第37話 半人前
翌日の放課後。
八尋と恭平、あかり、そして美凪は校長室の目の前に立っていた。
揃った面子からして真犯人探しについて呼び出されたのだろうと、その場にいる全員が検討がついていた。
しかし担任から指導されるならまだしも、その過程を飛ばして校長に呼び出されたのか、と八尋は不安を覚える。
(緑橋先輩に連絡入れられなかったけど、大丈夫かな……)
そして八尋は校長の呼び出しとは別に、『明日の放課後、トレーニングルームで話がある』と誠から連絡が来ていた。
八尋は誠と一刻も早く話したかったが、まずは校長との話を終わらせなければ、と八尋たちは校長室に入る。
中では、校長がいつも通りの落ち着いた雰囲気で八尋たちを出迎えた。
「急に呼び出して悪かったね。君たちが呼ばれた理由は分かっているかな」
「色んなところに話を聞きに行ったことですか」
「その通りだ。話を聞くと、どうやら君たちは魔術を使う人を捜しているとか」
校長にその連絡が来たのは、昨日いくつか回った病院からだろうか。
たしかに、見舞い目的でない高校生が大勢で押しかけたら間違いなく目立つだろう、と八尋は納得する。
校長に恐らく嘘は通用しないだろうと、八尋たちは素直に魔術を使う人物を捜している経緯を話した。
校長なら貴一が疑われていることも知っていそうだと思い、八尋はそれとなく会話に織りまぜる。
八尋たちが一通り話し終えると、校長はなるほど、と頷いて八尋たちを一瞥する。
「探偵ごっこはやめなさい」
校長はぴしゃりと言い放った。
そして八尋の横で反論しようとする恭平より早く、校長はさらに続ける。
「知っての通り、月城はそれなりに自由な校風だ。私も君たちのプライベートまで制限するつもりはない。しかし、月城の名前が出るなら話は別だ。君たちは月城の生徒であり、その看板を背負っていることは忘れないでほしい」
穏やかだが威圧感のある雰囲気に、八尋たちはなにも言い返すことができなかった。
校長の言うことはもっともで、八尋たちは貴一のために動いていたが、はたから見ればただの高校生が警察の真似事をしているに過ぎなかった。
正論を突きつけられた八尋たちは、なにも答えられずに立ち尽くす。
「一連の事件については警察が動いています。君たちが関わることではない」
「……先輩が疑われてるのを、黙って見てろって言うんすか」
「そうは言っていない。私も彼がそんなことをするとは微塵も思っていない。だから君たち後輩にできるのは、彼を信じて待つことだ」
普通ならそうするだろうが、もう少しで真犯人にたどり着けるかもしれない八尋たちには、その待っている時間も惜しかった。
「ただ待ってるなんてできません。それでもし本当に青山先輩だったとしたら、俺たちは絶対に後悔します」
引き下がらない八尋たちに、校長は黙って首を横に振る。
話は終わりだ、と校長に遠回しに出て行くよう促され、八尋たちはしぶしぶ校長室から出ていく。
恭平たちが校長室を出て行く中、どうしても諦めきれない八尋は、立ち止まって校長に尋ねた。
「……校長先生、一つ聞いていいですか」
「なんだい?」
「緑橋先輩と、なにがあったんですか?」
誠の名前が出ると、校長の表情が一瞬ピクリと止まった。
貴一のことが無理でも誠のことなら、と八尋はすがる思いで校長に言う。
「俺、普段優しい緑橋先輩があんなに怒ってるの見たことなくて。先輩と校長先生の間になにがあったのか、少しでもいいから教えてもらうことはできませんか」
八尋の真剣な眼差しに、校長は珍しくなにかを考えている様子だった。
もしかしたら、と期待する八尋だったが、校長から出た言葉はあまりにも淡白な返答だった。
「それを知って、君になにができるんだい」
「それは……」
「話は終わった。早く家に帰りなさい」
校長の有無を言わせぬ態度で、それに気圧された八尋は後ずさるように校長室を出て行った。
校長室を出ると、八尋たちの足は自然と昇降口に向かっていた。
自分たちの力ではどうにもできないのか。廊下を歩きながら八尋がそんなことを考えていると、あかりが不安そうな顔でつぶやく。
「これからどうしよう……」
あかりの言う通り、その場にいる全員がもどかしい感情に襲われていた。
あと少しで真犯人が見つかるかもしれないはずが、こんな簡単に諦めなければならない状況になってしまうとは、八尋たちは誰も思っていなかった。
昇降口に着くと、美凪が困ったように笑う。
「あんな感じに言われちゃったし、今日はやめとこっか」
「美凪ちゃん……」
「明日からはこっそりやるとか? でも校長先生の言う通り、信じて待つのも大事かもね」
美凪はそのまま靴を履き替え、軽い足取りで立ち去った。
「……緑橋先輩に呼ばれてるから、俺も行くね」
八尋も無理やり自分を納得させ、誠を待たせているために小走りでトレーニングルームに向かって行った。
そんな八尋の立ち去る背中を見て、恭平は静かに靴を履き替えていたあかりに話しかける。
「桃園さん、ちょっとついてきて」
「橙野くん?」
「俺、諦め悪い性格だからさ」
ニヤリと笑った恭平はあかりを連れて、再び校長室の方に戻って行った。
* * * * *
「先輩、お待たせしました」
八尋が呼び出されたトレーニングルームの一室に着くと、誠が自身の異能力である刀を具現化していた。
八尋が入ってきたのに気がつくと、誠は具現化を解除して頬に流れる汗を拭う。
「お疲れ。遅かったけどなにかあったのか?」
「はい、ちょっと校長先生に呼ばれてて……」
校長の名前は出さない方が良かったか、と焦る八尋とは裏腹に、誠はそっか、とどこか落ち着いた雰囲気だった。
「先輩、あの……」
呼び出された内容は恐らくこの前のことだろう、と八尋はなんとなく分かっていたが、どう言うべきなのか迷い、うまく言葉が出てこなかった。
そんな八尋を見かねてか、誠が先に口を開く。
「赤坂、この前はごめんな。あの時は俺の中に余裕がなかったんだと思う」
誠は二人でいるには広いトレーニングルームの真ん中に立ち、八尋を手招きする。
「赤坂、少し俺の話を聞いてくれるか」
「あの、先輩。俺は……」
「お前は謝らなくていい。この前のは全部俺が悪いから気にすんな」
入り口で立ち尽くす八尋を見て、誠はいつもの気さくな笑顔を見せる。
八尋は間違いなく自分自身が悪いはずなのに、それを許してくれる誠の寛大さに八尋はとにかく頭が上がらなかった。
そして八尋を半ば強制的に座らせ、誠はくつろいだ体勢で話し始めた。
「どこから話そうかな。……そうだな、俺の母さん、俺が小学生の時に病気で亡くなってるんだよ」
「そうだったんですか……」
「元々体もそんなに強くなかったらしいんだけどな」
「校長先生とも、お母さんのことがあって……?」
そうだな、と誠は頷く。
八尋は、校長がなによりも仕事を大事にしてると誠が言ったのを思い出していた。
たしかに校長は仕事熱心な雰囲気はあるが、家族を放っておくような人物には八尋は思えなかった。
「特に母さんが倒れて入院してからだな。母さんは『お父さんは忙しいから』って言ってたけど、俺は家族より仕事を優先させるあいつにとにかく不信感が募っててさ。じいちゃんとばあちゃんに俺の面倒見るの頼んでたって知った時はなにしてんだって思ったよ」
自分の妻が倒れたとしても、校長にも仕事を優先させなきゃいけない事情はあったのかもしれないと八尋は校長の顔を思い浮かべる。
もし自分が校長の立場ならどうしたか。校長というトップにいるからこそ、冷静でいなければならないのか。
八尋は誠の話を聞きながらそんなことを頭の片隅で考えていた。
「母さんが亡くなっても、あいつはなにも変わらなかった。俺は嫌気がさして、いつからか最低限の会話さえしなくなった」
なんでもそつなくこなす誠のことだから、家事も祖父母に教わって自分でやってきたんだろう、と八尋は推測する。
それと同時に、八尋はなにも知らずに簡単に首を突っ込んだことを恥じた。
たった十数年生きてきた程度の自分が、どうして解決できると思ってしまったのか。
「とまぁ、昔の話はこの辺にして。俺のこの異能力は母親譲りでさ。俺はこの異能力がなによりもかっこいいと思って守護者になろうと決めた。月城入ったら、中二の時にあいつが校長になった時は驚いたけどな」
親子だからなにがあっても離れられないのかもな、と誠は自嘲気味に笑う。
そして軽くため息をつき、そのまま大の字に寝転んだ。
「……たぶん、過去を引きずってるだけなんだよな」
「そ、そんなことないです!」
「いいよ、気を遣わなくて。赤坂とか紫筑に言われて、俺も向き合わなきゃいけない時なんだってようやく気がついた」
こうして振り返ると長い反抗期だな、と誠はつぶやく。
あの時言った一言がそんな風に捉えられているとは思わず、八尋はなんともいえない気持ちになった。
「ダサいな、二個下の後輩にこんなこと聞いてもらって。でもお前なら聞いてくれると思ってさ」
「いえ、先輩はどれだけ辛かったか、先輩が話してないだけでもっと大変だったと思います。あの、俺で良ければいつでも話聞きますから!」
慕っている先輩の力になれるならいくらでも協力したい、と必死に訴える八尋に誠は起き上がり、ありがとな、と小さく笑う。
「赤坂、お前って父親と仲良い?」
「は、はい」
「よく話す?」
「はい、毎日色んなこと話してます」
「……うらやましいよ」
その一言に、どんな意味が込められているかは分からなかった。
ただその表情から、思わず漏れた誠の本音だということだけは八尋に伝わった。
「なに話せば良いか分からないけど、俺なりに頑張ってみるよ」
そう言って八尋に向けられた誠の笑顔は、どこか吹っ切れたような、清々しい顔をしているように見えた。
そして駅まで一緒に帰ることになり、トレーニングルームを出ると八尋のスマホに恭平からの着信があった。
さっき別れたばかりでなにかあったのか、と八尋は誠に断りを入れて電話に出る。
もしもし、と電話に出るや否や、恭平の声が勢いよく八尋の耳に響いた。
『八尋、今すぐ話したいことがある!』
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