第26話 解放感

 二○XX年、七月。

 月城つきしろ学園高等部の中間テストが終わり、生徒たちはそれまでのストレスから解放されたように遊びに出たり、部活にいそしんでいた。

 制服も夏服に切り替わったこともあり、月城学園に本格的な夏が訪れようとしていた。

 ホームルームが終わった八尋やひろは、大きく伸びをして午後は何をしよう、と考えた。

 すると、同じくホームルームを終えたらしい恭平きょうへいとあかりが、教室に顔をのぞかせる。


「八尋、もう帰る?」

「そのつもりだけど、なんか用事?」

「テストも終わったし、アイス食べに行こアイス!」


 なるほど、と八尋は恭平の誘いに快く乗った。

 帰りの準備をしてかばんを持ち、通りすがりのクラスメイトと挨拶を交わして教室を出る。

 学校一の美少女と言われているあかりと当然のように過ごしている八尋に、今でもクラスメイトや廊下を歩く生徒に驚かれることもある。

 しかし八尋はその視線などを気にすることもなく、それも当たり前の日常として受け入れていた。

 あかりはその容姿から告白が未だに絶えず、ついこの間には他校の生徒からも告白されたらしい。

 だが、それも含めてすべての告白を断ったと八尋はあかりから聞いた。

 それもあってか、最近では八尋と恭平のどちらかがあかりと付き合っているのでは、と噂が出ているくらいだった。

 それが本当ならどれほどいいだろうか。そんなことを考えながら、八尋は横に並ぶあかりを見つめた。

 目的地である巨大な駅ビルは、月城学園の最寄り駅から数駅先にあり、月城学園の生徒たちが放課後によく立ち寄る場所として、八尋たちも時々立ち寄っていた。


「ダブル、トリプル……迷う」


 アイスクリーム店に着いた八尋たちは、ショーケースに並ぶ豊富な種類のアイスに目を奪われていた。

 どれにしよう、とサイズを決める段階から悩む恭平の横で、八尋はあかりに尋ねる。


「桃園さんはどれにする?」

「いちごと、あと夏だからシャーベットもいいなってちょっと悩んでるの」

「美味しそうだね。俺もシャーベットにしようかな」


 あかりの意見を参考にして、八尋はバニラアイスとレモンシャーベットを注文した。

 その後ろで、ようやくなにを頼むか決めたらしい恭平が嬉しそうに八尋に話しかける。


「決めた! 俺はキャラメルとチョコミントと抹茶!」

「よくそんなに食べられるな」

「テスト終わったからな! 今の俺は無敵!」


 呆れる八尋を尻目に、恭平は自信満々に答えた。

 それからそれぞれ注文したアイスを受け取り、テラス席に座りながらテストの話で盛り上がった。


「それにしても、テスト難しかったね」

「ほんとほんと。相変わらず量えぐいって」


 月城学園のテストは、一般的な普通科高校で受けるような一般教養科目の試験のほかに、異能力に関する科目試験と実技試験も行われる。

 実技試験の内容は異能力によって異なり、担当になった試験監督が毎年内容を決めるために、対策もなかなかしにくいものとなっていた。


「今年の武器の試験は普通のシューティングだったな。あれくらいやりやすかったら楽なんだけど」

「内容は毎回違うんだっけ?」

「そうそう。前の期末は障害物だらけのエリアでどれだけ扱えるかって内容だったから、死ぬほど疲れた」


 恭平の話を聞きながら、八尋は初めての試験か簡単なもので良かったと思いながら、バニラアイスを口にする。


「ちなみに、魔法の試験はどんな感じだったの?」

「今年は風船が割れないように守り続けるって試験だったよ。前に授業でやったことあったけど、試験だとまた違った雰囲気で楽しかったな」


 自分が受けた試験とは全く違う内容に、八尋はあかりの話を興味深く聞いていた。

 風船をどう守るのかも評価に入ると聞き、今後試験があるかもしれないから覚えておこうと思いながら八尋はあかりの話を聞いていた。


「そうだ、古典は桃園さんのおかげで手応えあったよ」

「よかった! 国語は問題に全部答えが書いてあるし、古典も単語さえ覚えちゃえばあとは簡単だよ」


 八尋たちは先週、あかりからの提案で、テストのために図書室で勉強会を開いていた。

 そこでお互いの得意教科を教えつつ、苦手な科目を教えてもらうという、全員にとって非常に有意義な勉強会を開いた。

 八尋はあかりから国語全般を教えてもらい、それのおかげか今までにないほどの手応えを感じていた。


「他は多分大丈夫だったから、平均超えたらいいかな」

「私は理系科目はそんなに得意じゃないから、いつも返却されるのがドキドキしちゃう」


 八尋とあかりのやりとりを見ながら、恭平はチョコミントアイスを一口食べて大きなため息をついた。


「俺はとにかく、英語が赤点にならないことを祈ってる……」

「赤点は補習だっけ?」

「やめろって……」


 リスニングと長文のせいで死んだ、と恭平は机に突っ伏す。

 恭平は勉強会で八尋とあかりにつきっきりで英語を教えてもらっていたが、恭平の言葉からいい結果にならなかったんだろうと八尋は同情した。

 すると恭平はガバッと起き上がり、持っていたスプーンをピッと立てて言う。


「とにかくテストは終わったし、遊ぶ予定ガンガン立てようぜ!」

「そうだね。せっかくだから、花火大会とか行きたいね」

「決まり! あとプールとか海もいいな」


 早速スマホで花火大会のスケジュールや近場の海やプールを調べる恭平に、赤点で潰れないといいな、と八尋は恭平をからかう。

 それを楽しそうに見ていたあかりが、突然思い出したように二人に話題を振る。


「そういえば、最近クラスの子から聞いたんだけど、死神の噂って知ってる?」

「死神?」


 八尋と恭平も聞いたことがないと返すと、あかりは楽しそうに話し始める。


「その子も先輩から聞いたみたいなんだけどね。夜に一人で歩いてると真っ黒な姿で現れて、その人を襲うんだって」

「どこかにありそうな感じの都市伝説だな」

「それでね、その死神に襲われたって噂もあるみたいなの」


 怖い話や都市伝説の類いには耐性があるのか、あかりは怖がる様子を全く見せることなく、アイスを食べながら恭平と話す。

 そんな中、八尋は死神と聞いてある人物を思い出していた。


(もしかして、黒金くろがねさんのことかな……)


 あれ以来、八尋は一切黒金と会うことはなかった。

 異能力が『武器』の『大鎌』ということもあり、あれを夜に見た人は死神だろうと錯覚するかもしれない。現に八尋もそれを見て、黒金を死神だと形容していた。

 しかし、黒金と話していた時の雰囲気から、あの人が誰かを襲うようなことをするのだろうかと八尋は考える。


「まぁ、そういう噂って大体適当だからな」

「そうそう。本当だったら面白いなっていう話だもんね」


 あくまで噂であり、黒金はきっと関係ないだろうと、八尋は溶け始めたアイスを急いで口に入れた。

 アイスを食べ終わった八尋たちが店を出ると、外の看板を一人の少年が眺めていた。


「あれ、あの子……」


 それは八尋が四月に守護者協会で見かけた少年、白銀しろがねだった。

 あのときと同じように一人でいることから、また迷子かと思い、八尋は白銀に話しかける。


「白銀くんだっけ。また迷子かな?」

「赤坂くん、この子のこと知ってるの?」

「前にちょっとだけ会ったことがあってね」

「迷子ならインフォメーションとかに連れてくか」


 八尋たちが話している様子を白銀は黙って見つめていた。


「白銀!」


 すると、白銀の名前を呼びながら男性が駆け寄ってきた。

 男性は白銀の前に立ち、困ったように白銀に話しかける。


「君はなぜ、すぐどこかに行っちゃうんだ」

「うん。ごめんね」


 白銀のそっけない対応にため息をついた男性は、八尋たちに気がつく。

 八尋と話す男性は白銀と容姿がどことなく似ていることから、白銀と兄弟なのだろうかと八尋は白銀と男性を交互に見る。


「君たちは学生さんかな。見つけてくれてありがとう」

「いえ、もしかしたら迷子なのかなと思って話しかけただけです」

「本当に助かりました。ぜひお礼をさせてください」

「いえ、そんなお礼をされるほどじゃありません」

「それじゃあ、連絡先だけお渡ししますね」


 男性は八尋に名刺を渡す。そこには一色いっしきれいと書かれていた。


「なにかあれば、こちらに連絡してください。いつでも力になりますので」


 そう言って、零は白銀の手を引いて去っていった。

 八尋はもらった名刺を見ると、株式会社ガイア代表取締役と書かれいた。

 まさかそんな人物とは知らずに驚いていると、横からのぞき込んだ恭平が「えっ!?」と声を上げる。


「すっげ、ガイアって一流企業だろ!」

「製薬会社だよね。私も名前は聞いたことあるよ」


 ガイアの名前自体は八尋も知っていたが、こんなところで知り合うなんてと、八尋は名刺をまじまじと見つめる。


「八尋、これでコネできたな」

「そんなわけないだろ。偶然会っただけだって」

「また会ったときに言ってみたら? 『卒業したらガイアで働きます』って」


 そんな冗談を言いながら、八尋たちは駅ビルの中に入っていった。

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