第28話 目論見

「少しは異能力使えるようになったでしょ?」


 エリナの言葉にその場にいた全員が固まるが、涼香がエリナの前に飛び出て八尋とエリナを隔てるように立つ。


「しづきん! 何かデジャヴだから、とりまストップ!」

「なに? 月城じゃないから模擬戦って言い方じゃない方がいい?」

「練習試合の方がいいかもね……って、そういうことじゃなくて!」


 涼香は華麗にエリナのボケを拾いつつ、困ったように八尋を見る。


「もう、やっぴーもいきなり言われても困るよねぇ」

「えっと、俺なんかで良ければ……」

「いいの!?」


 予想とは違う返答に涼香を含めた全員がまたも驚き、そんな変なこと言ったかな、と思いつつも八尋は涼香に言う。


「四月に一回断ってますし、また断るのも失礼かなと思って」


 入学した時よりは異能力についても理解は深めており、四月に始めた恭平との特訓も月に数回程度には減ったが、そのおかげもあって八尋はクラスメイトよりは異能力を使いこなせている自信があった。


「いい後輩ちゃんだね〜! いい子すぎて涼香ちゃん泣いちゃう!」

「おい、勝手に話を進めるな」


 涼香が八尋とエリナの腕を掴んで部屋の真ん中に連れて行こうとすると、貴一がそれを止める。


「まぁまぁきーちゃん先輩、ちょっとだけだから!」


 涼香が貴一に頼み込み、結局涼香の熱意に貴一が折れて臨時の模擬戦を行うことになった。


「八尋、まじでやるの?」

「先輩がまた俺を誘ってきてくれたから、やれるだけやってみるよ」

「赤坂くん、無理だけはしないでね」


 まるで戦地に送り出すかのように心配する恭平とあかりに、かっこ悪いところは見せられない、と八尋は自分を奮い立たせ、既に準備をしているエリナの元に向かう。

 その途中、八尋はふと気になった疑問を貴一にぶつける。


「すみません。質問なんですけど、ここって俺も異能力使ってもいいんですか?」


 特訓のために何回も来ているであろうエリナや貴一は、恐らく許可を得て異能力を使用しているのだろうが、本来見学で来た自分も異能力を使って良いのだろうか、と八尋は心配していた。


「それなら心配いらない。国立の研究所ということもあって、異能力の使用が特別に認められている。多少使ったところでなにか言われることは基本的にない」


 今回の模擬戦はそれでも特例だろうが、貴一に言われて八尋はほっと安堵する。


「赤坂、念のために言っておくが、月城で行っている模擬戦は相手に怪我をさせたり倒すことが目的ではない。実際に人と相対して動きを読み、かつその中で魔力をコントロールするための訓練だ」

「動かない的と違うから、技術と判断力と集中力が必要になってちょいムズなんだけどね! まぁしづきんだし、気楽にやればだいじょぶ!」


 楽観的な涼香に、エリナだからこそ緊張している、と八尋は言い返すことはできなかった。

 そして、八尋と五メートルほど離れたところに対峙するエリナが八尋に言う。


「この模擬戦、あたしは魔術を使わない。あと、別にあたしに撃ってもいいよ。そのくらいじゃ死なないから」


 いつものポーカーフェイスで言うエリナは、冗談なのか本気なのか、それとも八尋の実力程度ではなんともないと言っているのか、そんなことを考える余裕は八尋にはなかった。

 入学当初より使いこなせているとは言え、エリナ相手にどこまでいけるのか八尋は少し不安に思ったが、とにかくやるしかない、と八尋はエリナに向き直る。


「よろしくお願いします!」


 貴一の始め、という合図ととともに、八尋とエリナはそれぞれの異能力の『武器』である《銃》と《弓》を具現化させた。

 まず八尋はエリナから距離を取り、エリナの出方をうかがう。

 エリナは距離を詰めながら八尋に弓矢を放つ。いきなり向かってくるのかと焦りつつも、身軽で運動神経もそれなりに良い八尋は、何とかかわして体勢を立て直す。

 エリナに撃っても良いと言われつつも、直接撃てるはずはない、と八尋はためらいつつエリナの周りを狙っていく。

 迂闊に近づけない、と隙を見せないエリナに八尋はどうするべきかを考えていた。

 そんな中、凌牙がスマホから目を離して八尋とエリナの模擬戦を見ていることに気がついた涼香が、ニヤニヤして凌牙に話しかける。


「凌ちゃん、しづきんに見惚みとれてた?」

「違ぇよ。赤坂の奴が手抜いてんなって思ってただけだよ」


 凌牙に言われ、涼香はほへぇ、と気の抜けた返事をして銃を構えた八尋を見る。


「本気でやらないとしづきん怒るし、それはないんじゃない?」

「紫筑先輩が相手だからビビってんだと思いますよ」


 恭平と涼香が笑いながら応援する後ろで、凌牙は返事をせずに八尋とエリナの動きを無言で追っていた。

 エリナの動きを止めさせればいい、と八尋は銃を構えてエリナに近づこうとするが、飛んでくる弓矢をどうかわすべきか、突破口が見つからなかった。


「赤坂、撃ちなよ」


 エリナは弓矢を具現化し、八尋に狙いを定める。


「単に狙えてないのか、遠慮して撃てないのか知らないけど、あたしに掠りもしない。いつかこんな状況になった時どうすんの?」


 図星だった八尋は、何も言えずに立ち尽くす。

 確かに実力差が天と地ほどあれど、手も足も出せずに防戦一方の自分が恥ずかしいと八尋は唇を噛み締めた。


「異能力を生かすのも殺すのも自分次第。本気で来なよ」


 エリナから視線をそらすことはできないと思いつつ、八尋は応援してくれているあかりのことを思い出す。

 やられっぱなしの自分はあかりにさぞかっこ悪いように見えているだろうが、ここで折れたらもっとかっこ悪い、と八尋はエリナをまっすぐ見据える。


「先輩、本気で撃たせてもらいます!」


 八尋は銃を構え直してエリナの足元を狙うが、エリナは狙われていることを見越した上で、八尋に向かいながら弓矢を放つ。

 弓矢を避けたせいで魔力が充分に込められなかったのもあり、弾はエリナの足元とは少しずれた方向に飛んでいく。足元を確認したエリナはそれでいい、と小さく呟いた。


「しづきん、やる気にさせるの上手いねぇ」

「赤坂くん……」


 涼香が笑う横で、あかりは必死になってエリナを追いかける八尋を見て、頑張って、と心の中でエールを送った。

 八尋は積極的にエリナの動きを止めようと狙っていく中、ある一つの作戦がひらめいた。


(そうだ、どこかで『あれ』を紫筑先輩に撃てれば……!)


 四月のファッションショーの事件の際に、首謀者である卯ノ花うのはなに向かって撃った、魔力をほとんど込めないフェイントの弾。

 あれが効けばエリナの動きを一瞬止められるかもしれない、とにかく迷っていても仕方がない、と八尋は銃口を真っ直ぐエリナに向ける。

 しかし、銃口が向けられているにも関わらず、エリナは八尋に一直線に向かってきた。八尋はタイミングを見計らい、魔力を込めずに弾を撃つ。

 だがそれも見透かされていたのか、エリナは銃を弓で払い、もう片方の手で具現化した弓矢を八尋の喉元に突きつけた。


「はい、終わり」


 エリナが魔力を解除し、弓矢はエリナの手元から消える。

 八尋は弓矢がなくなって安心したのか、ぺたんと床に尻もちをついた。


「赤坂くん!」

「はは、やっぱりすぐ終わっちゃった」

「いやいや、紫筑先輩とあれだけ出来れば十分だって」


 恭平とあかりが八尋に駆け寄り、八尋は力のない声で笑う。

 恭平に手を貸してもらい八尋が立ち上がるのを見て、涼香と凌牙が言う。


「あいつ、何かすんのかと思ったら全然じゃねぇか」

「いいんだよ、それでもやっぴーは頑張った! 涼香ちゃん感動して泣いちゃう!」


 八尋たちがわいわいと話す横をお疲れ、とエリナは声をかけて横を通り過ぎようとするが、八尋は慌ててエリナを呼び止めた。


「先輩。なんであの時、俺がフェイントをかけたって分かったんですか?」

「あれね。あんたはずっとあたしを直接狙うことにためらってたのに、あの時だけは一切ためらわずにまっすぐ銃口を向けた。一瞬で気持ちが切り替わったかもしれないけど、撃ってこないと踏んで向かっただけ」

「俺が本当に撃つとは思わなかったんですか?」

「撃っても避ければ良いだけ。まさかあんな空気みたいな弾が来るとは思わなかったけど」


 撃たないかもしれない、という可能性に賭けて自分に向かってきたのか、と八尋はエリナの尋常ではない度胸と覚悟に驚愕した。


「春から勉強したにしては、魔力のコントロールはそれなりに出来てるんじゃない?」


 そう言うエリナに、すぐには無理でも卒業までに模擬戦で勝とう、と決めた八尋は、エリナにありがとうございました、と深々と頭を下げた。

 短い時間とは言えあれだけ激しく動いていたエリナが、あっという間にいつも通りの様子に戻ったのを見て、貴一が話しかける。


「紫筑、いつもの訓練も今のように本気で取り組んでもらいたい」

「あたしはいつも本気」


 まったく、と貴一は呆れた顔をして眼鏡をくいっと上げる。


「訓練の続きをやると言いたいところだが、急遽別の用事が入った。悪いが、特訓はまた後日行おう」

「そう。あたしの魔力も切れたしちょうどいいや」

「白々しい嘘をつくな」


 片づけを早々に終わらせて鞄を持って出ようとするエリナに、涼香は小声で話しかける。


「しづきん。何か企んでるでしょ」

「なにが?」

「しらばっくれても無駄なのだ。やっぴーと模擬戦して何か思いついた?」


 何でもお見通しだと言わんばかりに嬉しそうに尋ねる涼香に、さぁね、とエリナは八尋を一瞬見てから小さく笑って返した。


(魔力のコントロールが出来てる、か……)


 一方、八尋はエリナに言われたその一言が、エリナに認められたような気がして少しだけ嬉しくなっていた。その綻ぶ顔を周りに見られないようにして鞄を持ち、八尋も部屋を出て行った。


 そして明朝。都内で一人の守護者が、意識不明の状態で倒れているのが発見された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る