第12話 到達点

「モデル!?」


 恭平の驚いた声が食堂のテラス席に響く。

 慌てて八尋が恭平の口を塞ぐが、他の生徒たちが八尋たちの方を見る。

 見られていることに気がついた八尋と恭平は笑ってごまかし、勢いよくあかりのに向き直る。

 あかりは野菜を小さくひと口食べ、食い気味な二人に驚きつつも、「そうなの」とにっこり笑う。


「ファッションショーにモデルとして出ないかって誘われてね。この間出ますって返事をしたところなの」


 昨日のあかりの様子からどんな話だろうと思っていたら、予想とはまた違うベクトルの話に、八尋も恭平も興味津々だった。

 むしろそれほどの容姿を持っていて、今までそういったものに関わっていなかったのか、と八尋は内心驚いていた。

 おそらくあかりは今までそういうものに興味はなかったのだろうと八尋はひとりで納得する。


「桃園さん、すごいじゃん!」

「でもプロとかじゃなくて、ショーの途中にある一般の枠なんだけどね」

「それでも十分すごいって!」


 八尋の横で昼食を食べる手を完全に止め、恭平はうれしそうな顔と声色であかりをベタ褒めする。


「もしかして、それが忙しくなるからまた今度ってこと?」

「ううん、それ自体はそんなに忙しいわけじゃないんだけど……その……」

「その?」

「だから、その、甘いもの食べたら太っちゃうから……」


 モデルさんってみんな痩せてるから、とあかりはだんだん声が小さくなり、それとともにあかりの顔がだんだんと赤くなる。

 耳まで赤いあかりの顔を見て、八尋と恭平の胸がキュンと締めつけられる。

 スタイルのいいあかりでもそんなことを気にするのかと、八尋は恥ずかしそうにうつむくあかりを見て考えていた。


「桃園さん痩せてるし、一日くらい食べても平気でしょ」

「違うの! 食べたら我慢できなくなっちゃうし、出るって決めたからにはちゃんとしようと思ってるの!」


 普通なら一日くらいと揺らぐものだが、八尋が思っている以上にあかりの意志は固かった。

 プロ顔負けの容姿とはいえど、あくまで一般人であるあかりがそこまで真剣に取り組むのは、あかり本来の真面目な性格からかと八尋は考える。

 まだ赤い頬を両手で押さえながら、あかりはぱっちりとした目で八尋と恭平を見つめた。


「私のわがままで月末まで延期になっちゃうんだけど、それでもいい?」

「桃園さんがそう決めたなら、俺たちのことは気にしないで」

「うんうん。何なら本番行って応援したいくらいだし!」


 上目遣いで問いかけるあかりに反対する理由もなく、二人は食い気味に快諾する。

 あかりも快く受け入れた八尋たちに「ありがとう」とほほ笑み、その表情にまた二人の胸がキュンと鳴る。

 ふと八尋は、あかりにモデルの話が来たきっかけが気になり、うれしそうにご飯を食べ進めるあかりに尋ねた。


「桃園さん、モデルの話はなにがきっかけだったの?」

「お兄ちゃんに誘われたの。お兄ちゃんの知り合いの人に、お兄ちゃんの周りでいい感じの子がいたら誘ってほしいって言われてたみたいなの」


 ファッションショーに関わるような人が兄だなんてと、八尋は深く考えずに感心して学食のカレーを一口食べた。


   * * * * *


「暇だなー」


 放課後、あかりは早速モデル関連の用事があると言って先に帰り、恭平はホームルームが終わったあとに八尋のクラスにやってきた。

 窓際のクラスメイトの椅子を借りてスマホをいじり、気だるそうにつぶやく。

 一方八尋は、明日の小テストのための予習をしており、単語帳を持ったまま恭平の後ろの席に座る。


「生徒会も今はそんなにやることないらしいし、俺ら実質帰宅部だろ」

「帰宅部だからな。ていうか、バイトするって言ってたのはどうなったんだよ」

「この前の日曜から始めて一昨日シフトだった」

「どこで働いてんの?」

「最寄りの裏にあるファミレス。あそこ」

「あそこか。今度行くからシフト教えて」


 スマホに視線を落として一切八尋を見ない会話は、慣れきった仲だからか気を遣わなくてよい相手だからなのか。

 八尋もそれを気にすることはなく、窓の外から聞こえるにぎやかな声に目を向ける。

 外では部活の勧誘のために多くの生徒でにぎわっており、部活ごとに張られているテントもお祭りのような雰囲気を醸し出していた。

 それはどこか楽しそうで、八尋はスマホをいじる恭平に話を振る。


「恭平、新歓見て回ろうよ」

「えー。八尋部活入らないって言っただろ」

「見るだけだよ。俺まだどんな部活あるのか知らないし、どうせ暇なんだろ」

「購買のパン一個」

「はいはい。じゃあ行くか」


 恭平を軽く受け流し、なかば引きずるように八尋は教室を出る。

 校舎を出てテントがある方へ向かおうとすると、八尋たちの見知った姿が真っ先に目に入った。


「あ、やっぴーにきょんたんだ。おひさ〜!」


 そこには制服の上にジャージを羽織り、首からプラカードとメガホンを下げた涼香が立っていた。

 プラカードには来たれテニス部、というポップな文字と活動日など、部活に関する情報が色鮮やかに書かれていた。


「黄崎先輩、テニス部なんすか?」

「実はそうなのだ! 生徒会がない時は基本参加してるよん」


 メガホンをガンガンと鳴らし、周りを歩く生徒に積極的に声をかけていく。

 八尋たちにも勧誘のチラシを渡し、涼香はその様子を見てふむふむと一人でうなずく。


「その様子だと、お二人は部活は入らない感じ?」

「そんなとこっすね。今日は八尋に付き合わされて新歓見にきただけなんで」

「にゃるほど。まぁ見るだけならタダだし、せっかくだから色々見て回ってみてね〜!」


 歩き出した八尋たちに向かって、「学生のうちは遊んだもん勝ちだぞー!」とメガホンを通した涼香の声が飛んできた。

 その後、恭平が新歓を見ることに消極的だった理由を八尋はなんとなく理解した。


「ねぇねぇ、サッカー部入らない? すぐエースになれるよ!」

「おい橙野、またバスケ部来いよ!」

「テニス部どうですか!? マネージャーでもいいんで!」


 部活のテントを通り過ぎるたびに運動部から勧誘され、しまいには人だかりが恭平の周りにできていた。

 完全に取り残された八尋は、外からその光景を見て心の中で恭平に謝る。

 恭平は平均より高い身長と、それなりに整った顔、そして運動もできるため、ビジュアル要員で部活にいてもプラスになるのは間違いなかった。

 そんな部員たちの目に見えないバトルが、恭平をそっちのけで繰り広げられていた。

 自分にあまり勧誘が来ないことを内心悔しく思いつつも、八尋は囲まれる恭平を眺めていた。


「あいつ、相変わらず人気者だな」


 恭平が囲まれている様子を見ながら、誠が八尋に声をかけた。

 その横には貴一が立っていて、恭平を中心にできている輪を無言でにらみつける。

 誠と貴一に気がついた人だかりは一瞬でなくなり、他の生徒への勧誘を再開し始めた。

 もみくちゃにされた恭平は髪と制服を整えながら、よろよろと八尋の元に戻る。


「ちっす先輩……先輩も部活の勧誘っすか?」

「俺は違うよ。剣道部だったけど会長になった時に辞めたし、貴一は元々帰宅部」

「それならなんでここにいるんすか?」

「新歓は見て分かる通り、校内の至るところで盛り上がっている。これに乗じて羽目を外している者がいないか、俺と誠で見回りをしている」


 貴一の雰囲気から覆面捜査官みたいだと八尋が思っていると、袴姿の男子生徒が誠のうしろから顔をのぞかせた。


「お前たちは新入生か。弓道部にどうだ?」

「悪いけど、この二人は生徒会のサポートメンバーになったから無理」


 八尋たちに声をかけたのは、入学式の時にエリナの入部を賭けて模擬戦をした弓道部の部長だった。

 誠と対等に話していることから同学年なのだろうと八尋が考えていると、恭平が弓道部部長に問いかける。


「あの、俺たち入学式の時に模擬戦を見てたんすけど、先輩ってなんで薙刀なのに弓道部にいるんすか?」

「やけに率直だな。そしてあの醜態を見られていたとは……。いや、それは今は置いておこう。弓道部にいるのはもちろん、月城に薙刀部がないからだ」


 当然のように答える弓道部部長に八尋たちは面食らうが、弓道部部長はその当時を懐かしむように続ける。


「俺も当初は、異能力である薙刀を鍛える目的で部活を探していた。しかし偶然弓道部の見学をした時に、あの張り詰めた緊張と空気感にすっかり魅了されてしまってな。そこからすっかり弓道部への入部を決めたんだ」

「嘘つくなよ。そのときいた先輩が好みのタイプだったからとか言ってただろ」

「なっ! そ、それもあるが、部活をやるのに異能力は関係ない、こだわらなくてもいいと教えてくれたのが一番だ!」


 弓道部部長は赤面しながら誠に反論する。

 どちらにせよ、部長としているくらいなのだから弓道の実力も間違いなくあるのだろうと、八尋は黙って誠との軽快なやりとりを眺めていた。


「あれこれ盛り上がるのはいいが、あの模擬戦は先生たちには黙認されていることを忘れないでほしい」


 貴一は弓道部部長に鋭い視線を送る。

 それを軽く流し、弓道部部長は八尋と恭平に向き直る。


「薙刀だけをやっていたら、視野が狭いままで成長できなかっただろう。お前たちも、ひとつのことだけにこだわらずにいろいろやってみるといい」


 そして、誠たちは再び見回りに戻っていった。

 新歓の波を抜け、八尋は振り返ってにぎわっているテントを見てポツリとつぶやく。


「なんか、みんなすごいな」

「急にどうした。悟り開いた?」

「桃園さんとか弓道部の部長とか、はっきりと何かを頑張ってる人ってすごくかっこいいなって思って。そう思うと、俺あんなに頑張ってきたような気がしなくて」


 中学時代に所属していたサッカー部も、月城学園に入ったのも、誰かに誘われたり勧められたからで、自分の意思だったのだろうかと八尋は不安になっていた。

 八尋は最近の出来事を思い出してどこかナーバスになっていた。

 たそがれている八尋を見て、恭平は八尋の前に立ち塞がる。


「ばーか」


 なぐさめるわけでもなく、恭平はストレートに八尋にその言葉をぶつける。

 同意してほしかったわけではないが、あまりにもオブラートに包まない言い方に八尋は反論しようとする。

 しかし、八尋の反論より早く恭平は続ける。


「なに終わったみたいな雰囲気出してんだよ。まだなにも始まってないのに」

「た、たしかにそうだけど……」

「深く考えすぎじゃね? 昨日だって自分の異能力のこと分かって喜んでただろ」


 いろいろ考えるのはいいことだけどと恭平は付け加える。

 恭平の言葉は意識的か無意識かは八尋には分からなかったが、そんな恭平に八尋は幼い頃から何度も救われていた。


「……今度購買のパン買うよ」

「まじで? じゃあお礼に牛乳買うから身長伸ばせよ」


 八尋は遠回しに感謝の気持ちを伝えると、恭平はそれを察することなくいつものように八尋をいじる。

 駅までの帰路、二人のくだらないいじり合いは続いた。

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