第17話 原動力

 あかりの出演するファッションショー前日。

 警備の打ち合わせは直接イベント会場で行うらしく、八尋たちは授業終わりに会場へ向かった。

 今回のショーは規模としては中規模だが、有名なモデルが数人出るために取材が入ると八尋は前日に誠から話を聞いていた。

 八尋たちが会場の入り口に着くと、そこに立っていた二人組の男性に誠が声をかける。


「はじめまして。今日と明日お世話になる、月城学園高等部生徒会長の緑橋です。よろしくお願いします」

「はじめまして、新橋しんばしです。今日と明日はよろしくお願いします。警備スタッフといってもトラブルがあったときに動くだけなので、基本的に持ち場に立ってるだけになるかもしれません」


 新橋と名乗った男性がにこやかに話しかける。

 成人は過ぎているはずだが、誠や貴一と変わらないくらいには若く見える顔つきだった。


土屋つちやと言います。よろしくお願いします。ただ、明日は関係者以外にも多数の一般客が来場予定なので、トラブル対応で動いてもらう可能性が高いですね」


 新橋の隣にいた、土屋という三十路ほどの守護者も続けて自己紹介をする。

 学外活動と言っても事件や事故が簡単に起こるわけはないし、警備というのもすぐ終わるだろうと八尋は頭の片隅で考えていた。


「では控え室に荷物を置いてもらって、早速会場の案内から始めます」


 土屋からスタッフパスを渡されて中に入ると、会場内ではたくさんのスタッフがせわしなく仕込みをしていた。

 荷物を置いて会場の設備と避難経路の確認、明日の大まかな流れを説明された。

 八尋たちは誠から担当する場所は事前に伝えられており、会場の入り口に涼香と貴一と凌牙、ロビーに恭平と誠、会場内に八尋とエリナが割り振られていた。

 入り口担当の三人は土屋と現場を確認しながら打ち合わせをするためにエレベーターで降りて行き、残った八尋たちは新橋とそのままロビーで打ち合わせを行う。


「皆さんは当日割り振られたところで、異常がないか見てもらう形になります。僕はロビーと会場内を行き来しているので、なにかあればすぐに僕に伝えてください」


 新橋は慣れた様子で八尋たちに説明と打ち合わせを進めていく。

 すると、十八時からオンタイムでリハーサルというスタッフの声がロビーにまで響いてきた。


「今日このあとは特に動きはないので、リハーサルを見てきても大丈夫ですよ」


 新橋に勧められ、八尋たちは会場の中に入っていった。

 中は数百人規模の広さで、スタッフや関係者がちらほらと椅子に座っていたり、壁際に固まって話し込んでいた。

 八尋は学生がいていいのか、となんとなく居心地が悪いように感じていたが、恭平や誠は一切気にする素振りを見せず、端の空いていた席に座る。

 八尋は恭平に半ば無理やり隣に座らされ、リハーサルが始まるまで会場の中を落ち着かない様子で眺めていた。


「始まるっぽいな」

「楽しみっすね」


 ショーの始まるを告げる音楽が流れて照明が落ち、時間通りにファッションショーのリハーサルが始まった。


(そういえば、桃園さんからはファッションショーとしか聞いてなかったけど、どんな感じなんだろ)


 普段服を買ったりすることはあれど、ファッションショーというものがどんな感じなのか、八尋はあまりイメージがついていなかった。

 ショーが始まり、ドレスを着たモデルが出てきたことからブライダル関係なのかと八尋は理解する。自分には無縁だと八尋は思いつつも、出てくるモデルたちの歩き方やドレスを見て女の子はこういうのに憧れるのかな、とぼんやり考えていた。

 可愛らしい音楽が流れている中、ショーの後半にあかりが登場した。

 ピンクを基調としたミニドレスはレース素材と花で彩られ、可愛らしさの中にも華やかさが現れていた。ヘアスタイルはいつもと違ってアップにしてまとめており、さらに小さなティアラをつけていた。

 歩き方や表現など本職のモデルには敵わなくとも、外見や愛嬌が全てをカバーしており、アマチュアの高校生にしては十分すぎるレベルだった。


「桃園さん、綺麗……」


 幸い八尋のその言葉は会場内の音楽にかき消され、横にいる恭平に聞こえてはいなかった。

 あかりが舞台に立っていた一分もない短い時間、八尋はすっかりあかりに心を奪われていた。

 その後は滞りなくリハーサルは進み、帰る支度をする中で八尋と恭平はショーの余韻に浸っていた。


「なんかすごかったな……」

「うん、あそこだけ別世界だった……」


 ロビーでエレベーターを待っていると、八尋と恭平を呼ぶ声が聞こえた。

 何事かと振り返ると、あかりが楽屋の方から走ってきていた。

 荷物も持って制服に着替えていたが、髪型はリハーサルの時と同じ、アップスタイルのままだった。


「桃園さん! リハーサルお疲れ様」

「赤坂くんたちもお疲れ様。私も解散したから一緒に帰っていい?」


 本番用のメイクをしているせいもあるのか、近くで見るあかりはいつもより可愛さが増している、と八尋は思った。

 すると、恭平がかばんからあるものを取り出してあかりに渡す。


「これ、俺と八尋から。朝コンビニで買ったから味気ないんだけど」


 笑いながら恭平があかりに渡したものはオレンジジュースだった。

 それは少し小さめのボトルで、コンビニで売っているものにしては洗練されているデザインで、最近CMでも話題になっている商品だった。

 オレンジジュースを受け取るあかりに、八尋が言いにくそうに口を開く。


「桃園さん、甘いもの好きなのに我慢してるって言ってたから、オレンジジュースなら大丈夫かなって」

「……やっぱり無糖のカフェオレの方がお洒落だったろ」

「最初栄養ドリンクとか言ってたの誰だよ」

「八尋もスムージーとか言ってたくせに」


 八尋と恭平が言い争う間で、あかりはコンビニで二人が飲み物を選んでいる光景を想像する。

 目の前のやり取りのようにあれこれ話しながら決めてくれたのだろう、とあかりは嬉しそうにボトルをギュッと握りしめる。


「二人とも、ありがとう」


 八尋たちがエレベーターを出ると、先に一階に降りていたエリナから声をかけられる。


「赤坂」

「紫筑先輩?」

「少し話があるんだけど、このあと少しいい?」


 告白かにゃ、と隣にいた涼香がエリナをいじるが、エリナはそれを無視していいよね、と八尋に念を押す。


「長く話すつもりはないから」


 トドメとばかりにそう言われ、断る選択肢がなさそうだと悟った八尋は小さく頷く。

 恭平とあかりに先に駅に行っててと伝え、エリナも野次馬をしようとしていた涼香と凌牙を半ば無理矢理帰らせた。

 会場を出ると外は既に暗くなっており、春らしい独特の生暖かい風が八尋とエリナを包む。

 恭平たちの集団とかなり距離が離れた頃、エリナが八尋に尋ねた。


「単刀直入に聞く。あんた、黒十字会って知ってる?」

「黒十字会、ですか?」


 聴いたことも心当たりもない名前に、八尋は首を傾げる。


「すみません、俺は聞いたことないんですけど、なにかの団体ですか?」

「……知らないならいい。忘れて」


 その間がなにを意味するのか八尋は分からなかったが、それがエリナにとって大事なことなのだということだけは伝わった。

 それがなにかと聞こうとしたが、無言でなにかを考えているエリナに向けて聞くことはできず、代わりに別の質問を投げかける。


「あの、紫筑先輩は何で守護者を目指してるんですか?」

「自分が強いってことを証明するため」

「……えっと?」

「なにも暴走族みたいに暴れようなんて考えてないけど」


 不良とか暴走族ですか、とエリナに聞こうとしたが、それも見透かされており八尋は口籠る。

 とっさに口から出た質問だったが、それも全く予想していない答えが出てきたためにどう返すべきかと悩みつつも、八尋は無難とも言える返事をする。


「もう充分強いと思うんですけど……」

「それは他人からの評価でしょ。あたしは自分が一度も強いと思ったことはない」

「そうなんですか?」

「人と少し違う異能力を持ってるけど、それも特別だと思ったことはない。たまたまあたしがふたつの異能力を持ってるだけ」


 エリナが立ち止まるとちょうど街灯に照らされ、スポットライトのように八尋の目に映る。


「周りみたいに守護者になって国を守りたいとか、人を助けたいとかは考えてない。あたしは自分自身と、この異能力と向き合うために守護者になる。だから守護者になることはあたしの中で過程にすぎない」


 目先の目標どころか遥か先を見ているエリナに、なにがあってそんな考えになれるのかと八尋は言葉が出なかった。

 そんな八尋の考えを見透かしたのか、エリナがじろっと睨む。


「あたしの話するために残ったんじゃないんだけど」

「す、すみません! ちょっと聞きたくなって!」


 焦る八尋に「まぁいいけど」とエリナはため息をつく。

 怒られずに済んだと八尋がほっとしている間もなく、エリナから八尋に質問が飛んできた。


「そういう赤坂は、なんで守護者になりたいの?」

「それは……俺もよく分かってないです」

「は? なんで月城来たの?」


 エリナの至極当然な反応に八尋はなにも言い返せなかった。

 しかし、言ってしまった手前なにかしら返さないとと思い、とにかく頭に浮かんだことを話していった。


「父親は守護者なんですけど、別になれって言われたわけでもなくて。恭平に月城受けてみたらって言われて受けたら受かっちゃったんです。入ったら目標も見つかるかなって思ってたんですけど、まだ全然で……」


 エリナはなにも返さず、八尋はしどろもどろになりながらも話を続ける。


「で、でも今は自分の異能力も分かってきたし、恭平とトレーニングルームで特訓したりしてて。そこから理由も見つけられるかなー……なんて思ったりしてます」


 先程のエリナの話を聞いて、はっきりしていない自分の話をするのは迷ったが、最近あったことも話したから大丈夫だろうと八尋は自分に言い聞かせる。

 どう返されるのか不安になっていたが、エリナから返ってきたのはただ一言だけだった。


「覚悟が足りない」


 ただ一言、それだけがエリナから冷たく返ってきた。


「え、それってどういう……」

「そこまで教えるほどあたしは優しくない」


 八尋が聞こうとしても呆れたようにため息を吐き、エリナはすたすたと先を歩いていった。


「覚悟ってなんだよ……」


 先程までとは違い急にエリナから突き放された反応をされ、理解できずに悔しそうにつぶやいた八尋の言葉は、夜の春風にかき消されていった。

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