第29話 実力差

 八尋がエリナとの模擬戦を終え、また新しい一週間が始まった。

 中間テストが返却され、八尋を含めた生徒たちはその結果に一喜一憂していた。八尋も苦手だった文系科目もそれなりに良い点数で、平均超えたし良いか、などと八尋は呑気に考えていた。

 恭平とあかりと食堂に向かう途中、恭平は返却されたテストの点数を嬉々として八尋に報告していた。


「赤点回避したし、これで補習に行かずに済む!」

「ふふ、これで夏休みにたくさん遊べるね」


 あかりの言葉に、恭平は嬉しそうに頷く。

 きっと夏休みにどこかに出かけようとあかりを誘うんだろう、やはり自分も誘うべきなのか、と恭平とあかりを交互に見ながら、八尋はそんなことを考えていた。

 八尋たちが食堂に着くと、そこは生徒でごった返しており、いつも座っているテラス席をはじめ、席はどこも埋まってしまっていた。


「げっ、席全然空いてないな」

「購買で買ってから教室戻る?」

「それがいいかもな。桃園さんもそれで良い?」


 私はお弁当だから二人に合わせるよ、とあかりは手に提げていたランチトートを、八尋たちに見えるように軽く持ち上げる。

 そして購買に向かおうとする八尋たちに、赤坂、と声がかかる。そこには誠と貴一が、四人がけのテーブルで昼食をとっていた。


「緑橋先輩、青山先輩!」

「席探してる? 俺たちと一緒で良ければ座れよ」


 誠に言われて八尋たちは隣のテーブルから椅子を一脚借りて各自昼食を用意し、先週行った貴一の研究所のことを話題に上げていた。

 誠は八尋たちの話を聞きながら、コンビニで購入した菓子パンを一口かじり、学食のカレーを食べていた八尋に尋ねる。


「赤坂、紫筑と模擬戦やったんだって? どうだった?」

「全然でした。俺がもっと頑張らないと、紫筑先輩には到底追いつけないです」


 八尋は昨日と一昨日、エリナとやった模擬戦のことを思い出していた。どうすればエリナのように異能力を自由自在に扱えるのか。簡単に埋まらない差は、とにかく鍛えるしかないか、と八尋はカレーを食べながら考える。

 すると、八尋たちのテーブルに向かって、誰かが後ろから誠、と声をかける。誠はその声が誰が分かっているらしく、上半身だけ声の方に体を向けた。


「なんだよ、凪斗なぎと

「ん? 今から緊張してるかなーと思ってリラックスさせにきた」


 そこには、制服を着崩した男子生徒が立っていた。

 雰囲気からして間違いなくクラスのリーダー格だろうな、と八尋はカレーを食べる手を止め、凪斗と呼ばれた少年を眺める。

 凪斗はテーブルにいたあかりに気がつくと、ニコニコと笑みを浮かべてあかりに話しかけた。


「はじめまして。俺、蘇芳すおう凪斗なぎと。桃園さんって近くで見るとほんとに可愛いね。むさ苦しい男どもの中にいて疲れない?」

「はじめまして、桃園あかりです。そんなことないですよ、先輩とも色んな話ができて楽しいです」


 異性から声をかけられることが多いせいか、あかりは慣れた様子で凪斗からの挨拶を返した。


「もしかして、桃園さんに応援してもらってる感じ? 俺も桃園さんに応援してもらいたいな〜」

「はいはい。お前は相変わらず余裕だな」


 誠に寄りかかりながら話す凪斗に向かって、後ろから凪斗の同級生らしい男女グループが凪斗の名前を呼ぶ。

 凪斗はそれに応じ、誠から離れてにこやかな笑みを浮かべた。


「じゃあそんなわけで、放課後よろしくー」


 ヒラヒラと手を振り、凪斗はいつも一緒にいるらしい男女グループの中に戻っていった。

 終始軽い雰囲気の凪斗に、八尋は戸惑いつつもカレーを食べる手を再開させる。


「えっと、ノリが良いタイプなんですね」

「そうだな。あいつは見た目通り軽い男だが、高等部からの入学にも関わらず、成績は常に学年上位だ」

「へー。そんな感じしないっすけど、人は見かけによらないってやつか」


 恭平が凪斗の去っていった方を見て呟く。

 勉強しなくてもできてしまうタイプか、と八尋は思いつつ、先程の会話で気になったことを誠に尋ねた。


「そういえば放課後って言ってましたけど、蘇芳先輩と用事でもあるんですか?」

「今日、あいつと模擬戦をやることになってるんだよ。中間終わったらやるってずっと前から誘われててさ」

「その模擬戦、俺たちも見に行っていいっすか?」

「別にいいけど、後輩に見られるのは恥ずかしいな」


 恭平に言われ、誠は照れくさそうに頬をポリポリとかく。

 もしかしたら誠の模擬戦を見ることで何かヒントが得られるかもしれない、と八尋は考え、放課後に誠と凪斗の模擬戦を見に行くことになった。


「うわ、人多いな」


 放課後。

 八尋たちは誠に言われたトレーニングルームに向かうと、そこには既に、軽く数十人を超える生徒たちがいた。

 ほとんどが三年生なのか、「凪斗頑張って!」「緑橋勝てよー」など、部屋の中心で誠と凪斗を囲んで談笑していた。


「あ、黄崎先輩たちもいるね」


 部屋の隅ではエリナと涼香、凌牙がおり、八尋たちに気がつくと、涼香がぶんぶんと手を振った。

 そんな涼香の後ろで気だるそうにしているエリナと凌牙を見て、また無理やり連れてこられたんだろうな、と八尋は苦笑する。

 八尋たちが入り口付近で待っていると、八尋の担任である根岸ねぎしがトレーニングルームに入ってきた。


「こんにちは、赤坂くん」

「根岸先生。先生も見学ですか?」

「いえ、僕は模擬戦の審判として来ました」


 模擬戦は審判の先生がいるんだったな、と八尋は模擬戦のルールをなんとなく思い出していた。


「なぁなぁねぎちゃん。緑橋先輩と蘇芳先輩、どっちが勝つと思う?」

「僕は公平な立場ですし、二人とも応援していますよ。緑橋くんのストイックさは素晴らしいですし、蘇芳くんの飲み込みの早さも、目を見張るものがあります」


 根岸はねぎちゃん、という愛称で生徒たちから親しまれており、恭平の質問をにこやかに返す。

 八尋は誠が異能力を使うところは見たことがなく、成績上位と聞いている凪斗の実力もどれほどものなのか、と八尋は模擬戦が早く始まらないかと楽しみにしていた。

 そして模擬戦の開始時刻となり、八尋や生徒たちが見守る中で誠と凪斗が部屋の中央に集まる。


「それではただいまより、緑橋誠と蘇芳凪斗による模擬戦を行います。両者、礼」


 誠と凪斗を取り囲むように防護壁が現れ、トレーニングルームに模擬戦開始のアラーム音が響き渡る。

 生徒たちの歓声が上がる中、早速凪斗は魔術の火を手にまとい、誠に向かって拳を振り上げる。

 誠は身を翻してそれをかわし、《刀》を具現化して応戦する。

 しかし、向けた刀の切っ先から次第に凍っていき、氷によって凍ったと判断した誠は、すぐに異能力を解除する。

 誠は再び刀を具現化して凪斗を狙うが、目の前に氷の障害物を作られてしまう。だが誠はそれを軽々と飛び越え、勢いよく凪斗に斬りかかった。


「うわぁ、あんなに魔術ぽんぽん使えるのやばいな」

「あれだけの魔術を正確に扱えてるから、操作する精度がすごく高いのかも」


 一歩間違えたら暴発しているであろう威力の魔術が、目の前でいとも簡単に具現化されている様子を見て、恭平とあかりは素直に感心していた。

 しかし、その魔術を至近距離で適切にかわして反撃する、誠の身体能力と判断力も、一朝一夕で身につくようなものではなかった。


「長くやるのと短く終わらせるの、どっちがいい?」

「余裕だな。お前に合わせるよ」

「はいはーい」


 凪斗は誠を気遣うほどに疲れておらず、誠はそれを気にしながらも近づいて刀を具現化した。

 誠の斬撃が凪斗の横を掠め、凪斗の魔術が当たりそうなところを誠が避ける。

 そんなお互いが一歩も譲らない模擬戦は、勢いが止まることなく十五分以上も続いた。

 白熱した模擬戦が続く中、八尋は誠のある違和感に気がつく。


(今、刀が揺らいだ……?)


 八尋の目には、誠の持っていた刀がほんの一瞬だけ揺らいだように見えた。

 異能力の中でも、武器の具現化は集中力と一定の魔力を保ち続けることが必要不可欠である。

 刀が揺らいだということは、誠の集中力が切れているのか、それとも魔力が切れたのか、と八尋は心配そうに誠を見た。

 そして凪斗もそれを見逃さなかったのか、ふぅ、とため息をついて氷の剣を形成する。


「誠。やっぱお前、凡人だよ」


 誠は刀を横に払い、向かってきた氷の剣を真っ二つにするが、凪斗は再び氷の剣を形成して誠に当たる寸前で止める。


「ねぎちゃん、俺の負けでいいや」


 誠は凪斗に反撃しようとせず、根岸に笑いかける。

 それを見た根岸は一瞬戸惑うが、誠が無言で具現化を解除したのを見て、苦い顔をして小さく頷く。


「勝者、蘇芳凪斗」


 二人を覆う防護壁がなくなり、模擬戦は凪斗の勝利で終わりを迎えた。

 終わるや否や、「凪斗おめでとー!」「お疲れ!」と、誠と凪斗の同級生たちが二人を取り囲む。


「緑橋先輩も蘇芳先輩もすごかったな!」

「うん。ずっと全力を出すってなかなかできないもんね」


 誠は同級生たちから離れて八尋たちと軽く挨拶を交わし、そのままトレーニングルームを出ていった。

 模擬戦の時の誠の様子が気になった八尋は、誠を追いかけてトレーニングルームを出る。

 そこでは、誠が壁に手をついて息を切らせており、八尋たちは慌てて誠に駆け寄る。


「緑橋先輩!」

「大丈夫、ちょっと疲れただけ」


 そう言う誠の顔は青く、少しの疲れではないことは八尋たちから見ても分かりきっていた。

 大丈夫なのか、と心配する八尋たちの元に、同じように誠を心配したらしい貴一が近づく。

 誠は何回か深呼吸をしたのち、パッと顔を上げて八尋たちに笑顔を向ける。


「悪い、心配かけたな」

「もう大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。よし、体力と魔力回復にファミレス行くか。貴一が奢ってくれるってさ」

「誰が奢るか」


 呆れる貴一に冗談だよ、と誠は笑って返す。

 実は無理をしているのではと思いつつも、普段の明るい誠に戻ったことで、八尋は誠に何も言うことができなかった。

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