第35話 隣人愛②
「お邪魔しまーす」
美凪の提案により、八尋たちは美凪が住むアパートに到着した。
そこはこじんまりとしたアパートで、八尋たちはリビングで涼みながら部屋の中を見渡す。
帰っても美凪しかいないことが気になった恭平は、キッチンで麦茶を用意している美凪に尋ねた。
「蘇芳さんの親って共働き?」
「ううん、うちパパとママいないんだよね。だから兄ちゃんと二人暮らししてるんだ」
想像もしていなかった返答に、恭平はそうなんだ、と言葉を詰まらせる。
「親戚付き合いもなかったから、パパとママの知り合いの人に卒業まで援助してもらってるの」
高校生が二人暮らしをしているということにも驚いたが、それと同時に高校生二人の生活を支えてくれるほどの人もいるのか、と八尋は美凪の知らない一面を垣間見た気がした。
テーブルに出された麦茶を飲みながら、八尋は美凪に尋ねる。
「作戦会議って言ったけど、もらった情報を頼りにまとめて、これからどうしてくってことを決める感じかな?」
「うん、そうした方が今後困らないかなと思って」
美凪はノートを取り出し、貴一と萌葱に聞いた話を箇条書きにしてまとめていく。
貴一と美凪は初対面のような雰囲気だったこと、貴一は守護者の事件で話を聞かれたこと、犯人と噂になっている死神は同一人物かもしれないこと。
推測の範囲でも良いからと、少しでも関連がありそうなことを全て挙げていき、あっという間にノート見開きにびっしりと情報が埋まっていった。
八尋たちが一通り思いついたことをまとめたところで、あかりがノートの情報を眺めながらぼそりと呟く。
「これって、魔術を使う人が狙われたのかな」
そう言われて、八尋は美凪たちの異能力を思い出す。
あかりの言う通り、美凪と浅葱の異能力は魔術、仮に襲われた守護者も魔術を使うとすれば話は合う、と八尋は納得した。
「でも、その人が魔術を使うって知らなきゃターゲットにはできないよね」
「てことは、魔術が使えるのを知ってて狙ってるってことか?」
恭平は苦い顔をして八尋とあかりを見る。
貴一の研究所は魔術研究のために、守護者やエリナに協力してもらっていることを思い出す。
もしかしたらそういった情報があってもおかしくないと恭平は言いたいのだろう、と八尋は考える。
話をすればするほど、貴一が犯人である条件にぴったり合ってしまい、どうするべきか、と頭を抱える八尋たちの元に、玄関が開いて凪斗が帰ってきた。
「兄ちゃん、おかえりー」
「ただいまー。あれ、誠の後輩だ」
「お邪魔してます」
「いえいえ。なにもないけどゆっくりしてってねー」
リビングを抜けて隣の部屋に入ろうとする凪斗を、八尋が呼び止める。
貴一と同級生の凪斗なら、なにかしら情報が手に入るかもしれないという八尋の考えだった。
「蘇芳先輩」
「なにー?」
「青山先輩ってどんな人ですか?」
まずは貴一のことから聞いてそこから掘り下げられれば、と思う八尋の前で、そうだなぁと凪斗は首をひねる。
「一言で言うなら天才? 顔良いし成績は言うまでもないし、おまけに女子にもモテるし、既に人生の勝ち組って感じだよねー。まぁ俺とは性格合わないけど」
貴一と凪斗はお互い実力は認め合っているが、性格が真逆のためにそこまで仲が良いわけではなさそうだ、と凪斗の話を聞きながら八尋は考える。
どちらかと言うと、下の名前で呼び合う仲の誠に聞く方が良いのか、と思っていると、凪斗が美凪の書くノートを覗き込んだ。
「みんなで集まって、なにかやってるのー?」
「兄ちゃんには関係ないから! あっち行ってて!」
「はいはい。美凪、俺このあとクラスの奴と遊んでくるから、夜は適当に食べてて」
「はーい」
美凪に止められ、凪斗はそのまま隣の部屋に入って行った。
他にも凪斗に聞きたいことはあったが、代わりに美凪に聞いてもらおう、と美凪を見ると、美凪は凪斗のいる部屋を見て懐かしそうに呟く。
「兄ちゃんはあんなんだけど、小さい頃から将来は絶対守護者になるって言ってて、両親もそれを応援してくれてたんだよね」
「そうなんだ。蘇芳先輩って成績良いもんね」
「あたしも兄ちゃんを追いかけて守護者を目指してるけど、あたしはもうちょっと勉強頑張らなきゃダメかな」
あはは、と困ったように笑う美凪の話を聞いて、八尋は貴一が研究所で八尋たちにした話を思い出した。
貴一には異能力をもっと身近なものにしたいという夢がある。だからこそ、貴一がこんな事件を起こすはずがないと八尋は信じたかった。
「やっぱり俺、先輩が犯人とは思いたくない」
「じゃあ、俺たちで真犯人見つけようぜ」
真剣な表情で言う八尋の横で、麦茶を飲み干した恭平がニカッと笑う。驚く八尋にそりゃそうだろ、と言いながら恭平は続ける。
「俺も青山先輩がこんなことするって思えないからな」
「私もそう思う。きっと何かの間違いだよ」
「蘇芳さんが見たのは先輩のそっくりさんってことにしといてさ。もし本当に犯人だったら、紫筑先輩とか連れて止めに行けば良いだろ」
あの人いれば最強だからな、と冗談まじりに笑う横で、美凪がおずおずと尋ねる。
「全然情報もないのに、犯人を探すって無謀な気もするけど……」
「俺も無謀だと思う。でも、それで先輩を助けられるかもしれないし、立ち止まってたら解決できるものもできないよね」
以前透から言われた言葉は、まさに今の自分に向けられたものだ、と八尋は自分に言い聞かせるように言う。
美凪もそんな八尋の言葉に動かされたのか、そうだね、と頷いた。
「んじゃまとめるか。犯人の特徴として、青山先輩と同じくらいの身長で、魔術を使う人を狙ってるってくらいか」
「来週からは、俺たちが思い当たる魔術を使う人たちに話を聞いてみよう。もしかしたら、犯人に繋がるなにかが見つかるかも」
「そしたら兄ちゃんも魔術を使うし、兄ちゃんにはあたしから聞いてみるね」
そこからさらに盛り上がる恭平たちを見ながら、八尋はありがとう、と心の中で呟いた。
方針が決まったところで解散し、美凪に見送られて八尋たちは駅に向かう。
途中でコンビニに寄りたいと恭平に言われて、八尋とあかりは外で恭平を待っていた。
行動力のある恭平と広い視点から物事を思考するあかり、自分が狙われたにもかかわらず協力してくれる美凪のおかげで、八尋は心強さと誰かがいる安心感を抱いていた。
「赤坂くんって優しいよね」
「え、い、いきなりどうしたの!?」
あかりに言われ、八尋は突然のことにたじろぐ。
そんな八尋の慌てている様子が面白かったのか、あかりは小さく笑って続ける。
「私じゃこんなことできないと思うから、すごいなって思って」
「そんなことないよ! 桃園さんだって優しいし、俺はただのお節介というか、首突っ込んでるというか……」
「ううん。誰かのために動ける人はなかなかいないよ。そんな赤坂くんに助けられた人、きっといっぱいいるんじゃないかな」
私もそうだから、とあかりは笑う。
「そう思うと、赤坂くんの夢って素敵だよね」
日常を守るために守護者になる、という八尋の夢。
それは自分が過ごした日常だけではなく、周りの人の日常も守るための夢なのかもしれない、と八尋はふと思い立った。
「うん。たぶんだけど、みんなと毎日楽しく過ごしたいって思うからかな」
自分の根本にあるものだからこそ、それを叶えたい夢と言ったのだろう、とあかりの会話で八尋はようやく自分の言ったことが腑に落ちた。
「あと、桃園さんとの約束を楽しく過ごすために頑張ろうって、」
「ただいまー。ごめんレジ混んでた!」
八尋の発言と被るように、冷えた炭酸ジュースを持って、ちょうど恭平がコンビニを出てきた。
あかりと向かい合わせで、なおかつ至近距離で話している八尋たちを見て、恭平の顔が一瞬で真顔になったのが八尋からも見て分かった。
適度に起こる自分のタイミングの悪さを呪いつつ、八尋は無言で近づく恭平と自然と距離を取る。
「なに話してた?」
「なんでもないです……」
「嘘つけ、桃園さんになんか言いかけてただろ! 白状しろ!」
「冷たっ!」
首にペットボトルを押し付けられ、八尋はそれを奪い返して恭平にやり返す。
そんなやりとりをしたせいで、恭平がペットボトルを開けたときに炭酸ジュースが溢れ出す。
そうなることは分かっていたはずだが、それが堪らなくおかしく感じたのか、三人で大笑いしながら駅までの道のりを歩いた。
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