第36話 真犯人
「なにか用? 悪いけど、話すことはなにもないわよ」
週が変わって月曜日。
八尋は優征や担任である根岸など、魔術を使う人から話を聞いたが、誰からも有力な情報は得ることができず、昼休みの食堂では恭平たちも同じようなことを言っていた。
浅葱からなら新しい情報は手に入るはず、と終業のチャイムが鳴るや否や、八尋は恭平たちと合わせたかのように集まって三年生の教室に向かう。
幸い浅葱はまだ帰っておらず、廊下に出てきた浅葱はいぶかしげに八尋たちを見たかと思うと、先程の台詞を八尋たちに投げかけた。
「え?」
「同じ生徒会でしょ。紫筑エリナから聞いてちょうだい」
浅葱からエリナの名前が出たことに八尋たちは首を傾げる。
どうやら、昼休みにエリナたちも浅葱に話を聞きにきたらしく、浅葱は呆れたようにため息をついた。
そんな浅葱の後ろから萌葱が現れ、浅葱に苦笑しながら話しかけた。
「浅葱、紫筑エリナのこと苦手だもんね」
「何考えてるか分からないじゃない。まったく、萌葱がうっかり喋るから」
「ごめん浅葱、まさか今日も来ると思わなくて」
浅葱から直接話を聞きたかったが、これは厳しいか、と八尋が引き下がろうとしたところ、恭平が浅葱に話しかける。
「実はこれ、俺らしか知らない重大な秘密なんすけど……」
恭平が浅葱にしか聞こえない声で何かを伝え、それを聞いた浅葱は廊下に響き渡るほどの声を上げた。
一体なにを聞いたんだ、と言わんばかりに慌てふためく様子を見て、恭平は真剣な表情で続ける。
「んで、松葉先輩が覚えてる犯人の特徴とかないっすか?」
浅葱は当時の様子を一から説明し、犯人の特徴を挙げていく。
八尋たちが集めた情報と似ていたが、浅葱は魔術で襲われたわけではなく、突然背後から襲われたらしい。
「それで、その時になにかを振り上げてきたから、思わずそれを振り払ったのよ。必死だったからちゃんと見えてないけど、何かこう、針みたいな……」
「針?」
「尖ってたように見えたし、あれって注射器だったのかしら。そのあとは意識を失ったからよく覚えてないわ」
それがその人の異能力なのかは分からないけどね、と浅葱は言う。
浅葱の言う針とはなんのことだ、と八尋が考えていると、浅葱はずいっと八尋たちに詰め寄った。
「とにかく、私が覚えてることを話したんだから、絶対解決しなさいよ!」
浅葱のものすごい剣幕に八尋たちは頷くしかなかった。
そして教室に戻りながら、八尋は楽しそうに前を歩く恭平に尋ねる。
「恭平、松葉先輩になんて言ったんだ?」
「この事件、青山先輩が疑われてますよって言った」
それは周りに広めて良いのだろうか、と八尋が思っていると、黄崎先輩から聞いてさ、と恭平は続ける。
「先輩曰く、『あさちゃん先輩はきーちゃん先輩のことが好きだから、なにかあった時は名前出せば一発だよ!』って言われたからさ」
それで浅葱はあんなに慌てていたのか、と八尋は納得する。
しかし、ピンポイントに名前を出すあたり、涼香は八尋たちが浅葱に話を聞きに行くと分かって恭平に教えたのか、一体あの人はどこまで考えているのだろう、と八尋は涼香の顔を思い浮かべた。
「先輩の話に出た注射器だけど、注射器っていえば病院かな?」
「んじゃ、病院一件ずつ回って聞いてみるか」
あかりの言葉に、恭平の途方もない提案が飛んでくる。
しかし、浅葱からの情報を無駄にしないために、八尋たちは早速行ってみようとそれぞれの教室に戻って用意をする。
鞄を整理していると、その中にあるものを見つけた。
それはテスト終わりに会ったガイアの社長・零の名刺で、それを見た八尋はあることをひらめく。
「蘇芳さん、注射器って実験とかでも使ったりするよね。ちょっとこの人に電話してみる」
「でも、今って仕事中じゃないかな」
美凪の言う通り、時計の針はもうすぐ十六時になるところだった。
それに、自分は連絡先を伝えていないために、繋がっても誰か分からなければ切られてしまう可能性もある、と八尋は考える。
だが少しでも犯人に繋がる何かがあるなら、と八尋はその希望に賭けて零に電話をかけた。
そして呼び出し音が数回鳴ったのち、零の声がした。
「すみません、前にショッピングモールでお会いした……はい、迷子の白銀くんといた、赤坂と言います」
八尋が覚えている限りの情報を伝えると、零は思い出したのか嬉しそうに声を上げた。
そこに鞄を持った恭平とあかりが来たが、八尋は名刺を二人に見せて零との会話を続ける。
「ちょっと聞きたいことがあって、お時間良いですか?」
『今は休憩中なので、僕が答えられることならなんでもどうぞ』
そこで八尋は、思いつくいくつかの質問を零に尋ねる。
零によると、零の会社では投薬実験で注射器を使う時もあること、魔術を使う人はそれなりにいるが、守護者の資格を持っているのは零だけということ、自分は若くして社長になったから、それに対して恨みを持つ人はいるだろう、と八尋の質問に零は全て丁寧に答えてくれた。
『なにか調べものですか? 僕で良ければいつでも協力しますよ』
「はい、ありがとうございます」
零とのやりとりを終えて電話を切ると、八尋のやりとりを黙って聞いていた恭平が食い気味に尋ねる。
「どうだった?」
「一色さんの会社は実験で注射器を使うらしくて、一色さん自身も魔術の守護者なんだって。あとは社長になるまでに恨みは買ってるかもって」
「その人のことは頭の片隅に入れといて、今日は近くにある病院から行ってみよ!」
美凪は笑顔で鞄を持ち、それに続いて八尋たちも教室を出て行った。
* * * * *
「では、明日も授業なので先に帰ります」
「分かった。母さんが事務所に残っているから、送ってもらおうか?」
「いえ、一人で帰るので大丈夫です」
貴一は父とそんなやりとりをかわし、鞄を持って部屋を出る。
国立異能力第一研究所では先日、海外からのハッキングにより、魔術の研究データや貴一の研究していた魔術データなどが抜かれる事件が起こっていた。
そして貴一が警察から事情聴取を受けた際、なぜか守護者襲撃事件のことについてもいくつか尋ねられた。
どうやら、被害者の話から犯人の性別は男、体格は平均的、異能力は魔術を使うということが分かっているらしく、条件に合う貴一と貴一の父が事情聴取を受けさせられた。
(まったく、あれではほとんど犯人を絞れていないようなものだ)
警察は少しでも情報が欲しいんだろう、と貴一の父は笑っていたが、貴一はどうにも自分たちが疑われているような気がしてならなかった。
しかし、魔術の名門一家として名を馳せている青山家なら魔術絡みで話を聞かれるのも無理はないか、と無理やり貴一は自分に言い聞かせる。
そして、貴一は研究所を出るかと思いきや、エレベーターで別のフロアに向かい、ある倉庫の中に入っていった。
そこは研究所の過去の情報がある倉庫で、貴一はファイルを一つずつ手に取って読み進めていく。
(ハッキングの犯人は研究所絡みだろうと思っていたが、予想以上に関わった人物が多いな……)
異能力研究は年々競争も激しくなっていき、その中でも国立異能力第一研究所は、国内でも魔術研究のトップとして名が知られている。
その過程で、どこかで競合相手や内部の人間とのトラブルの一つや二つあってもおかしくない。
貴一はそんな予測を立て、連日最新のデータから順に膨大なデータを読み漁っていた。
自分が昔から調べていたデータが盗まれたのが許せないこともあったが、貴一の中で非日常が起こったことへの、年相応の好奇心と自分の持つ探究心が上回っていた。
過去のファイルは貴一の父が所長になる頃まで読み進められたが、どれも事件の決め手になるようなものは見つからなかった。
明日以降また続きを調べよう、とファイルを棚に戻そうとすると、一枚の紙がすり抜けて床に落ちる。
「これは……」
それを見た貴一は紙を戻し、足早に研究所を出て行く。
研究所は駅までの道は人通りが少ない上に周りになにもなく、街灯だけが道を照らしていた。
(あのことをあいつは知っているのか? 直接聞いても良いが、どうにも釈然としない……)
父の書斎に行けば、あれの謎が分かるのでは。
そんなことを考えていると、背後に不穏な気配を感じて貴一は振り返る。
そこにはフードを被った人物がおり、貴一が誰かと様子をうかがうより早く、魔術の風で横にある雑木林に貴一を吹き飛ばした。
貴一は吹き飛ばされながらも瞬時に風を起こし、体への衝撃を多少和らげる。
抵抗を作ったとはいえ威力はそれなりにあったのか、貴一は咳き込みながら制服についた砂と葉を手で払う。
「誰だ。研究所を狙ってきたのか?」
フードの人物は貴一の問いには答えず、隠し持っていたナイフを取り出して体勢を立て直した貴一を刺そうと走り出す。
(身のこなしが軽い……慣れてる奴の動きだ)
貴一が冷静に分析する通り、フードの人物の身のこなしは、貴一の出方を読んでいるかのような軽い動きだった。
正当防衛だ、と貴一はナイフを振り落とそうとフードの人物の手元目掛けて火を飛ばす。しかし、フードの人物はそれをかわすことなく受け、貴一の首を狙いに行く。
捨て身で向かってくると思っていなかったのか、貴一は咄嗟に右腕で首を守り、そのままナイフが貴一の右腕に突き刺さる。
痛みに堪えながらも貴一はその隙を狙い、取り押さえようと反対の手でフードの人物の手首を掴んだ。
しかし、フードの人物はくるりと腕を捻って貴一から逃げてナイフを抜き、蹴りを食らわせる。
そして貴一が体制を立て直す前に魔術の地によって地面を隆起させ、フードの人物は雑木林の中に逃げて行った。
「待て!」
貴一はフードの人物を追いかけようとしたが、刺された右腕に感じる痛みが次第に強くなっていき、止血をしようと研究所に戻って行った。
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