第15話 好奇心
週が変わって月曜日。
誠から生徒会でやることがあるために、八尋と恭平は放課後、正門に来てほしいと言われていた。
「桃園さんは用事でいない。でも俺たちは呼ばれた。なんだと思う?」
「先週の桃園さんのお兄さんが言ってた警備の手伝いのことかな」
八尋が言うと、恭平は「だよな」と納得したようにうなずく。
あかりは当日モデルで出演するため、警備の手伝いには関わらない。
しかし、生徒会で呼ばれる用事などなにがあるのか。会場の下見に行くのだろうか。それとも他にやることがあるのか。
そんなことを考えながら八尋たちが正門に着くと、すでに生徒会のメンバーは全員揃っていた。
「よし、全員揃ったな。じゃあ行くか」
八尋たちは正門を抜けてぞろぞろと歩き出す。
なんの説明もなく歩き出した誠たちに、恭平は先頭を歩く誠を追いかけて尋ねた。
「先輩、どこ行くんすか?」
「……誠、お前言ってなかったのか」
恭平の質問を聞き逃さなかった貴一が、呆れたように誠を見る。
「そういえば二人には言ってなかったな。守護者協会日本支部に今から行くんだよ」
これを出しにな、と誠は持っていた白い封筒をピラピラと振る。
なにを出しに行くのか、八尋と恭平が首をかしげると、誠は封筒をかばんにしまいながら続けた。
「異能力特別使用許可証の申請だよ」
「申請なんてあるんですね」
「そう。本来守護者じゃないと異能力は使えないし、緊急の使用も特例以外認められない。それを、この期間だけは守護者じゃなくても異能力を使ってもいいですよって特別に許可してくれる書類」
「そうなんですか。そんなすごいものがあるんですね」
学生でただの警備の手伝いといえど、異能力を使用するにはそんな大層なものを提出する必要があるのかと、八尋は改めて異能力を使うことの重大さを思い知った。
「簡単に申請できるものではない。月城生ということと、校長先生が多方に話をつけてくれたおかげだ」
「あと面接があるからな」
面接、という単語に八尋と恭平はあわてる。
まさかそんなものがあるとは。対策など一切していないとあわてる二人に、誠は笑う。
「確認するための面接らしいし、落とされないから大丈夫だよ」
それを聞いて八尋はほっと
すると、八尋が一番後ろに凌牙がいることに気がつく。
八尋や恭平と同じく生徒会のメンバーではない凌牙だが、こういった活動に参加するのかと八尋は凌牙をちらりと見る。
「んだよ、見てんじゃねぇぞ」
「ほらほら後輩ちゃんに当たらなーい! 凌ちゃん、無理矢理連れてこられて機嫌悪いんだよねぇ」
「凌牙がめんどくさいって言ってるのに、あんたが引っ張って連れてきたからでしょ」
八尋が見ていたのがバレたらしく、凌牙は八尋をにらむ。
涼香がなだめる横で、エリナがなにも気にせずスマホをいじっていた。
誠も貴一も慣れているのか、その話題に特に触れることはなく、八尋と恭平がこの光景に慣れるには、まだ時間がかかりそうだった。
「ここが守護者協会か……」
守護者協会日本支部は都内の中心に位置する建物で、周りのビルより少しおしゃれなオフィスビルという外観だった。
日本で守護者になった者は自動的に協会に登録され、守護者に関する事項はすべて守護者協会内で管理されている。
守護者になった者は講習を受けるため、一度はこの建物に訪れる必要がある。
そしてそれ以外にも、異能力に関する相談所が併設されており、一般人がこの建物に訪れることもある。
「もっとすごいところを想像してたけど、見た感じ普通のビルなんだな」
「だよな。俺も小さいときに一度だけ親の仕事でついてきたことあるけど、意外と普通って感じでがっかりした記憶ある」
八尋と恭平がそんな話をしながら中に入ると、受付で話が進み、八尋たちは会議室のような場所に案内される。
まず誠が別室に呼び出され、戻ってきたあとは貴一、涼香、エリナ、凌牙、恭平と続き、最後に八尋が呼び出された。
「簡単なこと聞かれるだけだから落ち着けよ」
面接は八尋たちが待機していた部屋の隣でやっていたらしく、ノックをして中に入る。
そこにはスーツ姿の女性が座っており、八尋が入ると席に座るよう促す。
「はじめまして。守護者協会監査の
織部の言う通り、雑談に近い内容で面接は進められた。
書類を元にプロフィールの確認とサイン、自身の異能力についてどの程度の認識があるかの質疑応答、異能力特別許可証の説明など、織部が持つタブレットを介して説明された。
説明は丁寧だが注意事項も多く、その細かい内容に八尋は半分頭がパンクしていた。
「難しいこと言ってるけど、法律に則って使用すればなにも問題はないからね」
それから説明はひととおり終わり、面接も滞りなく終了した。
「説明はこれで以上になります。申請は問題なく通ると思うので、来週には許可証が学校に届くと思います。使用する当日まで大切に保管していてくださいね」
織部に一礼して八尋が部屋を出ると、小学生から中学生になるくらいの少年が立っていた。
真っ白い髪に真っ白い服、そして右目に眼帯をつけており、
誰か来て迷子になったのかと、八尋は少年に話しかける。
「君、迷子? 名前は?」
八尋に聞かれると、少年は小さくつぶやく。
「名前……
白銀と名乗ったその少年は、小走りで近くの階段を駆け降りて行った。
八尋が慌てて白銀を追いかけようとすると、待機していた部屋の扉が開いて誠が荷物を持って出てきた。
「赤坂、面接終わったか?」
「あ、はい。今終わりました」
「そしたら俺は受付で話をしてくるから、貴一たちと入り口で待ってて」
誠は先に受付へ向かい、八尋も会議室に荷物を取りに戻って貴一たちと入り口に向かう。
協会を出る際、白銀がいないかとフロアを気にして見渡したが、白銀の姿はどこにも見当たらなかった。
* * * * *
その日の夜。
八尋が自室で授業の復習をしていると、使っていた蛍光ペンのインクがなくなっていることに気がつく。
仕方ないから近くのコンビニに買いに行こうと準備をしていると、透から声をかけられた。
「八尋、どこか行くの?」
「蛍光ペンが出なくなったからコンビニで買ってくる」
「そしたらついでに駅前のスーパー行ってトマト買ってきて。買い忘れちゃってさ」
そう言って透は八尋に小銭を渡す。
八尋は乗り気ではなかったが、お釣りで好きなもの買っていいよという透の言葉に乗せられ、八尋は渋々お金を受け取った。
目的のものを買い、お釣りで少し値の張るアイスを買った八尋は、溶けないうちに急いで家に帰る。
その帰り道、八尋のマンションの前に見たことのある人物が立っていた。
どこかへ歩き出そうと歩き始めたため、急いで八尋が声をかける。
「あの!」
八尋が声をかけると、そこにいた人物は止まる。
それは以前、八尋が男子生徒たちにリンチされた際、八尋を助けた青年だった。
あの時と変わらず、どこにでもいそうな服装と、先日会った時と同じ仮面をつけていた。
「この前助けてくれた人ですよね。あの時はありがとうございました!」
ようやくお礼を言えたと喜ぶ八尋に、青年が口を開く。
「ケガはもう大丈夫?」
「はい。もうすっかり治りました。えっと、その……」
「あぁ、僕は……今は、
「赤坂八尋です。えっと、黒金さんは守護者なんですか?」
黒金と名乗ったその青年は、八尋の問いにゆっくりと首を横に振った。
表情は見ることはできなかったが、落ち着いた口調からいい人なのではと八尋は頭の片隅で考える。
「僕は守護者になれなかった。本当はなりたかったんだけどね」
守護者ではない一般人が異能力を使うことは法律違反になるため、あのとき助けてもらったことを学校側に伝えなくて良かったと八尋は校長の顔を思い出して冷や汗をかく。
そんな八尋を気にせず、黒金は八尋に忠告するように続けた。
「君は今はまだ分からないかもしれないけど、自分が信じる、守ると決めたら絶対に曲げないことだよ」
言っていることがいまいち理解できていない八尋は「はぁ」と気の抜けた返事をする。
黒金はさらになにか続けてようとしたが、代わりに八尋の手に持っていた袋を指さして言う。
「それ、早くしないと溶けちゃうよ」
「そうだった! それじゃあ、失礼します」
黒金に軽く会釈し、八尋は足早にマンションに入っていく。
そして黒金もまた、夜の暗闇に紛れるようにしてその場を去っていった。
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