第27話 麒麟児

 翌日。

 ホームルームを終えた八尋は、いつものように駅まで一緒に帰るために恭平とあかりと廊下を歩く。

 うだるような暑さではないが、夏本番を迎えようとする気温に、恭平はシャツをパタパタと仰ぎながら言う。


「あー、テスト終わって燃え尽きた感あるわ」

「テスト返却されるまではなにもないからね」

「最近生徒会にも呼ばれてないからなー。桃園さん、緑橋みどりばし先輩から何か聞いてない?」

「特に聞いてないよ。七月は行事もないし、明日の会議もなにもなければすぐ解散するって」


 あかりの言葉に恭平はがっくりとうなだれ、大人しくバイトするか、と恭平がスマホを取り出してバイト先に連絡を入れ始めた。

 正門を出たところで、エリナ、涼香すずか凌牙りょうが貴一きいちが歩いており、八尋たちに気がついた涼香が立ち止まってブンブンと手を振る。


「およ、一年生ちゃんたち! おひさ〜!」

「お久しぶりです。先輩たちと青山あおやま先輩が一緒にいるなんて珍しいですね」

「そーでしょ! これからみんなで、きーちゃん先輩の研究所に行くとこ!」


 研究所、と聞き慣れない単語に首を傾げる八尋たちに、貴一が制止するように横から口を出す。


黄崎きさき、語弊があるからやめろ。俺の研究所ではなく、俺の父が所長の研究所だ」


 きーちゃん先輩も関わってるし同じようなもんですって、と涼香は笑う。

 先程から話している研究所とはなんなのか、と八尋が思っていると、横にいたあかりが貴一に尋ねた。


「あの、研究所ってなんですか?」

「簡単に言えば、異能力研究のためにある施設だ。俺のところは魔術に特化した研究を行なっている。俺をはじめとして魔術を扱う守護者や、時々紫筑しづきにも手伝ってもらっている」


 今日は紫筑の魔術の訓練がメインだが、と貴一は続ける。

 高校生である貴一が異能力研究に関わっていることに八尋は驚くが、以前から貴一の魔術の実力や頭の良さを知っているために、それを思い出して八尋は自然と納得した。


「せっかくなら、お前たちも来るか?」

「いいんすか!?」

「社会勉強の一環だ。黄崎や灰谷はいたにも来るし、俺の後輩と言えば問題はない」


 貴一の提案に八尋たちは喜んで同意し、貴一たちに続いて学校を出る。

 なんだかんだ生徒会のメンバーが揃った、と八尋は一瞬思ったが、誠の姿がないことに気がついて前を歩く貴一に並ぶ。


「そういえば、緑橋先輩はいないんですか?」

「用事があると言ってすぐ帰っていった。あいつもあいつなりに忙しいんだろう」


 守護者ガーディアンを育成する高校と言えど誠は三年生で、将来を考える時期か、と八尋はぼんやり誠のことを考えた。


「てか、灰谷先輩も来るんすね。こういうの興味なさそうなのに」

「違う違う。しづきんがきーちゃん先輩と一緒に過ごすのが気に入らないだけっ」

「聞こえてんぞ」


 八尋の後ろを歩く恭平は涼香に小声で言うと、涼香はわざと凌牙に聞こえるように強調して答え、凌牙は手を出す代わりに盛大な舌打ちをかました。


 八尋は《国立異能力第一研究所》と門の前に書かれた看板と、その奥に見える大きな建物を見て息を呑んだ。

 そこは研究所といいつつもスタイリッシュな外観で、いかにも最新テクノロジーが揃っていそうだな、と八尋は率直な感想を抱いた。

 門を抜けてエントランスに入ると、白衣姿の女性が貴一を見かけて立ち止まる。


「あ、貴一さん。お疲れ様です。紫筑さんもお久しぶりです。後ろにいらっしゃるのはお友達ですか?」

「お疲れ様です。はい、月城の後輩たちが見学で」


 研究員であろうその女性は八尋たちに軽く会釈し、八尋たちも緊張しつつ会釈を返す。


「今日は紫筑の訓練で来たので、いつもの部屋を借ります」

「はい。先程実験が終わって空いているので、そのまま使用して大丈夫です」


 会話を終えて当然のように歩く貴一を、エリナと凌牙はいつもと変わらずに、涼香はわくわくした顔でついて行くが、八尋や恭平、あかりは少し緊張していた。

 エレベーターで地下に向かい、貴一に促されて八尋たちは一番奥の部屋に入る。そこは四方を白い壁に囲まれた、体育館ほどの広さがある部屋だった。

 さて、と貴一が荷物を置くと、八尋たちに気がついてシルバーフレームの眼鏡をくいっと上げる。


「すまない。なんの説明もなしに始めるところだったな」

「いえ、ただの見学で来てるだけなんで……」


 ここに来る途中も最新鋭の設備ばかりで凄かったです、と八尋は貴一に言う。


「今日は紫筑の魔術の訓練のために来ている。普段は他の研究員もいて、魔術を使う際の心拍数や脳波などを計測するが、今日はそれは行わない」

「そんなことされて魔術使うよりは、この方がよっぽど気楽」


 その時のことを思い出したのか、エリナは顔を顰めて言う。始めようとする貴一だが、ふと八尋たちに尋ねた。


「そもそも、赤坂たちは武器や魔法を使うが、魔術についての知識はあるのか?」

「えっと、授業で少し……」


 八尋は武器である銃を扱うために、自分とは関係ない魔術に関しての知識は、友人の柳、担任である根岸から聞く程度しかなかった。

 すると、八尋の横にいたあかりが小さく手を上げて答えた。


「魔術って、四大元素の《火》・《水》・《地》・《風》と、《雷》と《氷》を合わせた六つが、魔術の基盤になるんですよね?」

「その通りだ。そして、それらの元素や分子を魔分子と再構築した上で具現化する。これだけ操れると聞くと多彩な異能力に思えるが、一方で一つひとつの再構築が非常に難しい。それが出来ない者は、具現化してもマッチの火や静電気程度で終わる」


 それを聞き、八尋は銃のみを扱う自分は一つのものに集中できて良かった、とほっと胸を撫で下ろした。

 すると、一連の話を聞かずに準備運動をしていたエリナが、貴一に話しかける。


「こんなとこで授業はいいから、早く始めるよ」


 分かった、と貴一は応え、入り口付近にあるタッチパネルを操作しながら八尋たちに言う。


「悪いが、今から俺と紫筑が魔術を使う。大丈夫だろうが、ここには防護壁がないから一応用心してくれ」

「はいはーい!」


 貴一に言われて八尋たちは部屋の端に移動し、エリナと貴一が魔術の訓練をする様子を見守る。

 まさか学園中から恐れられている紫筑エリナが、貴一が魔術を教わっているとは、八尋も思っていなかった。

 それは恭平も同じ考えだったらしく、エリナたちが魔術を具現化させる様子を見ながら、感心したように言う。


「なんか意外っすね。紫筑先輩なら、教わらなくても自分で使いこなしてそうなのに」

「まぁ、しづきんは元から魔術が使えるわけじゃないからね」


 涼香の衝撃的な言葉に八尋たちは驚き、雷を具現化しているエリナと、笑顔の涼香を交互に見る。


「そうなんですか!?」

「小さい頃に使えるようになったってしづきんは言ってたよっ。ね、凌ちゃん」

「俺が知ってる時にはもう青山に教わってたけどな」


 涼香に話を振られた凌牙はスマホから顔を上げ、興味がなさそうに答える。

 元々二つの異能力を使えるわけではなく、後天性のものだったのか、と八尋は唖然として凌牙の話を聞いていた。


「エリナに歳が近いからって理由であいつが教えてるらしいけど、俺もそのくらいしか知らねぇよ」


 そう言って、凌牙は再びスマホに視線を落とす。二人してそんな重要なことをさらりと言ってしまうのは、八尋たちが言いふらさないだろうと信用しているのか、それともただ隠していないのか、八尋はある意味涼香たちが恐ろしいと思った。

 するとその瞬間、閃光と轟音が研究所に響き渡り、ほんの少し地面が揺れる。

 八尋たちは何事かとエリナたちを見ると、貴一がやってしまった、と言わんばかりの表情で立っていた。


「すまない。本気を出せと紫筑に言われてしまって」

「は? 絶対それ本気じゃないでしょ」


 エリナたちの先にある的らしきものは真っ二つに裂け、黒く焼け焦げて倒れていた。それが貴一の『雷』によって起こったものだと判明し、八尋たちは思わずおぉ、と声を上げる。


「すっげぇ……。そんだけ魔術使えるんなら、守護者になったらバンバン活躍できそうっすね!」

「悪いが、俺は守護者になっても前線に立つ予定はない」


 興奮気味に話す恭平に、貴一は冷静に答える。どういうことだ、という顔をする八尋たちに向かって貴一は続けた。


「俺は今後、全人類が異能力をもっと身近なものに感じてほしいと思っている」

「もう十分身近だと思いますけど?」


 今まさにそうじゃないっすか、と恭平が言うと、貴一は首を横に振る。


「いや、俺は普段の何気ない時に、異能力がある生活を求めている。今は守護者や異能力に関する法律の存在もあり、異能力が特殊なものになっている。俺はその壁を取り払いたい」

「たしかに、特殊と言われたら特殊ですね」

「守護者もそうだ。ただ異能力を使って守ったり戦うだけではない、他にも異能力を使ってできる可能性は無限に広がっているはずだ」


 貴一の声が部屋の壁に反響して響き渡り、まるで演説でも行っているかのようで、そのまま貴一は八尋たちに真剣に熱く語る。


「しかし、今は守護者にならなければ、ある程度自由に異能力は使えないし、扱える技量も違う。それに、俺が武器や魔法について語っても、ある意味専門外だろう。それなら、まずは自分の異能力である魔術を一から研究しよう、と行なっている次第だ」


 八尋は貴一を常に落ち着いていて冷静な人かと思っていたが、野望とも言える夢を抱いており、それを知った八尋はただただ貴一を尊敬した。

 喋りすぎたな、と恥ずかしくなったのか軽く咳払いをした貴一は、タッチパネルに近づいて操作しながら言う。


「それと、俺は月城を卒業したら一般の大学に進学する予定だ。それと並行しながら研究を進めていく」

「卒業して、そのままここに就職しないんですか?」


 あかりの問いに、貴一は眼鏡をくいっと上げる。


「異能力と関わらない環境で過ごすことも、未来の俺には大事だと思ったからだ」


 誰もが羨むような才能を持ちつつ、敢えて誰もが思い描く理想とは別の道を選ぶ。

 だが、先の先まで見据えて動いている貴一に、この人は天才だ、と八尋は改めて思った。


「ね、きーちゃん先輩ってやばいでしょ?」

「そうっすね。平凡な俺らには分からない世界にいますわ」

「二人とも、それは誉めているのか、貶しているのかどっちなんだ」


 誉めてますよぉ、と笑う恭平と涼香の言葉に貴一が呆れていると、エリナが八尋に話しかける。


「赤坂」

「は、はい」

「模擬戦」


 エリナの淡々と言った単語が聞き取れず、思わず八尋はエリナに聞き返した。


「紫筑先輩、今なんて?」

「模擬戦、やろうよ」


 心なしか嬉しそうに言うエリナに、似たようなことを以前どこかで聞いたような、と八尋は頭の中で思い出していた。

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