第11話 向上心②

「桃園先生! お願いします!」

「お願いします!」


 放課後。

 あかりが予約してくれたトレーニングルームに八尋たちは向かった。

 そこは八尋たちだけで使うには少し広すぎる部屋だったが、ここしか残っていなかったからとあかりは困ったように笑う。

 八尋たちは小さく真ん中に集まり、学年主席であるあかりが一体どんなことを教えてくれるのかと八尋は緊張する。


「こちらこそよろしくね。そしたら赤坂くん、橙野くん。武器の具現化をしてもらえる?」

「うん」

「おっけー」


 授業でやったことと全く同じだと、八尋は復習がてら意識を集中させる。

 数秒後、恭平の手には恭平の異能力である武器の『槍』が、そのあと少し遅れて八尋の手元に銃が現れた。

 授業より更に少し早く具現化できたのではと八尋が喜んでいると、笑顔で八尋たちに拍手をした。


「じゃあ次は、今の半分の時間でやってみて」

「半分!?」

「ほいほーい」


 八尋が銃を持って驚いている横で、恭平は異能力を解除し、一秒かかるくらいでまた槍をしれっと具現化させた。


「具現化はクラス一早いからな」


 と、恭平は槍を持って八尋にドヤ顔を向ける。

 当然のようにやってのけた恭平に八尋は驚きつつも、恭平に負けじと一秒でも早く具現化させてやると手に力を込めた。

 すると、八尋の手にはぐにゃりと形が曲がった銃らしきものが具現化され、恭平はそれを指差して笑う。


「やひっ……それ銃じゃねーだろ! うける、なんだよそれ!」

「わ、笑うなよ! 恭平と違って慣れてないんだから!」

「二人とも喧嘩しないで。赤坂くん、説明もしないでいきなりやらせてごめんね。これが異能力を使う上で一番大事なことだから、どうしても覚えておいてほしくて」


 恥ずかしくなったのか八尋は異能力を解除し、ツボに入ったのか未だに笑い続ける恭平をどついた。

 あかりは困ったように笑いながら、八尋と恭平のいがみ合いをなだめる。


「異能力を使うためには魔分子の具現化が必要だけど、ここで赤坂くんに問題。魔分子を具現化するのに必要なことってなんだと思う?」

「必要なこと……集中力とか魔力を一定にするとか?」

「そう。魔力を一定に保つことがとにかく必要なの。これはどの異能力にも共通することで、異能力を使うのが上手な人は、魔力を上手くコントロールできる人ってことなんだよ」


 あかりはかばんからノートとペンを取り出し、丸みを帯びたあかりのかわいらしい文字がノートに並んでいく。

 八尋はあかりと頭を突き合わせて話を聞いているために、あかりのふわりとした髪から香る甘い香りに気を取られそうになる。

 しかし今はそんな場合じゃない、と八尋は自分に喝を入れてあかりの話を聞く。


「今、赤坂くんが具現化に失敗したのは、例えば赤坂くんの魔力が百あったとして、十パーセントの力があれば具現化できるのに、二十とか三十くらい使っちゃったのが原因なの」

「それで銃があんな形になったってことか」

「そう。だから、魔力が適切じゃないと今みたいに具現化が失敗したり、魔法の暴発にも繋がっていくの」

「なるほど。ていうことは、具現化に必要な最低限の力だけで具現化できるようになればいいってこと?」

「そうそう、そういうこと」


 理解してもらえて嬉しかったのか、あかりは大きくうなずく。

 頭のいい人は説明も分かりやすいというがまさにその通りで、誰が聞いても理解できる説明だ、と八尋はただただ感心するばかりだった。


「赤坂くんは具現化自体はできてるから、コツを掴めばどんどん早く具現化できるようになると思うよ」


 ここまで嫌味のない明るい応援の言葉をかけられるあかりを八尋は心から尊敬し、同時にそんなあかりと一緒に授業を受けてられている恭平がうらやましい、と八尋は内心考えていた。


「それで八尋。昼に悩んでた的を貫通しない問題、解決できそう?」

「午後も考えたんだけど全然。クラスに銃を使う人はいないし、自分で考えるしかなさそう」

「銃使う先生っていないからな。似たような武器の人に相談するとか?」


 そこで八尋は、弓を使うエリナの顔がふと思い浮かんだ。

 しかし、あのエリナに教わることは怖くてできないし、そもそも人になにかを教えてくれるのだろうか、と八尋はその考えを打ち消した。

 そんな中、あかりはぽつりと小さくつぶやく。


「……もしかしたら、弾速が足りてないのかも」

「弾速?」


 八尋と恭平がきょとんとした顔をするが、あかりは話を続ける。


「ううん、私が今考えただけなんけどね。異能力って、魔分子の具現化ができたら操作が必要になるでしょ。だから、その操作の段階で上手くいってないのかも」


 ちょっと待っててね、とあかりはノートの一ページを破って簡単に折り、トレーニングルームの端にあった器具の上に置いた。

 それがなにをするためなのかさっぱり分からなかった八尋と恭平は、あかりの行動をその場から動かずに見守っていた。

 準備ができると、あかりは紙から十メートルほど離れ、そこに向かっててのひらを重ね合わせる。

 深呼吸をして紙を見据えたその瞬間、あかりのてのひらから一直線に閃光が飛んでいった。

 それは紙の中央に綺麗に当たり、当たった風圧で紙ははらはらと床に落ちていく。

 その光景に八尋と恭平は開いた口が塞がらず、あかりは八尋たちを見て我に返り、顔を赤く染めた。


「ご、ごめんね! 私だけ盛り上がっちゃって!」

「ううん。むしろすごすぎて何が起こったのか……」

「今のは魔法で出来ることの一つで、集めた魔力を放出したの。魔法は魔分子の操作だから、赤坂くんの異能力とは厳密には違うけど、撃つこと自体はこれに近いのかなって」


 あかりは紙を八尋たちに見せる。

 それは中央に丸く大きな穴が空いており、それを見て八尋と恭平は感嘆の声を上げる。

 するとあかりの持っていた紙を見て、恭平がハッとひらめいた顔をする、


「ということは、弾を撃つための魔力が少なかったから、撃っても威力がなかったってことか?」

「うん、もしかしたらそうかなって思って」

「つまり、具現化を維持したまま、撃つための魔力を別に保ち続ける必要がある……?」


 恭平とあかりに言われ、八尋の中で点と点が繋がった感覚がした。

 具現化するには安定した魔力が必要だが、授業の時は具現化することにしか頭になかったせいで、撃ち抜くほどの威力は出せなかった。そのためには撃つ弾にも魔力を注力する必要がある。

 しかし、撃つための魔力が具現化する力を上回ると、銃としての形を維持できなくなる。

 そのバランスを常にとり続ける必要があるのだと、八尋は今までの話を経て、頭の中で結論が出た。

 原因が分かったと同時に、自分の異能力が予想以上に複雑な仕組みで成り立っていたことを知り、八尋は声にならない声をあげて後ろに倒れ込む。


「待って、俺の能力複雑すぎ……」

「自分の異能力と向き合うことってあんまりないから、気がついただけですごい進歩だと思うよ」

「そうそう。逆にそれ使いこなせたらすげーじゃん」


 あかりと恭平が、脱力して倒れた八尋に声をかける。

 頭で理解できたところで、実際にやってできるか不安は生まれたが、知らずにやるよりはましだ、と八尋は奮起しガバッと起き上がる。


「よし、そしたら実際にやってみて――」

「すみませーん。次使うんでそろそろいいですかー?」


 他の生徒に声をかけられ、八尋たちは急いで片づけをしてトレーニングルームを出た。

 トレーニングルームの使用後は先生に報告するらしく、あかりはプリントに必要な項目を埋め、職員室に提出しに行った。

 昇降口で待ち合わせ、三人でいつものように駅まで一緒に帰る。


「赤坂くんのために来たのに、私ばっかり話してごめんね」

「全然! 俺の知らないことも知れたし、自分の異能力も分かったから勉強になったよ!」


 あかりの謝罪も気にならないくらい、八尋はテンションが上がっていた。

 それは身長も相まって新しいおもちゃを手に入れた子供のようだ、と恭平はいつものようにからかおうとしたが、今日ばかりは無粋だろうとやめ、八尋と一緒に元気よく肩を並べた。

 駅に着き、反対方向であるあかりと別れようとした時、あかりが言いにくそうに話を切り出した。


「赤坂くん、橙野くん。この前のカフェのことなんだけど……」

「俺のせいで行けなくなっちゃってごめんね」

「ううん、そうじゃなくて! それについて話があって、全然深刻じゃないんだけど……また明日話すね」


 いつになく歯切れの悪いあかりに、八尋と恭平は顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る