第7話 生徒会②

「生徒会、ですか?」


 あかりは誠からあっさりと言われた重要な言葉に、丸い大きな目をぱちくりとさせる。

 八尋と恭平も状況が飲み込めず、互いに顔を見合わせた。

 同じ表情でぽかんとしている八尋たちが面白かったのか、誠は笑いながら続ける。


「悪い、説明が足りなかったな。高等部の生徒会は毎年新入生代表、つまりトップの成績の生徒が入るのが恒例こうれいになってるんだよ」

「そうなんですか、それは知らなかったです」

「聞いたことはありますけど、こんな簡単に誘えるものなんすね」


 中等部からいるはずの恭平とあかりが驚いているところを見ると、そのシステムはあまりおおやけにはされていないようだった。

 八尋は中学時代を思い出していたが、普通なら選挙を行って生徒会のメンバーを決めるはず、と八尋は自分の記憶をたどる。


「会長は選挙で決めるけど、それ以外の役職は会長が決めていいことになってるんだよ。最終的に先生の承認は必要だけど、誰を生徒会に入れるかの権限けんげんは俺にある」

「へー。会長なのにそんな権力あるんすね」

「ただの生徒会長なのにな」


 恭平の素直な感想に、誠は同意したように笑う。

 それ聞いて、八尋は月城学園が普通とは違う特殊な学校なのだと改めて思い知らされた。

 だが、選挙で選ばれたからこそ、自分が信用できる生徒を自分の下に選ぶ権利がある。それはある意味画期的で、生徒の主体性を重んじているシステムなんだろう、と八尋は納得する。


「そしたら、去年は紫筑先輩か黄崎先輩のどっちかが入ったってことですか?」

「去年は紫筑。ちなみに俺の代は貴一」


 エリナは筆記試験はもちろん、実技試験で他の生徒に圧倒的な差をつけてトップ。

 貴一は筆記試験と実技試験ともに満点で、歴代最高得点を叩き出したと誠は補足する。


「まぁ、二人ともいわゆる天才ってやつだよ」


 それなら、エリナが毎年弓道部に勧誘されていることにも八尋は納得する。

 だが、そんな天才二人の上に立っている誠はもっとすごいのではと、八尋は恭平と楽しそうに話す誠を見る。

 すると誠は凛とした表情を見せ、それにつられて八尋たちも思わず背筋が伸びる。


「雑談はここまでにして。桃園、お前は中等部のときから名前も知られていたし、成績もずば抜けて優秀だ。だからこそ、お前が生徒会に入ってくれたら俺は嬉しい」


 あかりは異能力を扱える者の中でも母数が少ない、『魔法』の使い手である。


 魔法を扱える者が少ない理由の一つとして、『魔分子保有力』というものが関係する。

 魔分子保有力——通称『魔力』とはその名の通り、人間が魔分子を体内に蓄えられるものの名称である。

 魔力は人によって多いか少ないかは異なり、異能力を使用すると減っていき、使用しなければ次第に回復していく。

 そしてあかりの異能力である魔法は、魔分子そのものを操るために、他の異能力に比べて大量の魔力を消費する。

 そのため、魔力が少ないと魔法が使えないことに等しい。

 しかし、あかりは魔力が生まれながら非常に多く、そのおかげで将来を期待される魔法の使い手として、中等部の頃から優秀な成績を収めていた。


「でも、慣例かんれいとは言っても強制はしない。生徒会は月城の顔になる存在だから、所属することで自然と目立つし、仕事もなんだかんだある。桃園がもし今以上に目立ちたくなかったら、断ってもいい」


 部活とか勉強とかやりたいことはあるだろうからなと誠は言う。

 八尋と恭平は黙ってあかりを見守っていて、あかりも迷っているのかしばらくうつむいて黙っていた。

 顔を上げたあかりは真剣な表情で、誠をまっすぐに見つめる。


「まだ一年の私になにができるかは分かりませんが、先輩たちのお力になれるなら、ぜひ生徒会に入れてください」


 あかりはテーブルに頭がつくくらい深々とおじぎをする。

 それが面白かったのか、誠は笑いながら席を立つ。


「分かった。今日ちょうど生徒会の集まりがあるから、放課後生徒会室に来てほしい」


   * * * * *


 放課後。

 八尋がホームルームを終えて帰ろうとすると、教室の外にあかりと恭平が立っていた。


「恭平、桃園さん。どうしたの?」

「その……生徒会室に行くのが緊張するから、二人についてきてほしいなって思って……」


 恥ずかしそうに言うあかりに、八尋は間髪入れずに「もちろん」とうなずく。

 あかりといられるチャンスを逃すわけにはいかない。それに恭平だけにいい思いをさせるのは、八尋はしゃくに思っていた。


「すみません。お昼にああ言ったのに……」

「全然。普通緊張するって」


 恭平の言葉に八尋も力強く肯定し、三人は生徒会室はたどり着いた。

 あかりがノックをするが反応はなく、誰か来るまで生徒会室の前で待つことにした。

 数分後、鍵をチャリチャリと鳴らし、鼻歌を歌いながら涼香がやってきた。


「あれ、やっぴーにきょんたんに桃姫! どったの?」

「黄崎先輩、一昨日ぶりっす」

「もしや生徒会に用事? 悩み相談なら二十四時間いつでも受けつけてるよん。直接話せないなら目安箱もあるから活用してねっ」

「いえ、桃園さんが緑橋先輩に用事があって……」

「まこ先輩が?」


 涼香は頭に疑問符が見える顔で首をかしげるが、八尋たちの顔を見て「あぁ!」とうれしそうな声を上げる。


「あたしが一番乗りだからまだ来てないね! 外で待ってもらうのもかわいそうだし、入って入ってー!」


 涼香は鍵を開け、三人を後ろから押し込むように生徒会に入れる。

 生徒会室は八尋が予想していたより狭く、長机にパイプ椅子、ロッカーと棚が並んでいた。

 そして至るところにファイルやプリント、入学式で使ったであろう備品などが散乱していた。


「あ、今きたないと思ったでしょ」

「入学式のあとだから、ですよね?」

「そうなのだ〜。春休みから生徒会室の掃除してたんだけど、書類が思ったより多くてね。んで、入学式もあったりして全然進んでないだけ! いつもはきーちゃん先輩が整理してるから!」


 座ってと涼香は椅子を用意し、八尋たちを座るよううながす。

 人生で初めて生徒会室という教室に初めて入った八尋と恭平は、落ち着かずにキョロキョロと部屋を見回していた。

 そして少し経った頃、エリナが生徒会室に入ってくる。

 八尋たちに気がつくとなにかを察した様子で、黙って窓側の椅子に座る。


「しづきん、凌ちゃんは?」

「先に帰った。今日はいなくてもいいって緑橋から聞いてたから」

「えー、つまんにゃ〜い」


 エリナと対等に話す涼香に、この二人はどんな関係なのだろうと八尋は考える。

 八尋と恭平のように幼馴染なのか、それとも入学してから仲良くなったのか。

 どちらにせよ、性格が正反対の二人がここまで仲がいいなんてと、楽しそうに話す涼香と無表情でそれに答えるエリナを眺める。

 エリナが来てから数分後に、誠と貴一も生徒会室に入ってきた。

 八尋たちの姿を確認すると、誠はニヤリと笑う。


「お、揃ってる揃ってる」

「まこ先輩、そういうことですよねっ」

「黄崎ナイス。お前分かってるな」

「それほどでもありますよ〜!」


 涼香と誠はハイタッチを交わす。

 なんのことかさっぱり分かっていない八尋たちだったが、八尋と恭平は生徒会のメンバーが集まった空気を察して、生徒会室を出ようと立ち上がる。


「待った。二人もそのまま参加して」


 誠に肩を掴まれ、八尋と恭平はふたたび椅子に座らされる。

 それを見た貴一は怪訝けげんな顔をして誠をにらみつける。


「おい、部外者を入れてどうする」

「そんな聞かれて困ることは今日はないだろ?」

「そういうことを言ってるんじゃない」

「まーまー、きーちゃん先輩! 一年生ちゃんの生徒会見学ってことで!」


 涼香が軽い調子で返す誠と、明らかにいらだっている貴一の間に割り込む。

 貴一は諦めたようにため息をつき、「今日だけだぞ」と席につく。

 あかりを送るだけのはずが、生徒会を見学することになるとは。

 そう思いながら、八尋と恭平は生徒会室の端に椅子を寄せて会議を見守ることになった。


「入学式も終わったし、今日から少しずつ生徒会室の片づけと整理を進める。あとそれぞれ報告があるだろうから短く簡潔によろしく。黄崎から時計周りで」

「はーい。会計は各部活の部費がほぼ決定して、今それぞれの部活に確認中! 去年の収支報告は終わってるし、あとは後期の予算立てしとくくらいかにゃー。次、しづきん!」

「年度末から施設の無断利用が増えてる。基本は利用申請書を確認してるけど、それでも無断利用が多いなら、なにかしらの対策が必要」

「あの模擬戦の申請は通しているのか?」

「弓道部があとから出してる」

「使用前に提出しろと伝えろ。俺は生徒会室で使わない物や、式典用の備品を順次戻している。生徒会の書類については保存が必要か否かをチェックしているために、まだ時間がかかる予定だ」


 涼香、エリナ、貴一の順に、慣れた空気で会議は進んでいった。

 最後に誠が立ち上がり、わざとらしくせき払いをする。


「最後は俺だな。分かってると思うけど、そこにいる桃園が生徒会に入ることになった。役職は今黄崎が兼任してる書記をやってもらう。桃園、簡単に自己紹介よろしく」

「はい。一年A組の桃園あかりです。精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします!」

「あと、そこの二人にも生徒会に関わってもらうことにした」


 誠の言葉に、エリナたちの視線が一斉に八尋と恭平に向く。

 まったく予想していなかった言葉に、八尋と恭平も思わず顔を見合わせた。

 突然のことにどう返すべきか迷っていると、それを代弁するように貴一が口を開く。


「お前と黄崎の反応からそうだとは思っていたが、役職が埋まった以上、生徒会役員は必要ないだろう」

「灰谷みたいにサポートって立場にすれば問題ないだろ?」

「メンバーは少なくていいと言ったのはどこのどいつだ」

「それは去年の話だな」


 二人のやり取りを涼香は楽しそうに見ていて、エリナは自分は関係ないと言わんばかりに腕を組んで遠巻きに眺めていた。

 当事者である八尋たちはどうすることもできず、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。


「俺があの二人を誘ったのには理由がある」

「なんだ、言ってみろ」


 誠は真剣な顔になり、ピッと指を突き立てる。


「こんな時期から桃園と一緒にいる奴は、間違いなく面白い」


 それが本当の理由だろうと、誠の自信満々な表情から八尋はなんとなく察する。

 誠の言葉に、八尋と恭平とあかりは呆気にとられ、涼香は机に突っ伏して笑い、貴一は呆れたようにため息をつき、エリナは興味がなさそうにあくびを一つこぼした。


「お前の気まぐれに付き合わされる俺の身にもなれ……」

「怒んなって。そんなわけで、赤坂、橙野。これからよろしくな」


 急な展開についていけなかった八尋たちは完全に置いていかれ、空いた口が塞がらなかった。

 そして八尋と恭平は誠の一言により、生徒会のサポートメンバーとして活動することになった。

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