第34話 隣人愛①

 ホームルームが終わり、ようやく授業が終わったと八尋は大きく伸びをする。

 勢いに乗って恭平と夜中まで話していたせいか、八尋は授業中に何度も欠伸を噛み殺していた。

 恭平と話した結果、誠の件に関しては八尋が直接話すことになり、今日はまず貴一に話を聞きに行くことにした。

 美凪にもいくつか聞きたいことがあると伝えて残ってもらい、恭平が八尋の教室に来たところでクラスメイトに声をかけられる。


「赤坂、桃園さんが呼んでるー!」


 そのクラスメイトは八尋とあかりの噂を知っているからか、わざと教室中に響き渡る声で八尋を呼ぶ。

 目の前にいる恭平をはじめ、周囲の視線を集めながら廊下に出ると、そこには浮かない顔をしたあかりが立っていた。


「赤坂くん、いきなりごめんね」

「ううん。なにかあった?」

「あの、昨日のことなんだけど……」


 昨日のこと、つまり誠と言い合いをしたことだろうかと思っていると、あかりがごめんなさい、と小さな声で呟く。


「あのあと、橙野くんに聞いたの。赤坂くんのお家のこと」


 あかりによると、誠と言い合っていた時に八尋が言った言葉がずっと引っかかっており、休みの間に恭平に聞いたとあかりは言う。

 八尋は母親がいないことはあかりには言っていなかったが、自分から進んで話すようなことでもないし、いつかそう言う話題になったら言おう、と軽く考えていた。

 しかし、八尋が思っている以上にあかりは深刻に捉えていたらしく、不安そうな表情をして続ける。


「橙野くんは気にしなくて大丈夫って言ってたけど、もしかしたら知らないうちに赤坂くんのことを傷つけてたかもしれないと思って、その……」


 あかりはよく、家族のことを八尋たちに話しており、それが八尋を傷つけていたのかもしれないと思っての発言だった。

 そんなあかりの表情を見て、八尋は小中学校時代を思い出した。

 八尋の家庭の事情を知っている友人と家族の話題になると、自然と周りが気を遣っていたこと。

 他人を思いやっていると言えば聞こえは良いが、母親がいない自分に同情しているのでは、と八尋は中学時代にひねくれた考えをしていたこともある。

 しかし、今目の前にいるあかりを見て、そんなことを考えていた自分が途端に恥ずかしくなった。

 なんと続ければ良いか困っているあかりを見て、八尋はあかりの名前を呼ぶ。


「恭平の言う通りだよ。桃園さんは知らなかっただけだから気にしないで。俺は桃園さんの話を聞くのが楽しいし、今まで通り話してくれたら嬉しいな」


 家族のことを話しているあかりはとても楽しそうで、八尋はそんなあかりを見られるのがなによりも嬉しかった。

 そんなあかりに八尋は表情を硬くし、あかりにある言葉を投げかける。


「桃園さん、俺に力を貸してください」


 自分のわがままにあかりを巻き込みたくなかったために、八尋は敢えて声をかけていなかった。

 しかし同時に、あかりがいたら心強いことも八尋は分かっていた。

 一人じゃなにもできないが、恭平とあかりがいればなんでもできる気がする。

 ただ協力して、と言われてあかりは戸惑うだろう、と八尋は思いながらあかりの返事を待った。


「うん、私にできることなら協力させて」


 八尋の真剣な表情で思いが伝わったのか、あかりはいつもの明るい表情に戻って言う。

 そして、あかりを連れて戻ってきた八尋に恭平も美凪も驚くが、一人でも協力してくれる人が多い方が良い、と八尋は言う。

 初めて顔を合わせるであろう美凪を二人に紹介しつつ、美凪が襲われた時のことをあかりに説明していく。

 それは守護者襲撃事件と繋がっているかもしれないこと、犯人は貴一かもしれないという話をすると、あかりは信じられない様子で八尋の話を聞いていた。


「てか、蘇芳さんは何でそんな裏道みたいなとこ通ってたわけ?」

「いつもあそこで可愛がってる猫ちゃんに会うんだよねー。雨だから心配になって行ってみたら、その、青山先輩に会って……」


 恭平の質問に、美凪の声が段々小さくなっていく。

 何気ない行動が、まさかこんなことになるとは思っていなかっただろう、と八尋は困ったように笑う美凪を見て考えた。


「んじゃ、青山先輩が帰る前に話を聞きに行くか」

「あたしもついてく!」

「蘇芳さん?」

「あたしにも協力させてよ。乗りかかった船ってやつ?」


 美凪は立ち上がって八尋たちに笑いかける。

 そして美凪を含めた四人が三年生の教室に向かうと、ちょうど貴一と萌葱が話しているところに出くわす。

 すると八尋の横にいた恭平が、八尋は青山先輩に行けよ、と小声で言い、あかりを連れて萌葱に話しかけに行った。

 萌葱からも話を聞き出そうとしているのか、と考えている間に、教室に戻ろうとする貴一を八尋は慌てて呼び止める。


「赤坂か。どうした?」

「えっと、最近守護者が襲われた事件、先輩は知ってますか?」

「もちろん知っている。俺が個人的に話を聞かれたからな」


 貴一に話が来たということは、やはり貴一が犯人かもしれないと疑われているのだろうか。

 そんなことを八尋が考えていると、後ろにいた美凪が貴一に近づいて貴一に話しかける。


「あの、この前の雨の日の放課後、あたしと赤坂くんを襲いましたよね」

「なんのことだ。人違いじゃないのか?」


 突然やってきた美凪の言葉に、貴一は眉をひそめる。

 ストレートに聞いてくれた美凪に感謝しつつも、一気に二人の雰囲気が険悪になったのを察して、八尋は慌てて仲裁に入った。


「あの! 中間テストが出た日の放課後、先輩はどこにいましたか?」

「その日は研究所でトラブルが起こったから、夜までその対処に追われていた」


 なんのトラブルだろうと首を傾げる八尋に、悪いがこのあと用事がある、と言って貴一は去っていった。

 去っていく貴一と入れ替わりで、萌葱と話を終えたらしい恭平とあかりが戻ってきた。


「青山先輩に話聞けたか?」

「聞けたけど、人違いだって言われちゃった」

「まぁ、あなたは犯人ですかって聞かれて正直に答える奴はいないよな」

「そうだよね……松葉先輩の方はなにか聞けた?」


 D組の教室に戻りながら八尋が尋ねると、恭平とあかりは頷いて答える。


「松葉先輩は日課のジョギングをしに公園に行って、そこを狙われたらしい」

「意識はあるみたいだから、来週学校に来れそうだって。そこでまた話を聞けるかも」


 浅葱本人に聞くことができれば、何かしら進展はあるかもしれないと八尋が考えていると、教室に戻るや否や恭平が鞄を持って楽しそうに言う。


「んで、松葉先輩がジョギングしてる公園の場所を教えてもらったんだけど、こっから割と近くてさ。ちょっと行ってみようぜ」


 恭平の言う通り、浅葱が日課のジョギングをしているという公園は月城学園からそれほど遠くなく、親子連れや散歩をする人の姿がちらほらと見えた。


「……普通の公園だな」

「こんなところで事件が起こってたなんて、言われないと信じられないね」


 穏やかな雰囲気の公園と響き渡る蝉の声に、拍子抜けした恭平に美凪が返す。

 事件が起こったなら、それらしい雰囲気があると思ったのだろう、と恭平が考えていそうなことを八尋は推測した。

 その時、八尋はよそ見をしていたせいで、すれ違った男性と肩がぶつかる。


「すみません」

「いえ、こちらこそ」


 いかにも仕事が出来るような雰囲気をまとったスーツ姿の男性は、どこかで見たことあるような、と八尋は自分の過去に出会った人物の記憶を辿った。

 するとそこに、見知った人物が話しかけてくる。


「ねぇ、あたしの後輩となに話してんの?」

「エリナか。エリナこそこんなところでなにをしている」


 エリナと八尋とぶつかった男性は以前から知り合いだったかのように、親しげに会話を始めた。

 エリナたちはファーストフードに立ち寄っていたらしく、シェイクを持った涼香が八尋たちに話しかける。


「しづきんパパ、警察の異能力犯罪対策課なんだよ」

「まじっすか、めちゃめちゃエリートっすね」

「ああ見えて、エリナには結構甘いけどな」


 どうりでどことなく似ていて面影もあったのか、と八尋は目の前で話し続けるエリナとエリナの父・あきらを交互に見る。

 異能力犯罪対策課と言えば、警察内でも異能力の犯罪に特化しており、守護者の資格を持っている中でもエリートしかなれないと噂の役職だった。

 以前エリナの家に行った時に父親に会わなかったのは仕事だったからだろう、と八尋は納得した。


「この前聞いたけど、まだ青山は疑われてるの?」

「疑ってはいない。青山家は魔術の名門一家だから、魔術に関することをいくつか聞いただけだ」

「本当に?」


 貴一に関して何か少なからず事情を知っているらしく、食い気味なエリナに明は呆れたようにため息をつく。


「くれぐれも余計なことはするんじゃないぞ。それと、放課後の買い食いはやめなさい」

「それよく言うけど、別に寄り道くらい良いでしょ」

「凌牙も、エリナがなにかしないように見張ってるんだぞ」

「はいはい」

「返事は一回で良い」


 凌牙は聞き流すように返事をして、明はスマホを取り出してどこかに連絡を取り始め、そのまま公園から立ち去った。

 エリナは八尋たちがいたことは意外だったのか、持っていたシェイクを飲んで八尋たちに尋ねる。


「あんたたちはなにしに来たの?」

「まぁその、色々っす」

「先輩たちこそ、なにか用事があったんですか?」

「あたしたちは面白そうな噂を調査しているのだ! やっぴーたちも色々調べるのは良いけど、熱中症には気をつけるんだぞっ」


 エリナたちが一体何を調査しているのか聞こうとしたが、聞いたら聞いたで更に大事になりそうな予感がしたために、八尋はぐっと我慢した。

 八尋たちはエリナたちと別れ、夏の日差しから逃げるようにひとまず日陰に避難した。


「公園に行ってみようって言ったのは俺だけど、これからどうするかな」

「警察みたいに捜査もできないし、これだと手がかりが少なすぎるね」


 いきなり外に出たのは無謀だったか、と八尋たちが思う中、美凪が手を挙げて八尋たちに言う。


「ここからあたしの家近いし、そこで作戦会議しない?」

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