第14話 寂寥感

 翌日、八尋と透は最寄りから数駅離れたところにあるショッピングモールに来ていた。

 そこはファッションから雑貨の店舗をはじめ、フードコートや映画館まで揃っている複合施設だった。

 休日の昼ということもあり、道中も施設内も人で溢れていた。

 まず昼食をとろうと決めた二人はハンバーガーショップに向かう。

 八尋はハンバーガーのセット、透はコーヒーを注文し、店内の空いていたボックス席に座る。

 朝からなにも食べていなかった八尋がメインであるバーガーにかぶりついていると、透はコーヒーを飲みながら八尋に尋ねる。


「八尋、もう好きな人とかできたのか?」


 透のあまりにも唐突な質問に、八尋はバーガーを飲みこみきれずに思いきりむせる。

 バーガーを吹き出さなかった自分を褒めてほしいと透を恨めしく思いつつ、八尋はせき込みながらなんとかバーガーを飲み込んだ。


「な、なにいきなり……」

「学校の話とか聞きたくて。この前聞いた仲よくなった人、桃園さんとかは?」

「桃園さんは……その、まだ仲よくなったばっかりだから」

「だから?」


 たどたどしい八尋の反応を楽しむ透は、父親というより同級生のそれに近かった。

 八尋はジュースをずずっと吸い込み、空になったコップを勢いよく机に置く。


「と、友達! 桃園さんとは友達だから!」

「そっかぁ。残念」


 透はしょぼんとした顔でポテトを一本口に入れる。

 あかりを女子として意識はしているが、好きかと言われたらなんとも言えないというのが今の八尋の答えだった。

 ようやく高校生活にも慣れ始めたのもあり、そこまで気が回っていないという方が正しいのかもしれなかった。

 これ以上あかりとのことを掘り下げられる前に、八尋はこの前の実技授業の話を持ち出す。


「そういえば、この前実技の授業をやったんだけど、銃って複雑な異能力なんだね」


 目をぱちくりさせる透に、なにかおかしいことを言っただろうかと八尋は焦る。

 しかし八尋の思いとは裏腹に、透は嬉しそうにまたポテトを一本口に入れた。


「まさか、八尋から異能力の話をされるなんてな」

「そりゃあ月城に通ってるんだから、俺だってそういう話もするよ」


 八尋に言われ、透はそうだよなぁと笑う。

 透自身も守護者であり、学生時代には異能力試験で常に成績優秀者だったと八尋は以前透から聞いていた。


「難しい異能力だろ。父さんも使いこなすには相当時間がかかったよ」

「やっぱり魔力が多くないと、使うのって難しい?」

「そんなことないよ。父さんも魔力は平均的だけど問題なく使えてるからね」


 中学時代に透と異能力の話をした時は異能力の説明や簡単な使い方など、初歩的な内容しか話していなかったことを八尋は思い出す。

 それが今は己の異能力を使いこなす、という本格的な話になったことに、八尋は内心嬉しくなっていた。

 そんな話をするうちに二人ともバーガーを食べ終わり、適当に服を見ようと店を出てエスカレーターを昇る。

 すると勢いよく走ってきた小学生くらいの少女がエスカレーターを昇ってきた八尋とぶつかる。


「ごめんね! 大丈夫!?」

「あ、八尋兄ちゃんだ!」

「寧々ちゃん?」


 八尋とぶつかった少女は、恭平の末の妹の寧々ねねだった。

 まさかこんなところに一人でいるなんてと八尋が驚いていると、バタバタと八尋たちに向かって何人かの足音が聞こえた。


「寧々! 勝手にどっか行くなって行っただろ……あれ、八尋?」


 その足音は恭平とその弟たちのものだった。

 八尋も恭平もまさかここで遭遇すると思っていなかったために、お互い顔を見合わせて驚く。


「こんにちは、恭平くん」

「うっす、入学式ぶりです! ほら聖也せいや美羽みう、寧々、挨拶しろ」


 恭平は透と挨拶を交わし、三人がペコリとお辞儀をする。

 小学校時代、八尋が恭平の家に遊びに行っていた頃はまだ全員小さく、寧々は生まれてまもなかったのを思い出す。

 いつの間にかこんなに成長していたのかと、八尋は高校生ながらも成長の速さに感動する。


「今日は恭平たちだけ?」

「そうそう。今度親が結婚記念日で、みんなでなにかあげようってプレゼント買いにきたんだよ」


 いつもなら家族全員でいるはずだが、兄妹しかいないのはそのためかと八尋は理解した。

 すると、聖也せいやが透に話しかける。


「八尋くんのお父さん、大人の人ってなにもらったら喜びますか?」

「そうだなぁ……もらったらなんでも嬉しいかな。みんなで考えて渡すプレゼントだから、きっとどんな物でも喜んでもらえるよ」


 透というアドバイスに弟たちは嬉しそうな顔に変わり、わいわいと自分の意見をぶつけ合う。


「じゃあさっき見たお花がいい!」

「寧々、この前折り紙で作ってたでしょ。おそろいのものあげようよ!」

「普段から使える方が喜ぶよ」


 弟たちの話し合っている姿はほほ笑ましく、八尋たちは黙って見守っていた。

 すると、美羽が八尋に声をかける。


「八尋兄ちゃん、一緒にプレゼント探そうよ」

「え、俺も?」

「うん!」

「こら、八尋たちは別の用事できてるんだからな」

「兄ちゃんも八尋兄ちゃんがいたら楽しいでしょ?」


 恭平は美羽を止めるが、美羽は楽しそうに八尋に「一緒に行こ?」とねだる。

 そんなことを言われては断れないと、八尋は恭平に言う。 


「俺は別にいいよ。父さん、いいよね」

「もちろん。恭平くんたちがよければ手伝わせてほしいな」


 そして、八尋たちも結婚記念日のプレゼント探しを手伝うことになった。

 モール内でカジュアルな雑貨屋を見つけ、弟たちが店の中に入っていく後ろで、恭平が八尋を呼び止める。


「ごめんな、俺たちの買い物に付き合わせて。せっかくお父さんとの休日だったのに」

「全然。これもこれで楽しいよ」

「兄ちゃーん! これ見てー!」

「はいはい、今行くよ」


 美羽が恭平を呼ぶ声に、恭平は店内に入っていく。

 相変わらずいいお兄ちゃんだと心の中で恭平を褒め、八尋も店内に入っていった。


「八尋兄ちゃんのパパって守護者なの? パパとママとおんなじだ!」

「うん。僕は普段は異能力を使う仕事じゃないけどね」


 プレゼントは全員が満場一致で賛成し、ワンポイントの刺繍があるタオルハンカチになった。

 こいつらが少ないお小遣いから出すんだし充分だろと恭平は会計をしながら笑っていた。

 かわいらしいラッピングをしてもらい、目的を終えた八尋たちは店を出る。

 寧々はこの短時間ですっかり透に懐いたらしく、べったりとくっついて両親や兄妹、学校のことを嬉しそうに話していた。


「無事にプレゼント決まってよかったね」

「喧嘩しなくてよかったよ。あとは手紙書きたいっていうから、それはまた帰ってからだな」


 恭平はやれやれといった顔をしつつもどこか嬉しそうな顔をしていた。

 穏やかで平和な時間が流れていたそのとき、遠くの方から女性の悲鳴に近い声が聞こえてきた。


「誰か! その人捕まえて!」


 八尋たちが振り返ると、マスクとサングラスをつけた男が八尋たちの方向に向かって走ってきていた。

 その男はひったくったらしい女性のかばんを持っていて、人混みを薙ぎ払う光景に周りの客もパニックになる。


「どけ! 邪魔だ!」

「八尋、恭平くん。ちょっと離れてて」


 向かってくる男はナイフを取り出しながら、周りを寄せ付けないように威嚇する。

 すると、透は男の前に出る。

 ナイフをすんでのところでかわし、男の体を掴んで綺麗な一本背負いを決める。そのまま透は男を取り押さえ、まもなくして警備員がやってきた。


「そんなのできるって聞いてないんだけど……」


 呆然とする八尋だったが、かばんを取り返した女性や、一部始終を見ていた周りの人から透は喝采を浴びていた。


「八尋の父さんすげーな!」

「ヒーローみたい!」


 恭平や弟たちからも賞賛され、八尋は透を改めて尊敬できる存在なのだと再認識した。

 それから恭平たちは先に家に帰り、八尋たちも服などを見てからショッピングモールを去り、夕飯もファミレスで適当に済ませてから帰路についた。

 風呂から上がって部屋着に着替えた八尋は、リビングにいるであろう透に声をかけた。


「父さん、風呂いいよ」


 八尋がリビングに行くと、今日の疲れなのか、それとも仕事の疲れが溜まっていたのか、透はリビングのテーブルに突っ伏して寝ていた。

 寝息を立てて眠る透を見て、八尋は今日のことを思い出す。


「結婚記念日か……」


 八尋は自分の母親に会ったことがない。というより、母親の顔も知らなかった。

 物心ついた頃には透が一人で八尋を育てており、自分に母親はいないと気がついたのは、八尋が幼稚園の頃だった。

 そしてまだ八尋が幼い頃、一度だけ透に尋ねたことがあった。


――俺にお母さんはいないの?


 八尋はなにも考えずに尋ねただけだったが、透は泣きながら八尋に謝り続けた。

 その透の姿が忘れられず、八尋はそこから母親のことは一切話題にしなくなった。

 元々顔も知らないし、今さら会ったところでなにもないだろうと八尋は思っていたが、恭平の家族や他の家族を見た時にうらやましいと思う気持ちはあった。

 ないものねだりなのは分かっているが、自分にはいない存在がいるというだけで、自分とは違うんだと八尋は思っていた。

 そして、仕事をしながら育ててくれた透に、八尋は感謝してもしきれなかった。

 しかしそれと同時に、そんな透に寂しいだなんて言えるはずもなく、誰にも言えない気持ちを幼い頃から我慢し続けていた。


「……風邪ひくよ」


 休みなのにわざわざ起こすのは忍びないと、八尋は寝室からブランケットを持ってきて透の背中にかけ、静かに自室に戻っていった。

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