第13話 有名人

 八尋が月城学園での生活もそれなりに慣れた、ある日の放課後。

 今日で部活の新入生歓迎期間が終わるため、八尋たちはその片付けのために生徒会に呼ばれていた。


「なんだかんだ、先週生徒会に行った以来だな」

「四月はあんまりやることがなかったみたいだから、これから忙しくなるかもね」


 あかりの言葉に八尋と恭平がうなずいていると、正門にやけに人が集まっていることに八尋は気がつく。

 部活の勧誘にしてはやけに女子が集まっているなと思うと、あかりが窓から身を乗り出し、正門の人だかりに向かって目を凝らす。


「桃園さん、どうしたの?」


 すると、あかりは突然歩いてきた廊下とは逆方向に走り出した。

 あかりが走り出すと思わず、八尋と恭平はあわててあかりを追いかける。

 生徒会室の鍵を取りに行っていたらしい誠と貴一の横を走り抜けながら、あかりは申し訳なさそうに叫ぶ。


「先輩すみません! 少し遅くなります!」

「すんません! 桃園さんについていくので遅れます!」

「えっと……桃園さんと恭平が心配なので遅れます!」


 廊下は走るなと貴一が言う前に八尋たちは走り去って行き、誠と貴一は八尋たちを呆然と見送った。

 あかりは流れるようなスピードで靴を履き替え、目的であろう正門に向かって走る。

 八尋と恭平が足の速いあかりを必死に追いかけて正門に着くと、そこでは誰かを中心に女子生徒の黄色い声が飛んでいた。

 明らかに部活の勧誘ではないと八尋も理解し、その中心には制服姿ではない青年が立っていた。

 青年が八尋たちの方に振り返ると、その青年を見て八尋は思わず声が漏れる。


星野ほしのしゅう……!?」


 星野柊。

 若い世代を中心にSNSで爆発的人気を誇っているモデルで、流行を積極的に追わない八尋でも知っている人物だった。

 まさかこんなところで柊に出会えると思わず、八尋のテンションが密かに上がる。

 モデルであることを象徴するような高身長と、絵画から抜け出たような顔立ちに、同じ男である八尋も思わず見惚れていた。

 八尋が柊を眺めていると、あかりは黄色い声をあげている人だかりに向かっていく。

 あかりも柊に興味があるのかとぼんやり考えていると、あかりは人混みを抜けて柊に声をかける。


「なにしてるの、お兄ちゃん!」

「あかり。講義終わったから来ちゃった」


 柊はあかりに気がつくと、今までの飾った笑顔とは違う素に近い表情をあかりに向けた。

 八尋はあかりが発した言葉を理解できず、その場で立ち尽くす。


「お兄ちゃん……?」

「星野柊って桃園さんの兄貴だよ。……言ってなかったっけ?」


 恭平が八尋を覗き込むと同時に、八尋の驚いた声が正門に響き渡った。


   * * * * *


「誠、やってるかー?」


 慣れた様子で柊は生徒会室に入り、八尋たちはそれ続いて生徒会室に入る。

 柊を見た誠と貴一は、思わぬ来訪者に驚いて椅子から立ち上がる。


「桃園先輩!?」

「なんの用ですか」

「なんだよ貴一、久しぶりに先輩に会ってその反応はないだろ」


 あからさまに嫌な顔をする貴一を気にせず、柊はほほ笑む。

 背後にキラキラしたオーラをまとう柊を見て、あかりと顔立ちは似てるなと八尋は誠たちと話す柊を遠巻きに見つめる。


「まこ先輩ときーちゃん先輩が一年の時に生徒会長だったから、あたしは被ってなかったんだよねー。そのときからある意味有名人だったけど」


 誠たちがあれこれ話しているのを見ながら、涼香が八尋たちに言う。

 あの星野柊があかりの兄で、しかも月城の卒業生であり生徒会長で、生徒会室と言う同じ空間にいることが八尋は未だに信じられなかった。

 懐かしそうに生徒会室を見渡し、涼香とエリナを交互に見て柊はうれしそうに誠にささやく。


「ねぇねぇ、今年の生徒会レベル高いね。顔で選んだ?」

「顔で選んでませんし、その言い方はやめてください」


 涼香もエリナも平均以上のルックスで、クラスにいたら間違いなくモテる部類に入る部類ではあった。

 それが聞こえていたらしい涼香は苦笑し、エリナはあからさまに嫌な顔をして柊を見る。

 柊はそれを全く気にせず、近くにあった椅子に座って誠と貴一に話し出す。


「今日来た理由なんだけど、生徒会で警備スタッフの仕事しない?」

「唐突ですね。なんの警備スタッフですか?」

「あかりが月末にファッションショー出るんだよね。守護者もいるから、それを手伝う学外活動としてどう?」

「今は校則も変わっているので、簡単に学外活動はできません」


 貴一にあっさり断られ、柊はしょんぼりとした顔でうつむく。

 そのためにここに来たのかと八尋が理解すると、柊はひらめいたように立ち上がる。


「じゃあ校長に言ってこよ。あの人、学校に利益になることそれっぽく言えば許可くれそうだし」


 誠と貴一が止める前に、柊は意気揚々と生徒会室を出ていく。

 柊がいなくなった生徒会室では、あかりが「自由な兄ですみません!」と必死に謝っていた。

 ふと八尋は、エリナの後ろに見慣れない生徒がいることに気がつく。

 それは入学式の模擬戦にいた男子生徒で、その視線に気がついた涼香が八尋たちに言う。


「そういえば、やっぴーたちは凌ちゃんと顔合わせるのは初めてだっけ。この人は灰谷はいたに凌牙りょうが。やっぴー達と同じ生徒会のサポートメンバーで、しづきんの彼ピ!」

「適当なこと言ってんじゃねぇぞ」


 凌牙は涼香をにらむが、涼香は「きゃー怖ーい」とまったく怖がる素振りを見せずに笑う。

 二人にとってはそれが日常茶飯事なのだろうが、八尋は凌牙の雰囲気から、いつキレるのか気が気でなかった。

 程なくして、柊がご機嫌な様子で生徒会室に戻ってきた。

 どうやら柊の思うような結果が出たのだろうと、八尋たちは柊の表情から察する。


「まさかすぐ許可してくれるなんて思わなかったよ」

「どんな手を使ったんですか」

「変なこと言ってないよ。月城の顔になる生徒会だから、実際の現場で守護者の仕事ぶりを見て学べば生徒のいい見本になるんじゃないって」


 口が回るのか、本当にそれを考えているのかは八尋には分からなかったが、学外活動ができる機会ができたことに内心喜んでいた。


「今度校長から話来ると思うからよろしくね。あとトレーニングルームも使っていいよって言われたんだけど、誰か暇な人いない?」

「どの流れでそうなったんですか」

「俺が使いたいって言ったら許可してくれた」

「今日は部活の新入生勧誘の片づけがあるので忙しいです」

「どうせ夕方まで動けないでしょ? 四月の生徒会は入学式以外暇なんだから、少しくらい大丈夫」


 わなわなと震える貴一に、昔は苦労してたんだろうとその場にいた全員が貴一に同情した。


「じゃあそういうことで。ついでに生徒会のみんなも来てよ」


 そして、八尋たちは柊とともにトレーニングルームに向かった。

 トレーニングルームに着くと、柊は手慣れた操作で部屋にあるタッチパネルを操作する。


「なにやる? 貴一決めていいよ」

「お任せします。どうせ俺が勝つので」

「言うねぇ。じゃあシューティングにしよっか」


 そう言って柊が設定すると、『トレーニングモード。開始』と部屋にアナウンスが流れる。

 貴一と柊が定位置につくとカウントダウンが始まり、二人の周りに防護壁が現れた。

 

「時間は一分間ね。ちなみに貴一の最高スコアは?」

「覚えていませんが、本気でやった時は一万は超えてます」


 貴一の言葉に柊がヒュウと口笛を吹く。

 アラームが鳴ると部屋中からランダムに的が現れ、貴一は自身の異能力である魔術、柊は魔法を駆使して的を狙っていく。

 その精度とスピードは速く、的が現れた瞬間には的は砕けて床に転がっていた。

 シューティングにはいくつか種類があり、今二人がやっているトレーニングはクレー射撃のように動く的を異能力を使って狙うものだった。

 一つ当たるごとに百点。その合計スコアで競う内容だと八尋の後ろから涼香が教えてくれた。


(桃園さんのお兄さんはまだしも、青山先輩は学生のレベルじゃないだろ……!)


 柊の異能力はあかりと同じ魔法らしく、的確に的を狙っていく。

 しかし、貴一はいくつかの種類の魔術を使いこなし、柊に負けないどころか、柊より早く的を破壊していた。


「一分間に六千点を超えたらS評価だったっけ。しづきんは何点だった?」

「忘れた」

「とか言って、学年一番なのは知ってるぞ〜」


 一万点を超えるということは、単純計算でも一秒につき二つ以上的に当たっていることになり、八尋は貴一のその才能に震えていた。

 以前、誠から貴一の才能に関して聞いてはいたが、貴一の異能力を目の当たりにした八尋は、ただ壊れていく的を目で追いかけることしかできなかった。


「八千点かぁ。もうちょっとできると思ったんだけど」

「久しぶりでそれなら十分だと思いますよ」

「ていうか、貴一手抜いた?」

「そういう先輩もですよね」


 貴一と柊はまったく疲れを見せず、スコアを見ながら会話をする。


「ずっと思ってたんだけど、ひとつずつ的を狙わなきゃいけないっていうのがめんどくさいよね。ルール変えないのこれ」

「精度を高める目的もあるので、そこはしかたないです」


 学年一位を獲る人物はもれなくおそろしい人ばかりだ、と貴一を見て八尋は心の中でそう思った。


   * * * * *


 柊が帰って生徒会の仕事も終えて帰宅する途中、透から連絡が入っていた。


『夕飯作る予定だったけど遅くなりそう。なにか作れそうならよろしく』


 八尋は『分かった』と返事をする。

 家について着替えると、早速夕飯の支度を始めた。

 冷蔵庫を開けると豚肉や野菜、必要最低限の調味料などが入っていた。


「野菜炒めでいいかな」


 献立を考え、八尋は冷蔵庫から材料を取り出して調理に取りかかる。

 八尋は仕事から疲れて帰ってきた透の負担を減らそうと、中学時代から少しずつ手伝いを始めていた。

 そのため、まだ完璧とは言えないものの、簡単な料理なら作れるようになっていた。

 それなりに料理ができてきた頃、透が帰宅する。


「ただいまー。お、野菜炒めだ」

「おかえり。味噌汁とかまだ作ってないからもう少し待ってて」


 八尋が味噌汁などを作っている間、着替えた透がテーブルに箸などを並べていく。

 完成した夕飯を透は美味しそうに食べながら、思い出したように八尋に話しかけた。


「八尋。明日父さん休みだし、どこか出かけないか?」

「いいね。俺も久しぶりに買い物したいかも」


 透の提案を八尋は快諾し、近くにあるショッピングモールに行くことになった。

 八尋はなにかいいものあれば買おうかなと考えながら、自分で作った野菜炒めに手をつけた。

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