第21話 大騒動②
卯ノ花はあかりの腕を掴んで無理やり起き上がらせ、後ろからあかりを拘束する。
「桃園さん!」
「あかりちゃんが無事でいて欲しかったら、大人しく動かないでね」
スタンガンをあかりに突きつけながら、卯ノ花は邪悪な笑みを浮かべた。
あかりを人質にとられてしまって下手に動けなくなった八尋は、今攻撃する意思はない、と言わんばかりに具現化した銃を解除する。
恭平もなにも動けないもどかしさから、息を荒くしながら痛いほど拳を握りしめた。
一瞬でも隙を作れればあかりを解放できるはず、と八尋は落ち着いて卯ノ花を観察する。
するとそこで、あかりが卯ノ花に見えないところで、指先を小さく動かしていることに八尋は気がつく。
(私、下……?)
あかりは自分自身と下、と指を交互に動かしていた。
そのハンドサインが何を指しているのか、と八尋があかりに視線を向けると、あかりが涙を堪えた顔で八尋を見つめていた。
なにかきっかけを作ろうとしている、とだけ理解した八尋は、卯ノ花にバレないよう恭平をほんの少しだけ小突き、あかりに再度視線を送る。
「そのまま扉から離れて、私たちが見えなくなるまでじっとしてなさい」
そして八尋とあかりの目があった瞬間、頷いたあかりがふっと真下に体を落とす。
あかりを押さえつけることに必死だった卯ノ花は、あかりが落ちる重力に引っ張られてバランスを崩す。
その間にあかりが卯ノ花の腕から抜け、慌てた卯ノ花が体勢を立て直し、あかりを再び捕まえようとする。
そこを恭平が勢いよく走り出し、具現化した槍で進路を遮った。八尋があかりに駆け寄り、離れた場所に避難させる。
「桃園さん、大丈夫!?」
「大丈夫。前にお兄ちゃんから教えてもらった護身術が役に立って良かった」
あかりは赤くなった鼻を押さえ、繕った笑顔を八尋に向ける。小刻みに震える体を見て、八尋はすぐに助けられなくて申し訳ない、という気持ちでいっぱいになった。
卯ノ花と恭平が対峙する中、八尋はあかりに尋ねる。
「あの人が今回の事件のリーダー?」
「分からないけど、私を誘拐することが目的だったみたい」
誘拐、という現実味のない単語に、八尋とその言葉が聞こえたらしい恭平が目を見開いた。
その隙に、卯ノ花は傷を負っていない左手で地面に落ちていたナイフを拾い、八尋たちと距離を置く。
「今日のことは、全部お前の仕業か?」
「そう。会場を混乱させて、その間にあかりちゃんを誘拐するのが今回の計画だったの。上手くいくと思ったら、君たちが来たせいで足止めに人を使わなきゃいけなくなったし、新橋くんは勝手に爆破させちゃうし。あれはいざという時に使えって言ったのに」
恭平が槍の先を卯ノ花に向けるが、卯ノ花は平然とくるくるとナイフを
「それにしても、そんなにあかりちゃんを守って、お姫様と騎士ごっこ?」
「下手な冗談はやめろ」
「冗談なんかじゃないよ。自分を必死に守ってくれる人もいて、可愛いっていうだけで人生得してるね」
声は笑っているが、卯ノ花のあかりを見る目は一切笑っていなかった。
恭平はそんな卯ノ花を見て、鼻で笑って返答する。
「はっ、自分が誰からも守られてないからって嫉妬かよ」
「なんとでも言ってどうぞ。どうせあかりちゃんが勉強できるとか他のことも全部嘘で、本当はあなたたちみたいな人がちやほやしてるだけなんでしょ」
「…………ふざけるなよ」
「自分が可愛いのを武器にして、一人じゃ何にもできないか弱い女の子なんでしょ!」
「ふざけんな!」
あかりを守っていた八尋が立ち上がり、卯ノ花を睨みつける。
普段は温厚な八尋が怒りをあらわにする姿に、あかりは心配そうに八尋を見つめた。
「桃園さんの努力を知らないで、あなたになにが言えるんだ!」
「赤坂くん?」
「桃園さんはみんなの知らないところで必死に頑張って、誰よりも結果を出してる。それに、桃園さんは誰よりも強くて優しくて、勇気がある人だ! 桃園さんがどんな気持ちで過ごしてきたか、なにも知らずに勝手なことを言うな!」
八尋の言葉に卯ノ花はわなわなと震え、ギロッと目を見開いて八尋たちに吠えてかかる。
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! 才能があって恵まれていて将来の夢も希望もある人間に、何もできない凡人の気持ちが分かるわけないでしょ!」
激昂してナイフを振り回す卯ノ花と反対に、恭平は冷静な面持ちで槍を構え直す。
冷静な表情とは裏腹に槍を握りしめる手は堅く、恭平もあかりのことを馬鹿にされて内心怒りに燃えているのだと八尋は悟った。
「八尋、桃園さんを絶対守ってろよ」
そう言って、恭平は卯ノ花に向かって走り出した。
* * * * *
誠は斬りつける瞬間に刀をひっくり返し、峰打ちのような形で新橋を斬る。
それに続いてエリナが誠の後方から援護するようにカトラスを弓矢で狙い撃ち、弾かれたカトラスが宙に舞う。
丸腰になった新橋に、誠の刀の先が新橋を捉えた。
「学生だからってなめてただろ」
これ以上は諦めろ、と聞こえてくるような誠の言葉に、峰打ちを喰らった肩を押さえながら新橋は悔しそうにその場に膝から崩れ落ちた。
「そういえば紫筑、魔術使わなかったな」
「毎回使うと思わないで。あんたがいるからあたしは後衛に回っただけ。ま、あんたが使えなくなったら出番はあったけど」
終わってもなお余裕のある二人の会話に、新橋はギリ、と唇を噛み締めて「くそおおぉぉ!」と力を振り絞り、近づいてきたエリナに掴みかかろうとする。
しかし、それは突如現れた凌牙の綺麗な右ストレートによって、新橋は逆方向に吹っ飛ばされた。
「凌牙。下は落ち着いてるの?」
「とっくに終わってる。ったく、悠長に喋ってんじゃねぇよ」
「くそ、なんでだよ……」
凌牙は新橋を殴った右手を振りながら、やれやれとエリナを見る。
入り口の誘導は解決したのか、涼香もちょうどロビーに現れていた。
地面を無様に転がって立ち上がれない新橋にエリナは近づき、見下ろしながら尋ねる。
「そもそもあんた、なんで守護者になったわけ? 守護者ならこんなことに手を出す理由なんかないでしょ」
「昔から異能力が人より使えたし、守護者になれば異能力を好きなだけ使えるから……。あとは金が欲しくて……」
エリナの圧に、新橋の答える声が次第に弱くなっていく。
エリナが新橋の目の前でダン、と床を踏み鳴らし、それに驚いた新橋は大袈裟なくらいに体が跳ねる。
「その程度の半端な覚悟で守護者を名乗るな」
低く、そして冷たいエリナの瞳と声が新橋を射抜いた。
* * * * *
「恭平!」
「橙野くん!」
恭平がよろけた隙に、卯ノ花のナイフが恭平に突き刺さろうとする。
八尋とあかりが叫ぶが、恭平は後ろにあったフェンスを掴み、それを軸にして回転しナイフをかわす。
「っと、危な」
「動きはそこそこ身軽じゃない」
「それはどうも。元バスケ部レギュラーの運動神経を甘く見んなよ」
恭平はそう答えるが、やはり卯ノ花との場数の差なのか、一対一では隠し切れない実力差がじわじわと恭平を追い詰めていた。
卯ノ花はこの場からの逃亡や本来の目的であるあかりの誘拐より、相手を殺すという方向に頭が切り替わっていた。
そして恭平を捉える目が普通ではない、と気がついた八尋は恭平を助けようと立ち上がり、あかりを見る。
「ごめん、桃園さん。ちょっとここで待ってて」
「私は大丈夫。気をつけてね」
いざとなれば自分で守るから、と震えが止まったあかりは力なくガッツポーズをして八尋を送り出す。
武器も持たずに近づいてくる八尋に、卯ノ花は手を止めて睨みつけた。
「なによ」
「俺は、月城に入るまで夢も目標も、覚悟も何もなかった。でも、この一ヶ月で分かったことがある」
恭平とまた同じ学校に通い、毎日くだらないやり取りをした。エリナを始めとした生徒会のメンバーと出会い、新入生である自分を快く迎え入れてくれた。思いがけないきっかけから、あかりと仲良くなった。支えてくれる家族の優しさを改めて感じた。
一ヵ月という短い期間を過ごして得たものは、八尋にとっての心の拠り所になっていた。
「俺は決めた。友達も家族も大切な人も、その人たちと過ごした日常を守るために守護者になる。だから、それを壊そうとする人を、俺は許さない!」
八尋は銃を具現化させ、卯ノ花に向ける。
「あのさぁ、そういう理想ばっかりの夢物語が一番ムカつくのよ!」
卯ノ花はナイフを振り上げて八尋に向かっていき、八尋はそれを止めようと銃を構える。
恭平が割って入って止めようとするが、卯ノ花が槍の
「残念。そのリーチが裏目に出たみたいね!」
「残念なのはそっちだよ」
恭平がニヤリと笑うと、槍がふわりと消える。
それが異能力を一旦解除したものだと卯ノ花は理解するが、反応が遅れたことにより完全に隙を作ってしまった。
「異能力だからこそできる技ってやつだよ!」
恭平は再び槍を具現化して振り上げ、槍が卯ノ花の肩に突き刺さる。
「魔力のコントロールはそれなりに上手い方なんでね」
肩を押さえる卯ノ花を恭平はうつ伏せにして取り押さえ、持っていたナイフとスタンガンを使わせないように遠くに放り投げる。
「お前の負けだ。諦めて捕まるんだな」
「……いいわよ。殺すでもなんでも好きにしなさい」
負けを認めたのか投げやりになっている卯ノ花を見て、八尋は恭平と顔を見合わせて頷き、八尋は具現化した銃を卯ノ花の額に当てる。
まさか本当に自分を殺すつもりか、と卯ノ花は先程までの冷静さを忘れてうろたえた。
「ちょ、ちょっと待って! このままだと正当防衛どころか殺人罪になるわよ!」
「好きにしろって言ったのはお前だろ」
「そうは言ったけど、言葉の綾ってやつで!」
「恨むなら、思わず口走った自分を恨んでください」
卯ノ花の言葉にも八尋は耳を貸さず、指に力を込めて引き金を引いた。
しかし、銃から鳴ったのは破裂音ではなく、パヒュン、という空気の抜けるような音で、卯ノ花の額に触れる程度の威力しかなかった。
だが卯ノ花は本当に撃たれたと錯覚したのか、恐怖が限界に達したのか、失神して動かなくなっていた。
「やるじゃん」
「……成功かな?」
「大成功。まさか失神するなんて俺も思わなかった」
「あの、赤坂くん、これって……」
卯ノ花が動かなくなったのを確認し、八尋と恭平はハイタッチを交わす。
状況を飲み込めておらず、後ろから様子をうかがってそっと近づくあかりに、八尋と恭平はこの状況を説明した。
「実は、恭平と特訓してた時にたまたま見つけたんだ」
「弾は魔力を込めて撃つけど、極限まで魔力を込めなかったらどうなるかって実験してみたんだよな」
「その時は模擬戦でハッタリに使えるかな、なんて笑ってたけど、まさか実戦で使えるなんてね」
八尋と恭平がその時のことを思い出すように話しているのを見て、あかりの目から涙がポロポロとこぼれた。
「赤坂くんが、本当に撃ったかと思った……!」
「え、あの、びっくりさせてごめんね! そんな、殺そうなんて全然思ってないよ! 俺は桃園さんを助けるためにここに来たから!」
八尋は慌ててあかりを慰め、八尋の必死のフォローが伝わったのか、あかりは涙を流しながら安堵する。
「八尋、近い」
「いだだだだ!」
恭平がジロリと八尋を睨みながら頭を鷲掴みにして、八尋は恭平の手から逃げようともがく。
いつもの見慣れた光景に、あかりは涙を拭って小さく笑った。
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