第19話 一大事
電流が見えた瞬間、あかりのとっさの判断によって、魔力の一点集中による透明な壁を生み出す。
それに阻まれてバリバリと音が響き、あかりは眉を寄せる。
まさか防がれると思っていなかったのか、その人物はあわてて後ろに退がる。
あかりは目の前の人物の顔が、暗闇にいるために確認することはできなかった。
しかし、明確な悪意を持って近づいたということを、この一瞬であかりは嫌でも理解した。
すぐに対処できるようにあかりはもう一度魔法による壁を生み出し、次の急襲に備える。
すると電気が復旧したのか、廊下全体が元の明るさを取り戻した。
「卯ノ花さん……?」
そこにいたのは、先程まであかりのヘアメイクをしていた卯ノ花だった。
あかりは驚愕し、壁を作っていた手を下ろす。
「卯ノ花さん、どうして……」
「あかりちゃん、やっぱりちゃんと異能力使えるんだね」
動揺するあかりの疑問に答えることはなく、卯ノ花はあかりにヘアセットをした時と同じ様子で話し始める。
「昨日から色んな話をしたけど、あかりちゃんって勉強もできるみたいだし、守護者まで目指してるんだね。高校生から将来も考えてるのってすごく立派だと思うな。だからそんな優秀な人、なおさら連れていかなきゃって思ったんだ」
あかりは先程の電流の正体が、卯ノ花が持っていたスタンガンだと手元を見て気がつく。
お互いの姿が見えているなら、下手に刺激しなければ逆上して襲われることはないはずとあかりは動揺を抑えながら考える。
卯ノ花は笑顔であかりに向かってスタンガンを突きつけ、突きつけられたあかりは数歩後ずさる。
「卯ノ花さん、私なにかしましたか?」
「あかりちゃんはなにもしてないよ。ただ、あかりちゃんを必要とする人のところに連れて行くだけ」
「私を必要とする人?」
「うん。若くて可愛い女の子ってだけで評価はいいし、異能力使えるって分かったから、そっちの方でも人気になれると思うよ」
平然と話す卯ノ花を見て、あかりは卯ノ花の目的が十中八九自分の誘拐であり、同時に自分に命の危機が迫っていることを悟る。
人身売買、臓器売買、人体実験。誘拐されたらどうなるのか。
起こり得るであろう最悪の未来がいくつもあかりの中で駆け巡っていく。
(どうしよう……でも、ここは逃げなきゃ!)
なぜ自分が標的になったのかは分からないが、まずはこの場から逃げる方が先なのは間違いない。
そう考えたあかりは、向かってくる卯ノ花を魔力の放出で押し返す。
この状況でも適切な力でケガをさせることなく止められたのは、あかりの実力によるものだった。
卯ノ花が後方に押し出されてひるんだ隙に、あかりは後ろにある非常階段と書かれた扉へ走った。
空になったペットボトルを思わず落としてしまうが、今はそれを気にしている暇はあかりにはなかった。
中に入り急いで鍵を閉めようとするが、追いついた卯ノ花がそれをさせまいと扉を掴む。
下に降りれば何とかなると階段を横目で見たあかりは、その光景に目を見開いた。
(なんで、階段が塞がれてるの!?)
下のフロアに続く階段には、立ち入り禁止の看板と鎖が誰も通らせないと言わんばかりに立ちはだかっていた。
偶然か、それとも卯ノ花が予め仕組んだことなのか。
扉を押さえつけながらあかりは混乱している頭で必死に考える。
あかりと卯ノ花のせめぎ合う力は同じくらいだが、あかりがやや劣勢だった。
あかりは意を決して扉を離し、牽制の意を込めて卯ノ花に向かって魔力を放ち、非常階段を駆け上がった。
* * * * *
「先輩、懐中電灯借りてきました!」
同時刻。
八尋と恭平が借りてきた懐中電灯でロビーを照らす。
八尋たちは一旦全員集合し、新橋の指示があるまでロビーで待機していた。
ロビーはガラス張りの壁ということもあり、日の光のおかげでお互いの顔が確認できるくらいには明るかった。
「そしたら、僕は会場内と楽屋の確認をしてきます。指示があるまでここで待っていてください」
「ちょっと」
新橋が離れようとしたそのとき、エリナが新橋を呼び止める。
「あたしたちがいるんだから割り振ってください。現場の責任者が動いちゃダメです」
「スタッフの方の安全も確保しなければならないですし、まずは僕が行ってきます。そのあとに指示を飛ばすので、待機していてください」
普段なら黙って待っているだろうエリナが新橋に詰め寄って尋ねているのを見て、八尋たちはただならぬ雰囲気を感じ取った。
しかし、誠が新橋に迫るエリナを制す。
「紫筑、新橋さんも仕事なんだから大人しくしてろ」
「黙ってて。じゃあはっきり言うけど、昨日からこそこそなにかやってるのは、なにが目的?」
エリナは新橋を強く睨みつける。
なにを言っているんだ、と八尋たちはエリナと新橋を交互に見る。
すると新橋は、エリナと目を合わせてふぅ、と小さく息を吐いた。
「紫筑さんだっけ、きっと頭いいんだろうね。そこまで気がついてたなんて、素晴らしい観察力だよ」
落ち着いているが、どこかただならぬ雰囲気が漂う新橋に、八尋たちは思わず身構える。
やっぱりと言いたげなエリナを見て、新橋はうれしそうに笑う。
「これに気がついてたらもっとすごかったのに」
新橋がポケットからスマホを取り出して触ったその瞬間、フロアに爆風が広がった。
* * * * *
「ここにいる皆さーん! ちょっと中でトラブルがあったので、開場まで少し待っててくださーい!」
会場入り口。
停電の復旧のために土屋は貴一とともに電気室に向かい、それまで涼香と凌牙で入り口の一般客の対応をしていた。
涼香の呼びかけと良識のある一般客のおかげで、入り口では文句を言われることも暴動が起こることもなかった。
「ちょっとぉ、凌ちゃんも仕事してよっ」
「うっせぇ。めんどくさい仕事投げやがって」
「停電が直ればきーちゃん先輩も戻ってくると思うし、それまでの辛抱だって」
凌牙は分かりやすく舌打ちをして、会場の入り口で腕を組んで寄りかかる。
どこかにいなくならないあたり、根は真面なんだと涼香は笑い、新しく来た客に声をかけて状況を説明していく。
するとドン、と会場から聞きなれない音が聞こえた。
涼香が音のした方を見上げると、窓ガラスが割れて涼香たちに降り注ごうとしていた。
(あ、これはちょっとやばいかも?)
涼香は考えると同時に体が動き、一般客の前に出て自身の異能力である《剣》を具現化させる。
しかし、涼香の異能力で防ごうにも、多方向に降り注ぐガラスの破片を払うのは不可能に近かった。
多方面から悲鳴が上がり、その場にうずくまる者や慌てて逃げ出そうとする者で入り口がごった返す。
その時、頭上に巨大なバリアのようなものが張られ、涼香と凌牙、一般客を含めた全員がそれに守られる。
パラパラとバリアを跳ね返り、ガラスの破片が地面に散らばった。
「やっほー、ケガない?」
「桃姫のお兄さん!」
バリアは柊の異能力によるもので、涼香が驚いて声を上げる。
そこにいたのが星野柊だと気がついた一般客がざわつき始めた。
「あれ、星野柊?」
「嘘、本物!?」
先ほどまでのパニックが嘘のように、全員の視線が柊に向いていた。
「今日は関係者席でこっそり応援の予定だったんだけど、それどころじゃないみたいだね」
「そうなんですよー。ただでさえやばいのに、今のでやばさが最高潮になりました」
涼香がやれやれと肩をすくめる。
柊は会場といまだざわついている一般客の方を見て、状況を把握していく。
「まずは周りの人を安全なところに避難させよう。俺も新人だけど、一応守護者だから任せてよ」
「なんと! それは心強いですねっ」
「そっちの子は動けそうだし、またなにかあったときに働いてもらおう」
「そうですね! 凌ちゃんもすごい人なので!」
そう言って笑う涼香に凌牙は反論せず、三人は一般客の誘導を始めた。
* * * * *
あかりは扉を開けて急いで鍵を閉める。
あれから途中のフロアへ逃げこもうとしたが、扉は全て塞がれており、屋上までただ階段を昇ることしかできなかった。
途中に爆発音も聞こえ、ただならぬことが起こっているのだと、あかりは手を震えさせながら状況を整理する。
(ここから更に逃げるには飛び降りる……ううん、そんなことしたら怪我じゃ済まない……)
屋上からの逃げ道は今来た非常階段しかなく、あかりはどこから逃げられる場所はないかと辺りを見回す。
その間にも鍵を回すガチャガチャという音が鳴り続け、いつ扉を開けられるか分からない恐怖と闘っていた。
卯ノ花が諦めてくれるかとあかりは願ったが、執拗に鳴り続ける音が意地でもあかりを連れて行こうしているのだと伝わってきた。
(私の異能力でどこまでできるか分からないけど、卯ノ花さんを動けなくさせることはできるはず……!)
誰も来てくれないから一人で頑張るしかない、そうすればこの扉から逃げられるはず。
あかりは決心し、扉から離れて卯ノ花を待ち構えた。
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