第9話 不一致

 八尋が月城学園に入学してから一週間が経った。

 男子生徒たちに負わされたケガは土日でほとんど治り、異能力による後遺症も特に残らなかった。

 透からは学校に行くこと自体を心配されたが、八尋はそこまで深刻に考えてなかったのもあり、いつもと同じように登校した。

 駅で恭平と待ち合わせていた八尋は、自分に向かって走ってくる足音が聞こえて、スマホから顔を上げた。


「おはよ! もうケガ大丈夫か?」

「うん。土日でほぼ治った」


 休日の八尋は、いかにも殴られましたと言わんばかりのガーゼを頬に貼っていた。

 しかし学校にそんなものをつけていたら、柳や優征をはじめとした事情を知らない生徒からもなにか聞かれるのは間違いない。

 それに、また多方面からあらぬ噂を立てられると予想し、八尋はあえてなにもせずに登校していた。

 実際に八尋の顔をじっくり見れば少し腫れているのは分かるが、パッと見ただけでは分からないくらいにケガは治っていた。


「八尋をリンチしたって先輩はまじで許さねぇ。会ったら俺が殴り返すわ」

「やめろって。そんなことしたら恭平がなんか言われるぞ」


 恭平は納得いかない顔で口を尖らせる。


「八尋が元気ならそれでいいけどな。今日放課後遊ぶ?」

「いいな。ファミレスでも行くか」


 無理に気を遣うことなく、恭平のいつもと変わらない会話に八尋はほっと安心する。


「そういや、電話で教えてくれた守護者が謎だな。八尋を助けてくれたんだろ?」

「そうなんだよな。お礼言いたいんだけど名前も分からないし、探すにも探せないっていうか」

「そのうち名乗り出るだろ。俺が八尋を助けましたって」

「その人がそうしてくれたらいいけどね」


 八尋は大鎌を持った青年のことを恭平だけに話していた。

 見た目の特徴と武器の見た目のインパクトから、一度会ったら忘れることはなかった。

 もし青年が守護者であれば、月城学園にいればいつかどこかで関わるだろうと八尋はそれ以上深くは考えなかった。

 それから何事もなく登校し、ホームルームが終わったときに根岸から声をかけられる。


「赤坂くん、ケガの具合はどうですか」


 先週、八尋たちが学校に戻ってきたときに根岸も居合わせていたため、八尋たちの事情はなんとなく知っていた。


「ほぼ治りました。心配をかけてすみません」

「それはよかった。君は僕の大事な生徒ですから、なにかあったらすぐ言ってくださいね」


 それが根岸からの心から言っている言葉だというのは八尋も理解していた。

 昼休みになり、八尋は校長に話をするために校長室へと向かう。

 人生で初めて校長室に入る八尋は、自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。

 ノックをして中に入ると、そこには校長と男子生徒たち、そして誠がいた。


「わざわざ来てくれてありがとう。金曜日は出張があったせいで、すぐに話を聞けなくて申し訳ない」


 校長という役職に就く人はそこそこ年齢がいっていて、穏やかなお爺さんのような人物だと八尋の記憶からもイメージしていた。

 しかし、目の前の校長はどれだけ高く見積もっても四十代にしか見えず、雰囲気から厳格な人物だと物語っていた。


「先生たちから大まかな話は聞いているが、私は君たちの口から直接聞きたい。内容は重複しても構わないから、そのときのことを詳しく教えてほしい」


 校長の言葉に、まず男子生徒たちが重々しく口を開いた。

 自分たちが一方的に暴力行為を行なったこと、一対多であったことなど、断片的ではあったが、素直に当時のことを話していった。

 さすがにこの校長の前で流石に嘘は言えないだろう、と八尋は男子生徒の様子を見ながら思う。

 話の中で、男子生徒たちはあの大鎌を持った青年のことは話さなかったため、八尋もそれにならって事件の一連だけを話し、そのことは黙っていた。

 校長は全員が話し終わると、すぐに口を開いた。


「一方的な私怨しえんによる暴力行為、それについては双方が話しているから間違いないだろう。今回問題なのは、異能力を使用したという点だ」


 校長の言葉に、男子生徒たちはおじけづいて小さくなっていく。


「君たちも守護者を目指す者なら、守護者以外が異能力を使用するのは基本的に禁止されていることは知っているはずだ」


 聡明な口調と態度、頭の回転の速さから、若くして校長になった理由が八尋はなんとなく分かった気がした。

 続けて今回は良くて停学、退学も視野に入っていると校長が告げると、男子生徒たちの顔が青ざめていった。

 当たり前と言えば当たり前だが、こうして偉い人に直接言われるとまた違うものなのか、と八尋は黙って校長の話を聞いていた。


「処分は追って連絡する。では、次の授業に向けて準備をしなさい」


 男子生徒たちは完全に萎縮しており、そそくさと校長室をあとにした。


「赤坂くんは残ってくれ」


 校長室を出ようとした八尋は校長に呼び止められる。

 八尋が振り返ると、校長の視線はすでに誠に移っていた。

 生徒会のサポートに選ばれた新入生が入学早々こんな問題を起こすなんてという個別の説教かと八尋は冷や汗をかく。


「さて、緑橋くんが呼ばれた理由については分かっているかな」

「赤坂が生徒会のメンバーだからですか」


 正式なメンバーじゃなくてサポートですと訂正したかったが、それも言えないような雰囲気に八尋は硬直する。

 どうすればいいのかと焦る八尋だが、校長は誠と話を続ける。


「君にしては理解が早いようだね。月城では一年生を生徒会に入れる慣例があるが、それは私も良いシステムだと思っている。しかし、彼が生徒会のメンバーなら、なにか起こったときには先輩として守る責任がある。今回は君の監督責任能力の不足で起こったのではないのか」

「俺は生徒会のメンバーについては常に気にかけています。ですが、生徒会に入る前や学外で起こったことについては俺の目の届かないところです。そこについては多少仕方がないとは思いますが」


 誠と校長の会話が淡々と続いていく。

 ピリピリとした空気が校長室に広がるのを感じ、八尋はそれを黙って見守ることしかできなかった。


「自分の目が届かないトラブルは見逃してほしいとでも言いたいのかな。その程度で生徒会長が務まると思っているなら、今すぐ生徒会長をやめたまえ」

「お言葉ですが、俺は会長に選ばれた限り引退まで続けます。校長になにか言われたところでやめるつもりはありません」


 それは言い過ぎなのではという校長の言葉にも、誠は毅然とした態度で返す。

 今の誠は、八尋たちと話していたときのような和やかな雰囲気は全くなく、憎悪のような目で校長をにらんでいた。


「それでは、次の授業があるので」


 校長の返事を待たず、誠は校長室を出て行った。

 完全に誠に置いてけぼりにされた八尋に校長が声をかける。


「赤坂くん。君が彼らに触発され、異能力を使って反撃しなかったのは賞賛に値する。これから一年生は本格的な授業も始まるから、ぜひ意欲を持って取り組んでほしい」


 校長からの賛辞に、八尋はとまどいながらも一礼をして校長室を出る。

 すると、廊下には恭平とあかり、そして壁にもたれるエリナと誠がいた。


「あんた、相変わらず仲悪いんだね」

「ほっとけ」

「少しは歩み寄る姿勢を見せればいいのに」

「はいはい。赤坂も、変なところ見せて悪かったな」


 誠はいつもの明るい表情に戻り、八尋はほっと安心する。

 なぜあんなに校長と険悪なのかと八尋は聞けなかったが、エリナと誠がいなくなると、分かっていたかのように恭平がそっと八尋に耳打ちをした。


「緑橋先輩のお父さん、あの校長先生なんだよ」

「そうなの?」

「内部生では有名なんだけど、親子には見えないねってよく言われてるの」


 恭平に続いて、あかりも近くでそっとささやく。

 親子と言われてみれば、顔立ちはどことなく似ているような気はした。

 だが、会話内容は一教員と生徒のそれで、八尋から見てあの二人が親子には到底見えなかった。

 盛大な親子喧嘩に見えないこともないが、あれでは親子喧嘩を超えているのではと八尋は頭を悩ませる。


「そういえば、なんで恭平たちがここに?」

「俺は桃園さんに連れてこられてさ。紫筑先輩は通りすがりらしいけど」


 エリナのことだから、通りすがりというのも八尋が呼び出されることを知って来たのではないか。

 恭平はともかく、あかりが聞き耳を立てるタイプではないだろうとあかりを見ると、今にも泣きそうな表情で目を潤ませていた。


「あの、私のせいで赤坂くんがこんなことになるなんて、ごめんなさい……」

「桃園さん、謝らないで! 先輩たちも今回で懲りただろうし、きっと大人しくなるはずだから!」


 しゅんとしたあかりを見て思わずドキドキしたが、今はそんな場合ではないと一瞬で我に返り、八尋はあかりを必死にフォローする。

 そんなあかりを慰める八尋の間にすかさず恭平が割り込み、八尋の頭をボールのように鷲掴みにした。


「八尋、近い」

「いだだだ、ケガしてたんだから少しは優しくしろ!」


 八尋の言葉など関係なく、恭平はさらに掴む力を強める。

 そんなくだらない二人の様子を見て面白かったのか、あかりはくすくすと笑った。

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