頭に浮かんできたが、それを尋ねるより早く、恭平は切羽詰まった声で言う。
『とにかく、俺と桃園さん正門にいるから早く来い!』
確実に拒否権がないと分かった八尋は「すぐ行く」と言って通話を終わらせる。
電話を終えると、会話の節々が聞こえていたらしい誠が何事かと心配そうな目で八尋を見た。
「橙野になにかあったのか?」
「えっと、はい、色々ありまして……」
「蘇芳って、凪斗のことか?」
あの音量で会話をしていたせいから聞こえていたのだろうか、たしかに知っている同級生の名前が出たら何事かと思うのは当然かもしれない。
そう思った八尋は、心配させまいと鞄を持ちながら誠に笑いかける。
「いえ、恭平が色々言ってるだけだと思うので。じゃあ、恭平に呼ばれてるのでこれで失礼します」
「あぁ、気をつけてな」
八尋は誠に一礼してトレーニングルームを出る。一体美凪に関してなにがあったのかと、正門に向かいながらぼんやりと考えていた。
正門に着くと、珍しく気まずそうな雰囲気の恭平とあかりが立っていた。
「お待たせ。恭平、あんな焦って蘇芳さんになにがあったんだよ」
「なにがあったというかやばいというか、俺的にはほぼアウト!」
まくし立てる恭平を見て、興奮している恭平よりあかりに聞いた方が早いかもしれない、と八尋は恭平の隣にいたあかりに尋ねる。
「落ち着けって。桃園さん、何があったの?」
八尋に尋ねられ、あかりは言いにくそうに話しだす。
「美凪ちゃんのお母さん、校長先生と知り合いだったの」
「校長先生と? それはありえない話じゃないけど……」
「それが、お父さんが亡くなったあとにガイアで働いてたみたいなの」
「ガイアで?」
ここでまさかガイアの名前が出てくると思わなかった八尋は、どうにか理解しようと頭をフル回転させる。
美凪とガイアが繋がっていたのは意外なことだったが、美凪が母親の勤め先を知らなかった可能性もある。それこそおかしい話ではない、と八尋は恭平たちに返した。
それに、わざわざ自分から家庭の事情を話すことはないだろう、と八尋は美凪になんとなく共感していた。
「あのさ、蘇芳さんが青山先輩に襲われたって話、八尋は本当だと思うか?」
「どういうこと?」
「ずっと思ってたんだけど、俺はなんか微妙に信じられなくてさ。襲われて顔見る余裕あんのかなって思うし」
「やっぱり私は、美凪ちゃんが嘘をついてるとは思えない」
恭平に続いて、あかりがいつもより語気を強めて言う。それに対して恭平は「いや、これは俺の推測だから……」とたじろぐ。
二人の雰囲気が気まずそうだったのは自分が来る前にそのことを話していたからか、と八尋は納得する。
「恭平は蘇芳さんが嘘をついてるって思ってるってこと?」
「あぁ、蘇芳さんが青山先輩を犯人にしようとしてる可能性もなくはないかなって」
「なんのために?」
「蘇芳さんは真犯人を知ってて、それをかばってるとか」
そのあとを続けようとした恭平は、周りの目を気にしながら八尋とあかりに近づいて声をひそめる。
「真犯人、蘇芳先輩なんじゃないのか?」
そんな突拍子もない推理が恭平の口から出るとは、八尋もあかりも思っていなかった。
信じられないような顔で恭平を見る二人に、恭平はそのまま声をひそめたまま続ける。
「蘇芳先輩も魔術を使うだろ。それならかばってるのも納得できるし、なんとなくつじつまも合うだろ?」
「橙野くん、美凪ちゃんも共犯だって言いたいの?」
「いや、そうじゃなくて……」
恭平の言葉に、あかりの表情が目に見えてくもっていくのが八尋の目に分かりやすく映る。
知り合って間もないが、同級生である美凪を信じているあかりは恭平の推測をあまり信じていないようだった。
恭平の言うことは筋が通らないこともないが、八尋自身も美凪を疑いたくない気持ちの方が強かった。
「じゃあさ、ガイアに行ってみようよ」
零本人に話を聞けば、なにか新しい手がかりが得られるかもしれない。
少しでも進展があってほしいと願いつつ、八尋の提案により三人はガイアに向かうことにした。
「門前払いか……」
「そうだろうとは思ってたけど、進展なしか……」
八尋たちはスマホの地図を頼りにガイアに来たが、警備員に追い払われて零に会うことは叶わなかった。
凪斗に直接話を聞いた方がいいのか、しかし直接聞いたところで軽くあしらわれて終わるだろう、と八尋は凪斗の顔を思い出す。
「そういえば、二人は蘇芳さんの話をどうやって知ったの?」
「八尋、校長に緑橋先輩のこと聞いてただろ。さっき校長室出る時にちょっと聞こえてさ」
「校長先生に?」
「橙野くんについてきてって言われて、最初はびっくりしちゃった」
まさか校長から聞いた情報だとは思わず、八尋は驚いて恭平に聞き返す
恭平はうんうんとドヤ顔で頷き、駅に進む足取りは止めないまま八尋たちは会話を続ける。
「校長先生にもう少し話を聞けないかなって思ってたんだけど、そしたら逆に美凪ちゃんと一緒にいたことを聞かれてね。その流れで、学生時代に知り合いだったって教えてもらったの」
「そうだったんだ……」
「でも、校長先生も詳しくは知らなくて、美凪ちゃんのお父さんが亡くなったあとにガイアで働き始めたことしか知らないみたい」
校長が美凪のことを尋ねた真意は、八尋には分からなかった。
しかし、学生時代の友人が亡くなって、その子供に会ったとしたら誰だって心配したくなるだろうと八尋はぼんやりと考えた。
もしかしたら恭平たちは誠と校長に関することを聞いてるかもしれない、と思い立った八尋は二人に尋ねる。
「校長先生、緑橋先輩のことなにか言ってた?」
「それも少しだけ聞いたけど、校長は緑橋先輩を嫌ってるわけじゃなさそうだった」
「校長先生はなんて?」
「『もし君たちが教師だとして、生徒の中に自分の子供がいたら贔屓するのかい』って言われた」
あの校長らしい返事だ、と八尋は校長が喋っている姿がなんとなく想像できた。
誠と校長がどこかよそよそしいと感じていたのは、教師と生徒という対等な立場でいるせいなのか。校長が誠をどう思っているかは分からないが、誠と校長はきっとどこかでほんの少しだけすれ違っているような気がする。
八尋にはトレーニングルームで聞いた誠の話と、恭平たちの話を合わせて聞きながら、そんなことを考えていた。
「八尋も緑橋先輩と話したんだろ? なにか言ってたか?」
「うん。昔色々あったみたいだけど、先輩は前に進もうとしてた。だからその、うまく言えないけど、俺がどうにかしようとしなくても良いのかもしれない」
前に進もうとしている誠にこれ以上自分が干渉する理由はない、首を突っ込まなくて大丈夫だ、と恭平たちに言いながら頭の片隅で考えていた。
その考えをそれとなく悟ったのか、あかりは八尋に微笑む。
「緑橋先輩が前に進むきっかけを赤坂くんが作ったなら、きっといい方向に進んでくれるはずだよ」
あかりにそう言われ、自分がやったことは間違ってなかったんだ、と八尋は心のどこかで安心した。
駅に近づいた頃、突然八尋のスマホに涼香から着信があった。
「もしもし、黄崎先輩?」
『よっすー! 突然なんだけど、このあと時間ある?』
「はい、俺は大丈夫です。なにか用事ですか?」
『ちょっとやっぴーに話聞きたくてねっ。もしやきょんたんと桃姫も一緒かにゃ? もし大丈夫なら、みんな一緒に来て欲しいな!』
恭平とあかりと一緒にいることが当然のように思っている涼香は、楽しそうな声で八尋に言う。
それを伝えると二人とも快諾し、涼香に三人とも迎える旨を伝えた。
『そしたら、しづきんの家の最寄りによろ! 駅に凌ちゃんが迎えに行くからねん』
凌牙のキレている声が電話越しである八尋の耳にも届く。
しかし涼香はそれを聞こえていないかのように『じゃあよろしく〜』と流れるように電話を終わらせた。
話とは生徒会のことなのか、それなら誠から話は来るだろうし、なによりエリナの家に呼ばれるなんてそんなに重要なことなのか、と考えながら、八尋たちはエリナの家の最寄り駅に向かう。
涼香に言われた通り駅に着いて改札を出ると、見るからに不機嫌そうな私服姿の凌牙が八尋たちを迎えた。
「お、お待たせしました……」
「さっさと行くぞ」
春から凌牙とは少し話す機会が増えたが、不良に苦手意識がある八尋は凌牙のことがなんとなく苦手だった。
気だるそうに歩き出そうとした凌牙は立ち止まり、振り返って八尋たちをギロリと睨む。
いきなり機嫌を損ねるようなことをしただろうか、とその鋭い目つきに八尋たちは思わず怯んだ。
凌牙はなにかを言おうとする代わりに、呆れたように頭をガシガシとかいた。
「あー……赤坂と桃園、家覚えてるだろ。先に向かってろ」
「え、えっと……?」
「聞こえてただろ。二回も言わせんじゃねぇ」
凌牙に促され、訳も分からないまま八尋たちはエリナの家に向かった。
夕方の住宅街を抜けてエリナの家の前に着くと、恭平が門を見上げて口をあんぐりと開ける。
「紫筑先輩って金持ちなのかよ……」
初めてエリナの家に来た八尋たちと同じようなリアクションをとる恭平に、八尋はそりゃそんな反応になるよな、と苦笑いしつつインターホンを押す。
しばらくするとパタパタと軽い足音がして、涼香が門を開けた。
「やほ、待ってたよ! おりょ、凌ちゃんは?」
「先行っててって言われたので、俺たちだけ先に」
「コンビニかなっ。ぷちおこだったししゃーないか。まぁ入りたまえ入りたまえ〜」
まるで自分の家のように、涼香は八尋たちを招き入れる。
門からずっと落ち着かない恭平に、八尋とあかりは共感しながら案内された和室に入る。
するとそこにはエリナと、貴一の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます