第33話 一悶着

 翌日。

 放課後に生徒会室でだべる会をしたいという連絡が涼香から来たため、八尋は恭平とあかりと生徒会室に向かっていた。


「そういえば、前に涼香先輩が企画したゲーム大会、面白かったよね」

「あれは盛り上がったな。今日は俺もバイトまで暇だったし、時間潰すのにちょうど良かったわ」


 以前、涼香は生徒会のメンバー全員を集めて、ゲーム大会を開いたことがあった。

 ゲーム大会と言っても、トランプやスマホゲームといった内容だったが、意外にもそれは盛り上がり、せっかくならまたやろうと誠と涼香が言っていたのを八尋は思い出す。

 涼香なら生徒会全員で集まろうと言い、それならきっと貴一も来るだろう、と八尋は恭平とあかりの話を聞きながらぼんやりと考えていた。

 生徒会室に着くと、エリナ、涼香、凌牙が廊下で立ち話をしており、八尋たちの姿に気がついた涼香が申し訳なさそうに話しかける。


「やほやほ! せっかく連絡したのにごめんちょ。さっき急なお客さんが来ちゃって」

「お客さん?」

「校長。緑橋に用があるって言って、あたしたちは追い出された」


 エリナは壁にもたれかかり、退屈そうに欠伸をこぼす。

 そしているはずであろう貴一の姿が見当たらず、八尋が貴一はいないのかと尋ねると、用事があると言って先に帰ってしまった、と涼香は言う。

 またも聞けるタイミングを逃した八尋だったが、やはり直接聞くべきだろうと思い、誠と校長が話し終わるのを待っていた。


「もしかしてあれのことかにゃあ」


 なにかを知っていそうな涼香に聞き返すと、涼香は思い出したように話し始める。


「昨日の夜、三年の先輩が公園で倒れてたんだって。双子のお姉ちゃんの方……浅葱、萌葱……」

「松葉浅葱」

「そうそう、あさちゃん先輩! んで、あさちゃん先輩に関することを、先生たちが三年生に色々聞いてるっぽいよん」


 警察を月城の敷地内に入れたくないから代わりにやってるんだって、と涼香は続ける。

 夜に襲われたということは、また死神の仕業なのか。しかも貴一が犯人だとするなら、同級生を狙ったことになる、と考える八尋の横で、恭平が涼香に問いかける。


「それって、守護者が意識不明だった事件と関わってたりするんすかね?」

「どうなんだろねぇ。でも、犯人が一緒の可能性もありえるかもねっ」


 貴一が少なからず関わっていることを唯一知っている八尋は、二人のやりとりに肯定も否定もできず迷っていた。

 すると、突然生徒会室から聞こえた怒号に八尋の体がビクリと跳ねる。


「ふざけんな!」


 それは聞いたことのない誠の声と、机を叩くような大きな音だった。

 その音に八尋を含めて廊下にいた全員が驚き、何事かと生徒会室に視線を向けた。


「えーっと、何かバトってるねぇ」


 ははは、と涼香が乾いた笑いをこぼす。

 あの温厚そうな誠が声を荒げるなんて、一体生徒会室の中で何を話しているのかと思わず聞き耳を立てそうになったが、野次馬をするような状況ではないな、と八尋は自制する。

 誠と誠の父である校長の関係があまり良くないということは、八尋も何となく知ってはいたが、まさかここまで仲が悪いとは思っていなかった。

 生徒会室からの声は落ち着き、しばらくして校長が生徒会室から出てきた。


「すまない。君たちの活動の邪魔をしたな」

「いえいえ、お気になさらず〜」


 校長はいつの間にか集まっていた八尋たちを一瞥すると、そのまま生徒会室を去る。

 八尋たちは誠の様子が気になって生徒会室を覗くと、椅子にもたれるようにして誠が座り込んでいた。


「まこせんぱーい。校長先生と何話してたんですか?」

「……なんでもない」


 涼香が誠に近づいて話しかけるが、誠は気だるそうな、そっけない返事をして席を立った。


「黄崎、悪いけど今日は帰る。施錠だけちゃんとしろよ」

「えぇ、帰っちゃうんですかぁ?」


 涼香の問いに返事をせず、誠は鞄を持って生徒会室を出て行こうとするが、その前にエリナが立ちはだかる。

 身長差はあれど、プレッシャーを感じさせるエリナの立ち姿に、誠は思わず立ち止まった。


「いい加減歩み寄ったら? あんた一生そのままのつもり?」

「……ほっとけ」

「校長って立場だけど父親でしょ。少しは仲良くしたら?」


 エリナを避けて立ち去ろうとする誠に、追い討ちをかけるようにしてエリナは言う。

 その言葉に誠はピクリと反応し、振り返って眉をひそめた。


「あいつは父親でもなんでもない。家族のことをなにも考えていない、最低の人間だ」


 吐き捨てるような誠の言葉に、八尋が「緑橋先輩」と前に出る。

 まさかここで八尋が出てくるとは思わなかったと言いたげにエリナが一瞬驚くが、八尋はそれも気にせず誠に言う。


「先輩と校長先生の間に何があったかは分からないですけど、今の言葉だけは聞き逃せないです」

「赤坂、お前には関係ないだろ」

「確かに関係ないかもしれません。でも、普段は優しい先輩がそこまで嫌うなんて、校長先生が先輩に何かしたんですか?」

「あぁ、俺と母親にな。あいつはどんなことがあっても仕事だ。何があっても仕事が大事なんだよ」

「ちょっと二人とも落ち着いて〜。一回深呼吸しましょ!」


 ヒートアップしていく八尋と誠の間に涼香が割り込むが、一度険悪になった雰囲気が収まることはなかった。


「だったら、」

「お前に俺のなにが分かるんだよ!」


 さらに反論しようとした八尋を遮るように、誠は声を荒げる。

 その怒気をはらんだ声に八尋は一瞬たじろぐが、そのおかげで逆に冷静になり、ぐっと拳を握りしめて誠を真っ直ぐ見据える。


「……先輩の事情は分からないです。でも俺、母親がいないから、父親の大事さは誰よりも分かっているつもりです」


 父親の大事さを知っている八尋だからこそ、誠の発言が聞き捨てならないものであり、それに加えてあの誠が誰かを貶すところを八尋は聞きたくなかった。


「…………ごめん」


 絞り出すような声で誠は呟き、気まずそうな顔をしてその場から足早に立ち去っていった。

 八尋はさっきの言葉を誠に向かって言ったつもりだったが、口に出すことで逆に自分に現実を突きつけたような、なんとも言えない気持ちになっていた。

 そんな八尋の表情を見てなにかを察したのか、涼香がいつもの明るい表情で八尋の肩をポンと叩く。


「きっとまこ先輩も受験近いから、ちょーっとイライラしてただけだよ! さぁさぁ皆様、中に入りましょ〜」


 涼香は生徒会室の入り口から見守っていた恭平たちを押し込むように、軽い足取りで生徒会室に入っていく。

 恭平とはまた違うその明るさに助けられた、と八尋も生徒会室に入ろうとする。


「ねぇ」


 しかし、後ろにいたエリナに呼び止められて八尋は振り返る。さっきのことで何か言われるのかと八尋は焦るが、エリナは何を言おうか迷っている雰囲気だった。


「紫筑先輩?」

「くれぐれも溜め込むことだけはしないように」


 エリナの口から出たのは遠回しながらも八尋を心配する言葉で、ポーカーフェイスなのは変わらないが、エリナなりに心配しているのだと分かった八尋は大丈夫です、とだけ返した。


 その夜、八尋は夕食をとりながらテレビをぼんやり眺め、今日のことを思い出して透に尋ねる。


「例えばだけどさ、親が自分の子供を嫌いなことってある?」


 誠の言い分は聞いたが、逆に校長自身は誠のことをどう思っているのだろうか、ということを親目線から聞き出すための質問だった。

 透はテレビから視線を八尋に移し、味噌汁を一口飲む。


「それはないな。自分の子供を嫌いな親なんていないよ。そりゃあ悪いことをすれば叱るし、喧嘩もすることだってある。でもそれは、全部子供を思ってのことだよ」

「そっか、ありがと」

「……学校で何かあったか?」


 透は箸を置き、心配そうに八尋を見る。

 些細な表情の変化も見逃さない透に、隠し事はできないと八尋は思いつつも、なんでもない、と返した。

 その八尋の様子を見て、透はそっかとつぶやき、再び箸を持って食事に手を伸ばす。


「誰だって悩みはあるし、悩んだなら立ち止まって思う存分考えれば良い。でも、そこで悩んで立ち止まったままなのか進むのか、決めるのは八尋自身だよ」

「……うん」


 それから八尋は夕食を終えてシャワーを浴び、適当にSNSを流し見てから部屋のベッドに寝転がる。

 今日の誠の顔が頭から離れず、いくら父親の話題が出たとは言え、他人の家庭の事情を知らずに踏み込んでしまった自分が悪い、と八尋は大きなため息をつく。

 そして同時に、貴一が関わっている件も思い出し、やりきれない八尋はベッドをゴロゴロと転がった。


(やっぱり青山先輩が犯人とは思いたくないな……)


 誠と貴一の問題をどちらも解決したいと思ってしまうのは、後輩のくせに生意気ではないかと八尋は頭を抱える。

 そんな中、ふとスマホに視線を移すと、恭平から『今日のバイトまじ疲れた!』と連絡が入っていた。

 『お疲れ』と八尋は簡単な返事を送り、さらに八尋は『緑橋先輩の問題を俺が解決したいって変?』という文章を付け加えて送る。

 恭平はどう返してくるだろうか、と八尋が考える間もなく、すぐに恭平から返事が返ってきた。


『全然。どこまで首突っ込むかだけど、八尋なら何とかしそう』


 否定的ではない返信に八尋が安堵していると、『そんなこと考えるなんて八尋らしいな』と続けて送られてくる。

 そこで八尋は、『守護者と松葉先輩が襲われた事件も解決したい』と送る。返事を待っていると、恭平から急に電話がかかってきた。


『おい八尋、どういうことだよ』

「そのままの意味だよ。俺はどっちの問題も解決したい」


 八尋に言われて恭平は何かを考え始めたのか、しばらく無言の時間が続いた。

 なぜ幼馴染が最近話題になっている事件を解決したいと言ってきたのか、何の説明もなかったら自分も混乱するだろう、と八尋はスマホ越しに恭平の返事を黙って待っていた。


『……俺はどうしたら良い?』

「協力してほしい、って言ったら?」

『だと思った。ま、八尋のことだから色々考えてんだろ』


 そして、八尋は恭平に今自分が知っていること、やりたいことを全て伝え、そのやりとりという名の作戦会議は夜中まで続いた。

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