第16話 気丈夫

「そこで八尋のお父さんの背負い投げ! あれまじでかっこよかったんだよ!」


 昼休み。

 八尋と恭平、あかりでいつものように食堂でお昼を食べていた。

 恭平は先日のショッピングモールのことを興奮気味に話しており、あかりは恭平の話を楽しそうに聞いていた。


「赤坂くんのお父さんってすごいんだね」

「俺もそんなのできるって知らなかったからびっくりしたけどね」


 八尋はコンビニで買った紙パックのジュースを飲みながら答える。

 先日のことは八尋も知らず、あとから透に聞くと「昔少しだけ教わったことがあってね」と教えてもらっていた。


「桃園さんは最近どう? 本番のためのレッスンとかやってるの?」

「それがね……」


 八尋の問いに、あかりはプルプルと震えてうつむく。

 なにかいけないことを聞いてしまったかと八尋は焦るが、顔を上げたあかりは目を輝かせていた。


「すっごく楽しいの! 本番のためにレッスンを受けたり、お兄ちゃんの繋がりでプロのモデルさんの仕事を見学させてもらったりしたんだけど、私の知らない世界だからどれも勉強になることばっかり!」


 あかりは余程楽しかったのか、今までにあった出来事を八尋と恭平に嬉々として話し始めた。


「そんなすごいことを経験させてもらってるから、私ももっと頑張ろうって思ったの。選んでくれたお兄ちゃんにも恩返しもしたいなって」

「そうだったんだ。桃園さんが楽しそうでよかった」

「うん! それでね、最近モデルさんを見習って筋トレも始めたの」


 あかりは箸を置いて力こぶを作ってみせる。

 その表情は真剣だが、女子らしい華奢な腕に思わず八尋と恭平の顔が緩む。


「そうだ。今日って放課後空いてるかな? お兄ちゃんが赤坂くんと橙野くんに話があるんだって」

「俺は空いてるよ」

「俺も。でも桃園さんの兄貴が俺らに話って?」

「私も聞いたんだけど、あかりには内緒だって教えてくれなかったの」


 あかりはむくれながら、「お兄ちゃんに連絡しておくね」と柊に連絡をいれる。

 柊とはあかりの知り合いというくらいでほぼ接点がないのに、一体なにを話すことがあるのか。

 昼食をとりながら、八尋は柊に呼び出された理由をなんとなく考えていた。


「恭平、桃園さんのお兄さんが話って何だと思う?」

「分かんね。俺にもモデルやってほしいとか?」

「絶対にそれはない」

「さすがにすぐ否定されるのは泣くんだけど」


 放課後。

 正門で待っててほしいと柊から連絡が来たらしく、八尋と恭平は言われた通り正門で柊を待っていた。

 変なこと言われたらすぐ教えてねとあかりから念を押されていた。

 いつものようにくだらないやりとりをしていると、八尋たちの背後から声をかけられる。


「やっほー。この前ぶり」


 柊がさわやかな笑顔を二人に向ける。

 以前会ったときとは違って眼鏡をかけて帽子を被り、変装していますと言わんばかりの外見だった。

 だが変装をしていても隠しきれていない柊のキラキラしたオーラが、通りすがりの女子生徒や通行人を振り向かせていた。


「お久しぶりです。あの、俺たちに話ってなんですか?」

「二人にしか話せないこと。駅の裏に俺がよく通ってた喫茶店があるから、そこで話そっか」


 鼻歌を歌いながら歩く柊に、八尋と恭平は黙って柊のあとをついていく。


「着いた着いた。まだ残っててよかったなー。いつもお客さん全然いないし、話すにはぴったりだよ」


 外観はレトロな雰囲気で、高校生である八尋たちはあまり立ち寄らなさそうな雰囲気だった。

 中に入ると、そこはまさに純喫茶といった内装で席数も多くなく、店内には落ち着いたジャズが静かに流れていた。

 ちょうどいた客と入れ替わりで一番奥の席に案内され、店内には八尋たちのみの貸切状態になる。

 約束していたはずのあかりより、なぜ先に柊とカフェに来ているのか。

 八尋は頭の中で悶々と考えていたが、メニューにあるケーキセットという文字にあっという間に目を奪われた。

 八尋と恭平はケーキセット、柊はブラックコーヒーを注文し、柊は早速二人に話を始めた。


「今日はわざわざありがとう。予定とかなかった?」

「大丈夫です。それより、桃園さんのお兄さんが俺たちに話ってなんですか?」

「うん、君たちにお礼が言いたくて」


 柊にお礼なんてされるようなことをしたかと、八尋と恭平は顔を見合わせる。

 その様子が面白かったのか、柊はあかりに似た笑顔を八尋たちに向ける。


「だって君たち、あかりと一番仲いいでしょ?」


 この前あかりと一緒にいたもんねと柊は言う。

 あのとき一緒にいたからと言って、あかりと一番仲がいいという結論に至るのだろうか。

 女子生徒と仲がいいなら理解できると八尋は疑問に思ったが、それは柊の言葉ですぐに解決した。


「同級生の男の子と仲良くしてるってあかりから聞いてるからね。赤坂くんと橙野くんだよね。あかりと仲よくくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ桃園さんと仲よくしてもらってうれしいです」

「よかった。あかり、俺のせいで友達少ないから」


 あかりが柊にそんなことを話していたのかと八尋と恭平がよろこんだのも束の間、柊の衝撃的な言葉に二人の表情が固まった。

 柊もその反応になるのは分かっていたのか、返事を待たずに話を続ける。


「周りがあかりに嫉妬してたせいもあるのかな。あかりが入学したのが俺が高等部二年のときで、そのとき俺はもう生徒会にいて、モデルの仕事もやってたんだよね」

「たしかに、入学したときに星野柊がいるって噂になりました」

「そうそう。それもあって、あかりが入学したときは桃園の妹が入学したって話題になったんだよね」


 柊が話している間に、ケーキやコーヒーがテーブルに置かれる。

 話を聞こうと手をつけない二人に、柊は気にせず食べるように促す。


「それだけならよかったんだけど、あかりがどんな子か気になって、いろんな奴が中等部に押しかけたりしたんだよね」


 柊はコーヒーを一口飲む。

 今現在もそうだが、あかりは高嶺の花であり学年主席の才女であり、誰からも一目置かれる存在になのは間違いなかった。

 しかし、恭平やあかりから中等部時代のそんな話は聞いたことがなく、八尋はケーキを食べる手が進まなかった。


「あと、あかりは俺を真似してたから異能力もそれなりに使えてたんだよね。話題性もあってかわいくて、そしたら周りからどう思われるかは分かるよね」

「つまり……いじめられてたってことですか?」


 八尋の問いに柊はうなずく。


「軽く無視されてた程度ってあかりは言ってるけどね。入学したときから先輩に絡まれて、男子からはモテて、女子は俺と仲よくなりたくて話しかける子か嫉妬する子。そんなの誰とも仲よくなる気なくすよね」

「……なんか後出しみたいで恥ずかしいっすけど、そんな奴らと一緒に思われたくなくて、俺は毎日桃園さんに話しかけに行ってました」

「うん、それもあかりから聞いてるよ」


 入学式にあかりが言っていたのを思い出す。


「あかりも最初は気にしてたけど、次第にそれも割り切って勉強に専念したからね。テストで一位を取り続けてたら、誰も文句言わなくなるって思ったんじゃないかな」


 あかりにそんな過去があったとは知らなかったと、八尋はあかりの顔を思い浮かべながらようやくケーキの一口目を食べる。


「あかりも負けず嫌いだからね。やられっぱなしは嫌だったんだろうね」


 その言葉に、八尋はケーキを飲み込んで繰り返す。


「桃園さんが負けず嫌い?」

「そうだよ。小さい頃からお転婆で、俺となんでも張り合おうとしてたんだから。あかりがただのか弱い女の子だと思ってたら大間違いだよ」


 入学式に初めて会った頃はおとなしく落ち着いたイメージを抱いていて、今は年相応の明るい可憐な少女というのが八尋のあかりに対する印象だった。

 しかしお転婆で負けず嫌いと言われ、想像がつかない八尋はひとり頭を悩ませる。

 恭平も八尋と同じことを考えていたらしく、「お転婆……張り合う……?」と難しい顔をして考え込んでいた。


「なにかと不器用な妹だけど、これからも仲よくしてくれるとうれしいな」


 コーヒーを飲み終わった柊は伝票を持って立ち上がる。


「付き合ってくれたお礼に、二人の分も払っておくね」

「いえ、自分の分は払います!」

「いつか俺より有名になったときに俺の分も払ってよ」


 柊に軽くあしらわれ、八尋たちはお礼を言うことしかできなかった。

 ケーキを食べ終えて喫茶店を出ると、柊は「そうだった」とにこやかな笑顔を浮かべて振り返る。


「君たちがあかりをどう思ってるか知らないけど、あかりは全人類の中で一番かわいいから誰にも渡さないよ」


 さわやかだが少し低い声色に、八尋と恭平は冷や汗をかきながら「はい」と一言だけ返した。

 柊と別れて電車に乗り、最寄り駅の改札を出たところで八尋が立ち止まる。


「恭平」

「なに?」

「明日から毎日トレーニングルーム行こう」

「お前、いきなりなに言って――」


 突然言われた言葉に茶化そうとして恭平は振り返るが、八尋の表情は真剣だった。

 恭平は立ち止まり、八尋につられて真剣な表情を見せる。


「いきなりどうした?」

「桃園さんのお兄さんの話を聞いて、桃園さんはすごく努力してきたのに、俺がたいして努力してないのが恥ずかしくなってきた。だから、少しでも桃園さんに追いつきたくて」


 今ある実力差は簡単に埋められるものではない。

 しかし柊の話を聞いて、ただぼんやりと学生生活を送るわけにはいかない。今からでもあかりに追いつきたい。

 その考えが伝わったのか、恭平は八尋の肩を組んで笑う。


「実は俺もちょっと思ってた。バイトないときでよければいつでも付き合うよ」


 そしてその翌日から、あかりに内緒で二人で秘密のトレーニングが始まった。

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