第31話 嘘八百
翌日。
八尋は昨日のことを誰かに言いたい気持ちをぐっとこらえ、いつものように恭平と登校すると、昇降口の近くに人だかりができていることに気がつく。
それは掲示板の横に貼られている紙に集まっており、何事かと視線を向ける八尋に恭平がどこか嬉しそうに話しかける。
「この前の中間で、成績上位だった奴の名前が貼り出されてんだよ」
俺の名前あるかな、と歩き出す恭平に八尋がついていくと、そこには筆記、実技、総合順位と各学年ごとに上位十名の名前がずらりと並んでいた。
順位を見て盛り上がる生徒たちの横で、恭平は貼り出された紙を見ながら八尋に言う。
「ちなみに、俺ら生徒の中では、実技の成績が一番重視されてるな」
「そうなの?」
「頭の良さより異能力の扱いが上手い方が、月城では上って言われてんだよ。実技が上位で総合にいるなら何も言われないけど、筆記の成績だけで総合にいる奴は確実になめられるな」
体育会系の考えのように思えるが、守護者育成のための学校なのだから実技を重視するのは当然か、と八尋は順位を上から辿る。
八尋は自分の名前はないかと探すが、そこに八尋の名前はなく、代わりに一年生の実技と総合一位にあかり、実技の九位に恭平の名前があった。
「恭平、九位に名前あるね」
「実技は手応えあったからな。でももう少し上行きたかったなー!」
「俺は名前なかったし、次の期末かな」
中等部から実技を受けてきた生徒と、四月から実技を始めた生徒では差があるから最初は仕方ない、と八尋は言い聞かせて他学年の順位に視線を移す。
二年生を見ると、実技の一位にエリナ、二位に凌牙、その少し下に涼香の名前があり、エリナは総合一位としても名前が書かれていた。
エリナの実力はもちろん八尋は知っていたが、まさか涼香と凌牙も学年上位の成績だとは知らず、八尋は普段接していた二年生たちの実力の高さに、改めて驚かされた。
「って、D組って八尋のクラスだよな!? 二位ってまじ!?」
一際大きな声を上げ、恭平が一年生の実技の順位を指差す。
恭平の指を差した方を見ると、実技一位であるあかりの下に、
「蘇芳さんだ。確かに二位は凄いね」
「外部生でいきなり二位とか、どんだけ異能力使えんだよ」
恭平がショックを受ける横で、八尋は美凪のことを思い出していた。
美凪はクラスでは明るい性格で目立つ一方、実技の授業ではそこそこの成績だったはず、と八尋は実技授業の光景を頭に浮かべる。
すると、誠が八尋と恭平の間から顔を出して二人に声をかけた。
「おはよ。自分の名前あったか?」
「おはざっす! 俺は実技九位でした!」
「それは凄いな。次の目標は三位以内か?」
期末にいけますかね、と恭平が笑う横で、八尋はまだ確認していなかった三年生の順位を見る。
そこには筆記や実技、総合と一位全てに貴一の名前があり、それを追いかけるようにして、二位に凪斗の名前が並んでいた。
やはりこの二人はすごかった、と八尋は心の中で納得して誠の名前も探すが、筆記三位にしか誠の名前は見つからなかった。
「おっはー。誠、名前あった?」
「なんだよ学年二位様、嫌味か?」
すると、凪斗が誠の肩を組みながら嬉しそうに話しかける。
誠は呆れるように凪斗の手を避けると、二人の女子生徒が誠を押しのけるようにして、凪斗に声をかけた。
「凪斗くん、おはよう!」
「おー、
浅葱と萌葱、と呼ばれた似た容姿をした二人の女子生徒は、テストの順位を見ながら凪斗と楽しそうに話す。
見た目がそっくりだから双子なのか、と八尋が考えていると、姉である
「凪斗くん、総合二位おめでとう!」
「まぁね。でも浅葱だって実技三位でしょ」
「貴一くんはずっと一位だし、やっぱりすごいよね」
ニコニコとした表情から一転して、浅葱と萌葱がくるりと振り返り、誠に軽蔑するような表情を向ける。
「それに引き換え、緑橋はまた圏外?」
「筆記にしか名前がないなんて、月城の会長がそんなんで良いわけ?」
「一昨日の模擬戦も凪斗くんに負けてたし、もうちょっとやる気出したら?」
誠に言いたい放題言うと、松葉姉妹は凪斗とともに教室に向かっていく。
凪斗たちがいなくなった方を八尋と恭平はじとっと睨み、誠に視線を戻す。
「……なんすかあれ」
「松葉姉妹は去年の会長選挙で俺に負けてから、ああやって突っかかってくるんだよ」
「それにしても、あからさまですよね」
「陰で言わないだけ良いだろ。松葉姉妹が言ってることも本当だしな」
慕っている先輩が言いたい放題言われ、松葉姉妹に八尋と恭平は苛立ちを覚える。
だがそれも特に気にしていなさそうな誠に、八尋と恭平は釈然としないまま教室に向かった。
八尋が教室に行くと、クラスの女子が美凪を囲んで話しており、貼り出された成績で盛り上がっていた。
「美凪、実技二位って凄いね!」
「私も魔術だから、今度コツとか教えてよ!」
「そんな教えられることないってー。筆記良くなかったの知ってるでしょ?」
八尋は盛り上がる女子生徒たちの横を通り過ぎ、先日席替えをして新しくなった窓側の席に座る。
夏の日差しが直接当たって暑いということは気になっていたが、外でなにをやってるかがよく見えるし良いか、と八尋はぼんやりと外の景色を眺めた。
そして始業のチャイムが鳴り、美凪を囲んで話していた女子たちがそれぞれの席に戻っていく。
「おはよう、蘇芳さん。実技二位って凄いね」
「ありがと。ちょっと頑張ったら二位になっちゃった」
席替えをして八尋の右隣の席になった美凪は、八尋にニッと笑いかける。
女子の中でも小柄な美凪は、その容姿と行動からよく小動物のようだとクラスメイトから言われており、クラスのマスコット的存在だった。
根岸が教室に入ってきてホームルームが始まる中、美凪は根岸にバレないよう、小声で八尋に話しかける。
「そういえば赤坂くん、一昨日の模擬戦見に行ってたよね?」
「うん。もしかして蘇芳さんもいたの?」
「実はあたしも見てたんだー。兄ちゃん、すごかったでしょ」
言われてみれば凪斗と雰囲気が似ているし、それに兄妹揃って学年上位の成績か、と八尋は美凪と話しながら、頭の片隅でそんなことを考えていた。
「うわ、結構雨強いな」
朝の天気予報で昼過ぎから雨だとは伝えられていたが、しっかりと降る雨に八尋は思わず声を漏らす。
天気予報を見ていて良かった、と八尋は鞄から折り畳み傘を取り出した。
恭平はバイト、あかりは予定があるからと先に帰り、八尋は雨の中を一人、駅までの道のりを歩く。
洗濯物は部屋に干したし、急いで帰る必要もないな、と八尋は帰宅後にやることを頭の中でリストアップしていた。
(蘇芳さん……?)
学校を出てしばらくした頃、傘を忘れたのか、鞄を傘代わりにして走る美凪の姿があった。
しかし、美凪は傘が売っているであろうコンビニも通り過ぎ、その横にある細い路地に入っていった。
雨宿りかな、と八尋は通り過ぎがてら美凪の入った路地を覗くが、そこに美凪の姿はなく、胸騒ぎがした八尋は路地に入って美凪を捜す。
八尋はさらに路地を一本曲がったところに美凪の姿を見つけるが、そこではフードを被った人物が美凪の腕を掴んでおり、その人物の掌からバチバチ、という音がした。
その音が魔術の雷だと分かり、このままでは雨に濡れた美凪が危険だと悟った八尋は叫ぶ。
「蘇芳さん!」
八尋は持っていた傘を投げ捨て、異能力である銃を具現化してフードの人物に向ける。
その声に気がついたフードの人物は八尋に目掛けて雷を放ち、八尋は身を翻して雷をかわす。
しかし、息つく暇もなく二発目の雷が八尋に向かって飛んできて、それは八尋のギリギリ真横を掠めた。
桁違いの威力とスピードに八尋は思わず顔を伏せ、その隙にフードの人物は美凪の腕を離してその場から走り去っていった。
八尋はその人物を追いかけようとするが、腕を離されて座り込んだ美凪を放っておけず、追いかけるのをやめて美凪に駆け寄る。
「蘇芳さん、怪我はない!?」
「赤坂くん……」
腰が抜けたのか、座り込んだままの美凪に八尋は手を差し伸べて立たせ、先程投げ捨てた傘を美凪に渡す。
ありがとう、とつぶやく美凪だが、その顔はなにかを見てしまったような、青ざめた顔をしていた。
どうしたのかと八尋は尋ねようとするが、それより早く美凪が八尋に言う。
「あたし今、見ちゃったの」
「なにを?」
「今の、犯人の顔……」
それなら早く警察に、と八尋は路地を出て歩き出そうとするが、美凪に裾を掴まれる。
そして美凪が言った言葉は、八尋にはにわかに信じがたいものだった。
「今の人、副会長……青山先輩だった」
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