第8話 暗々裏
「赤坂、お前部活決まった?」
翌日、八尋が教室に行くと、八尋の席に柳が座って優征と話をしていた。
柳は八尋に席を譲りながら、先ほどの質問を投げかけた。
「俺は特に考えてないかな。深川は決めてるの?」
「俺はワンダーフォーゲル部が第一候補。名前からして面白そう」
「そんな部活あるんだ。なにするの?」
聞いたことのない名前に八尋が尋ねると、柳は部活一覧のパンフレットに軽くを目を通しながら言う。
「基本は山登りをするんだってさ。海老名も誘ったけど断られた」
「俺は運動得意じゃないから。入っても文化部とかにするつもり」
「まじかよ……誰か誘って入るかな」
八尋も部活は頭の片隅にはあったが、昨日生徒会のサポートメンバーになったために、その選択肢はすっかりなくなっていた。
始業のチャイムが鳴り、お昼に恭平とあかりにも部活のことを聞いてみようと、授業の準備をしながら八尋はぼんやりと考えていた。
* * * * *
「俺? バイトしようと思ってるから入らないつもり」
昼休み。
八尋と恭平、あかりは食堂で昼食を食べながら、八尋は朝の教室での話題を二人に振る。
恭平はコンビニで買った菓子パンを一口かじりながら、「どこで働くかは決めてないけどな」と続ける。
恭平は中等部のときはバスケ部に入っていて、八尋は思わず手を止めて恭平に尋ねる。
「恭平、バスケ部はいらないんだな。ていうかバイト始めるの?」
「そうそう。親も高等部まで通わせてくれてるから、今から少しでも親に楽させたくて。そんでバイトと生徒会の手伝いしたら部活する暇なさそうだし。バスケは休み時間でもできるからな」
恭平がそんなことまで考えていたとは思わず、八尋はあっけにとられていた。
知らない間に幼馴染が大きく成長しているのを知り、八尋はサンドイッチを食べていたあかりに尋ねる。
「桃園さんは、やっぱり生徒会があるから部活は入らない?」
「そうだね。生徒会が忙しくなって行けなくなったら先輩たちに迷惑がかかっちゃうし、まずは生徒会をがんばろうって思ってるよ」
あかりらしい考えに八尋はうんうんとうなずく。
そして菓子パンの最後の一口を食べ終わった恭平が、ゴミを丸めながら八尋に尋ねる。
「八尋は? 中学のときはサッカー部だったんだし、またサッカー部入れば?」
「そうなんだけど、月城じゃなかったら入ってたかな」
八尋は中学時代、友人に誘われてサッカー部に入っていた。
誘われて入った割には部員とも仲よくして、試合も合宿もそれなりに楽しんでいた。
しかし、異能力のための月城学園に入学したのに、わざわざサッカー部に入る理由も八尋にはなかった。
「あとは授業が忙しくなりそうだし、無理に入らなくてもいいかなって思って――」
「おいっすー! みんな元気ー?」
八尋の声をさえぎるくらいの軽快な声と共に現れたのは涼香だった。
涼香は手に持っていた紙パックのオレンジジュースをズズズッと吸い込み、さも当然のように空いていたひと席に座る。
生徒会のメンバーは昼食時に現れる決まりがあるのか。
八尋は思わずそう言いたくなったが、それより早く涼香はにこやかに話し始める。
「いやぁ、もう一週間が終わるねぇ。みんなどう? 生徒会に入ることになったけど、心境はいかが?」
「まさか俺らがサポートとはいえ、生徒会に入るとは思ってなかったっす」
「やっぴーときょんたんを入れるのは最初から決めてたらしいよ。みんなのアイドルの桃姫と一緒にいるなんて、絶対普通の人たちじゃないって」
涼香は話していたときの誠の様子が面白かったのか、思い出したようにケラケラと笑う。
それは褒められているのかけなされているのか。八尋と恭平は返事の代わりに乾いた笑いをこぼす。
「そのおかげか、今週のしづきんは機嫌がよくて涼香ちゃんうれしいよ」
「そうなんすか? 基本無表情な感じっすけど……」
エリナの表情は表に出るようなタイプではないし、口調からもむしろ常に不機嫌なのではないかと、八尋はここ数日間のエリナの様子を思い出す。
「ちっちっちっ。君たちはしづきんを知らないからそんなこと言えるのだよ。あたしのレベルになれば、喋らなくてもしづきんがなにを考えてるかなんてお見通しなのだ!」
涼香は八尋たちに向けてピースサインを向ける。
「やば、次移動だった! それじゃあまた来週〜!」
嵐のように過ぎ去った涼香を呆然と見送り、八尋たちも次の授業に備えて片付けを始める。
教室に着く頃、八尋はあかりに呼び止められる。
「明日の待ち合わせ時間決めたいから、また夜に連絡するね」
「うん、分かった」
「抜けがけすんなよ」
「するわけないだろ」
恭平に肩を強く掴まれ、やっぱり変わってないなと八尋は心の中で笑った。
* * * * *
放課後。
あかりも恭平も今日はちょうど予定があるらしく、八尋は久しぶりに一人で帰路につく。
今週は必ず誰かと帰宅していたために、会話のない帰り道に八尋は少し違和感を覚えていた。
(ついに明日か。楽しみだな)
涼香が言っていた通り、
誰もが憧れる存在のあかりと仲よくなり、まさか休日に出かけることになるなんて。
一週間前の自分に言っても信じられないだろうと八尋は内心笑う。
あかりからの連絡を楽しみしようと考えながら駅に向かっていると、うしろから声をかけられる。
「お兄さん、一人?」
そこにいたのは先日あかりに絡んでいた男子生徒たちで、それ以外にも数人の男子生徒がいた。
無理やり肩を組まれて逃げることもできず、八尋はこれから起こる嫌な予感を想像することしかできなかった。
「はーい、三発目〜」
バキッと鈍い音がして、八尋は壁に打ち付けられる。
八尋の頬は赤く腫れ上がっていて、その痛みが治まらないうちに、もう一人の男子生徒が横から蹴りを入れられる。
地面に投げ出され、八尋は思わずせき込む。
路地裏に連れて行かれてリンチという、漫画にありそうな状況をまさか自分が体験するとは八尋も思っていなかった。
呼吸をしようと必死に息を吸い込むが、背中から思い切り踏みつけられて苦悶の声をあげる。
「この前邪魔されて、まじでむかついたんだよね」
「せっかくあかりちゃんと仲よくしようとしてたのにな」
八尋の背中をぐりぐりと踏みつけながら、リーダー格らしい男子生徒が笑う。
「あれで、仲よくなれると思ったんですか……?」
その反論が気に入らなかったのか、勢いよく全身に水を浴びせられる。
それが魔術の『水』を使ったと理解するが、逃げることもできない八尋の制服はずぶ濡れになっていた。
「お前図星かよ。だせぇな」
「うるせぇ。俺より異能力使えねぇくせに調子乗ってるからだよ」
男子生徒は魔術の『雷』を具現化し、それが八尋に降り注ぐ。
威力はそれほどなかったが、水を浴びているせいで八尋の体に
声にならない叫び声を上げ、男子生徒たちの
守護者以外が異能力を使用するのは法律で禁止されていて、それが私用目的ならなおさらだった。
ここ最近の守護者の取り締まりで一番多いのも異能力による私闘であり、現在の社会問題の一つにもなっていた。
「今からゲームしようぜ。こいつを
「楽しそうじゃん。やるか」
男子生徒が地面に伏している八尋の腕を雑に掴み、壁にもたれさせる。
八尋は動かない体の代わりに頭を必死に回転させ、一つの結論にたどりつく。
(今なら、異能力を使っても許されるかな……?)
男子生徒たちは順番を決めていて、八尋のことは誰も見ていない。
誰かに一発でも撃てれば、この状況が変わるのではないか。
八尋は銃を具現化しようとするが、それより早く一人の男子生徒が武器を具現化する。
このままやられるわけにはいかない。
そう決めた八尋は、銃を具現化しようと集中する。
しかしその瞬間、リーダー格の男子生徒が横にあったゴミ溜まりに吹き飛ばされた。
「え……?」
自分は異能力を使っていないのに、なにが起こっているのか。
八尋が目の前の状況を理解できないまま、他の男たちも宙を舞う。
とまどう八尋の前に一人の青年が降り立った。
背丈は平均的で、どこにでもいそうな青年だった。
だが、ひとつだけ変わった点があるとすれば、青年が仮面を被っていることだった。
その仮面のせいで、青年の表情や顔は見ることができなかった。
(誰だ、守護者……?)
呆然とする八尋を見向きもせず、青年は『大鎌』を具現化し、次々と男子生徒に大鎌を当てていく。
男子生徒たちから血は流れておらず、急所に当てているだけだと、リーダー格の男子生徒が残されたところで八尋はようやく理解した。
「だ、誰だよお前……!」
おびえきった顔で言う男子生徒の問いに答えず、青年は無言で首元に大鎌を当てる。
ギラリと光る大鎌が光り、青年がまるで死神に見えた。
八尋は立ち上がることもできず、その光景を黙って見つめていた。
「こっちです! ここで喧嘩してます!」
路地に若い女性の声が響き渡る。
声のした方を見ると、女性と数人の警官がいた。
「君、動けるかい?」
警官が八尋に声をかける。
制服はずぶ濡れで、顔に殴られた跡がある八尋は、暴力を振るわれたとすぐに判断された。
「あの、そこにいた人が俺を助けてくれて――」
八尋が視線を向けるが、青年の姿はどこにもなかった。
そして八尋は、月城学園が近かったために治療と状況説明も兼ねて、意識が戻ったらしい男子生徒たちと学校に連れて行かれた。
「明日は病院に行って、土日は安静にしていなさい」
ケガの治療をしながら、保険医は八尋に言う。
「いえ、明日は予定があって……!」
「遊びの予定ならやめておきなさい。君の体調が優先だ」
その言葉はもっともで、八尋はなにも言い返せなかった。
八尋は帰りに、ケガをしたから行けなくなったと連絡を二人に入れた。
すぐに二人から返事は返ってきて、どちらも八尋の体調が優先だと言ってきた。
その優しさに感謝と申し訳なさを感じながら、八尋は家に着いた。
あかりを助けたのは間違いなかったが、なにも考えずに行動したのだから当然だと、八尋は休日はずっとそのことを悔やんでいた。
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