第20話 大騒動①

 爆発による爆風がロビーに充満する。

 八尋たちはその中で体勢を立て直し、新橋の次の動きに警戒した。

 しかし、新橋はその間に八尋たちに急襲をしかけると思いきや、向かってくる気配はなく、スマホをポケットにしまう。


「いい威力だったな、さすがお手製爆弾」

「たぶんだけど、遠隔で爆発する仕組みなんだろうな」


 怪訝けげんな顔をしてつぶやく誠に、新橋はにこやかにうなずく。

 すると、ロビーの照明が次第に点いていき、新橋はわざとらしく天井の照明を見回す。


「停電直っちゃった。もう誰かが直したのかな?」

「新橋さん。あんた、ショーの邪魔をするのが目的なのか!?」


 今にも飛びかかりそうな恭平を静止して、エリナが新橋を見据える。


「これは時間稼ぎでしょ。あんたの目的は別にあるんじゃないの」

「その通り。やっぱり紫筑さんは賢いね。俺は知り合いからいい仕事あるよって紹介してもらって雇われただけ。計画は大まかにしか聞かされてないよ」

「その計画ってなに?」

「言うわけないよ。こっちも報酬がかかってるんだから」


 普通に働くより全然稼げるからねと新橋は付け加える。


「くだらない。いい大人が目先の欲に釣られて犯罪行為なんて」


 エリナの言葉に、新橋はカトラスのような形をした剣を具現化して斬りかかる。

 エリナは弓を具現化してそれを防ぎ、跳ね返ったところをもう一度斬りかかろうと、新橋はカトラスを振り上げた。

 そこで誠がエリナと新橋の間に入り、異能力である『刀』を具現化してカトラスを受け止める。

 キン、とかち合う音がし、刀同士が鍔迫つばぜりあう。

 新橋は後ろに飛んで距離を取り、八尋たちの動きをうかがった。


「赤坂、橙野。会場と楽屋にいる人の安全確認と、誰もロビーに出ないように話をしておいて」

「え、紫筑先輩と緑橋先輩は?」

「あいつの足止め」


 エリナは八尋と話しながら新橋に向かって弓矢を飛ばし、新橋を牽制する。


「あっちは仮にも守護者。学校の模擬戦なんかじゃないから本気で向かってくる」

「それならなおさら俺たちがいなきゃ……」

「数が多くても邪魔。今のあんたたちができることをやるべき」


 今の自分の実力では到底敵わないと八尋は薄々勘づいていたが、ここまではっきりと言われ、八尋も恭平も何も言い返せなかった。

 しかし、新橋と戦うことが今のエリナの覚悟なのだとしたら、それこそ自分にやれることはあるはずだ、と八尋は考えた。


「紫筑先輩、緑橋先輩、お願いします。恭平行くぞ!」

「おう!」


 八尋と恭平が後ろを抜けて会場に入っていく。新橋が八尋たちに斬りかかろうと走るが、行かせないと誠が止めに入る。


「二人も行かせちゃうなんて、随分余裕なんだね」

「そりゃあ、先輩としてかっこいいところ見せないとな」

「そんなこと言って、守護者でもないただの学生が生意気言うと、痛い目見るよ」

「あんたのレベルならあたしと緑橋で十分」


 エリナのあからさまとも言える挑発に乗って新橋はカトラスを振り上げるが、誠の斬撃が決まり、新橋はその場でよろける。


「お前が俺を褒めるなんて珍しいな。明日は嵐か?」

「褒めてない。あの二人に比べてまともなだけ」

「はは、言ってくれるな」


 お前はそういう奴だよな、と誠は再び刀を具現化し、新橋と対峙した。


   * * * * *


 会場内に入った八尋と恭平は、スタッフと関係者を集めて安全確認をしていた。

 幸いそこでは事故や怪我人もおらず、ロビーに出ないようにと伝え、続いて楽屋の確認に向かった。

 一つ目の楽屋では、モデルやマネージャーらしき人が楽屋から出ることなく不安そうに待機しており、もう一つの楽屋では他のモデルやスタイリストが楽屋から出ることなく、じっと身を潜めていた。

 しかし、どちらの楽屋にもあかりの姿がないことに八尋は気がつき、近くにいたモデルらしき女性に尋ねる。


「あの、桃園さんって人いませんか? 高校生の女の子なんですけど……」

「あぁ、その子なら停電になるちょっと前に出て行って、停電になった時にヘアメイクの人が追いかけて行きました。心配だから様子を見てくるって」

「その人、どこに行ったか分かりますか?」


 八尋の質問に、女性は分からないと首を振る。


「ていうか、さっきロビーから爆発音みたいなのが聞こえたんですけど、ここは大丈夫なんですか?」

「大丈夫です! 俺たちが安全を確保するので、それまでロビーには出ないようにしてください」


 心配そうに話す女性に、恭平が励ますかのように笑顔で答えた。

 八尋も頷き、エリナと誠だから心配ない、とロビーで戦っている二人を思い出す。

 楽屋を出て廊下を曲がったところで、恭平が先を走る八尋を呼び止めた。


「八尋、これってもしかして桃園さんのだったりする?」


 恭平は床に落ちていたものを拾いあげる。

 それは昨日、八尋たちがあかりにあげたオレンジジュースと同じボトルだった。

 そのジュース自体はそんなに珍しいものではないが、そこに落ちているということはもしかしたら、と八尋はぞっとする。

 進む先は非常階段と書かれた扉しかなく、八尋と恭平はぐっと力を入れて扉を開ける。

 下に続く階段は立て看板と鎖で塞がれ、上に行けと言わんばかりの異様な階段を見て、恭平は息を呑んだ。


「俺、今これ見てすっげー嫌な予感した」

「これは上に行くしかなさそうだね」


 とにかく急ごう、と二人は階段を昇っていった。


   * * * * *


 地下にある電気室で、貴一と土屋は停電の復旧作業をしていた。

 非常用電源に切り替えたおかげで、建物内の電力は復旧したが、主要電力は何者かの手によって配線がバラバラに切り裂かれていた。

 作業中に上から爆発音が聞こえ、土屋はインカムで新橋と連絡を取ろうとする。

 しかし、インカムから聞こえてくるのは砂嵐ばかりで、肝心の新橋の声は届いてこなかった。


「新橋と連絡が取れない。上で一体何が起こっているんだ……」

「今の爆発音は、俺たちをさらに混乱させるために行われた可能性があります」


 土屋がインカムで連絡を取り続ける横で、貴一は電力を切り替えた配電盤を調べながら答える。


「停電も人為的なものですね。このぐちゃぐちゃの配線に加えて、本来なら自動で切り替わるはずの電源が作動しなかった」

「確かに、これは自然になるものではない。……それなら青山くん、君はこの状況をどう推測する?」


 突拍子のない質問に、貴一は何事かと土屋を見るが、その目は貴一が何と返答するか試しているように見えた。

 貴一は頭の中での仮説を、一つひとつ論理立てて土屋に説明していく。


「まだ確信は持てていませんが、ショーを妨害するなら本番中に起こるはずです。しかし開場前に起こったとなれば、スタッフ側、つまり俺たちが標的になっていると見ています」

「なるほど。停電と爆発がほぼ同時に起きたことについては?」

「恐らく計画的な犯行かと。なにか別の目的のためにカモフラージュしているようにも思えます」


 その目的が何かはまだ分かりませんが、と貴一は補足する。

 貴一が続きを答えようとした時、電気室の入り口に隠れて動く人影が見えた。

 貴一はそれを見逃さずに魔術の『風』を起こし、男は吹っ飛ばされて地面をゴロゴロと転がる。

 そして、貴一は電気室から飛び出してすかさず男を取り押さえ、土屋はその鮮やかすぎる流れを後ろから見て感心していた。


「薄々思っていたけど、君は本当に高校生とは思えないね」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 涼しい表情で、貴一は眼鏡のフレームをくいっと上げる。

 取り押さえた男は諦めたのか、貴一に取り押さえられたままうつむいて黙り込んでいた。


「さて、話を聞こうか。目的はなんだ」


 土屋が尋ねるが、男はだんまりを続ける。なにも話そうとしない男に痺れを切らしたのか、貴一が男の目の前で魔術の『雷』をバチッとわざとらしく鳴らす。


「きょ、今日のショーに出るモデルの誘拐です!」


 貴一の脅しであっさり目的を吐いた男に、二人は表情を硬くした。


「混乱に乗じて誘拐。つまり一連の騒動は陽動、ということですかね」

「間違いなくそうだろうな。青山くん、今協会に応援を頼むから、そのまま待っていてほしい」


 そう言って、土屋は貴一から離れて連絡を取り始める。

 観念したのか貴一の脅しにまだ怯えているのか、微動だにしない男を押さえながら、貴一は会場内にいるであろう八尋たちのことを思い浮かべる。


(上には誠たちがいる。俺が心配しなくても、きっと何とかしてくれるだろう)


   * * * * *


「あかりちゃんの魔力凄いね。普通ならもう使えなくなってるはずなのに」


 屋上では、あかりと卯ノ花が対峙していた。

 あかりが息を切らせる中、卯ノ花が全く変わらない余裕の表情を見せていた。

 魔法で自分を守りつつ、卯ノ花が向かってくるのを止めるばかりで、あかりはここぞというきっかけを作れずにいた。

 まだ耐えられる魔力はある、あとは集中力を切らさないこと、とあかりは自分に言い聞かせ、恐怖心を振り払うように大きく深呼吸をする。


「私も訓練はしてるから、あかりちゃんが私を殺す気がないのはすぐ分かるよ」


 卯ノ花はあかりに向かって走り出し、あかりはまた防護壁を作り出す。

 しかし、卯ノ花が突然軌道を変え、そのフェイントを読みきれなかったあかりは、腕を掴んで床に押し倒される。

 あかりに馬乗りになり、仕込んでいたナイフを取り出してあかりの首に突きつける。


「あのね、最初はプロのモデルが候補だったの。でも、昨日現場に入ったらあかりちゃんがいて、それで急だけどあかりちゃんに標的を変えたんだ」


 なぜそこまでして自分にこだわるのか、と震えるあかりに、卯ノ花は憂いだ顔であかりを見つめる。


「私も守護者を目指してたんだけど、勉強は苦手で異能力もうまく扱えなくて、とっくの昔に諦めた。なのに、あかりちゃんを見てたら羨ましくなっちゃったんだ」

「羨ましい……?」

「可愛くて勉強もできて夢もあって、私とは大違い。……無傷で連れて行く契約だけど、傷がついても異能力は問題なく使えるよね」


 卯ノ花があかりの頬にナイフを当てる。ひゅっとあかりの喉が鳴り、ここで死ぬかもしれない、と恐怖に耐えきれなくなったあかりの目から涙がこぼれる。


「泣いちゃった? でも泣いてても可愛いなんてずるいなぁ」

「嫌、ごめんなさい……」


 謝ることはないよ、と言いながら卯ノ花がナイフが振りかざしたその瞬間、ナイフが音を立てて離れたところに落下する。あかりが目を開けると、卯ノ花が流血する右手を押さえて悶えていた。


「桃園さん!」

「赤坂くん、橙野くん……」


 屋上の入り口には銃を構える八尋と、屋上の様子を見て青ざめた恭平が立っていた。

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