第5話 歩一歩②

「なにしてんの」

「えっと、紫筑先輩……どうも」


 同じ学校ならどこかで会う可能性はあったが、まさかこんなすぐに再会するとは思わず、八尋は表情が固まる。

 エリナは八尋を気に留めず、いつものポーカーフェイスのまま、八尋がのぞいていた方向を見る。


「……なるほどね。すぐ止めてくる」

「ま、待ってください!」

「なに?」


 状況を理解したエリナは止めに向かおうとするが、八尋にそれを制止され、エリナは八尋をにらみつける。

 八尋はその圧に思わず謝りそうになったが、自分があかりを助けにいくという決意から、ひるむことなくエリナに言う。


「俺が、俺が止めてきます!」

「そう。がんばって」


 あっさりとエリナは返し、八尋はあかりを助けに向かう。

 だが、八尋の内心は非常に焦っていた。

 入学式のエリナへの反応から、生徒たちの間ではエリナは怖がられている。それなら最初からエリナに任せた方がよかったのではないかと、八尋は早くも後悔する。

 しかし歩き出したところで今さらやめることなどできず、八尋は男子生徒から逃げようとするあかりに向かって声をかけた。


「も、桃園さん!」

「赤坂くん?」

「は、誰お前」


 もっとかっこいいことは言えなかったのかと、八尋は自分が情けなくなった。

 男子生徒たちは八尋に冷めた視線を送るが、そんな状況でもあかりを掴んだ手は離そうとしなかった。


「桃園さん、いやがってますよね」

「今いいところだから部外者は来ないでくださーい」

「見た感じ一年か? チビのくせに生意気なんだよ」

「俺が平均より小さいのは知ってますけど、それは今は関係ありません。……もう一度言います。桃園さんを離してください」


 八尋の声色は次第に低くなっていき、それにつられて男子生徒たちも八尋をにらみつける。

 張り詰めた空気が流れる中、八尋と男子生徒たちの横を弓矢がかすめていった。

 それはエリナが八尋の後ろから放った異能力によるもので、エリナに気がついた男子生徒たちはあからさまにいやな顔をする。


「げ、紫筑……」

「後輩相手にムキになって恥ずかしくないの? あとナンパなら他でやって」

「わーったよ。行くぞ」

「おう」


 男子生徒たちはエリナの同級生だったらしく、しぶしぶあかりの手を離し、悪態をつきながら立ち去っていった。

 あかりは八尋とエリナに駆け寄り、深々と頭を下げる。


「ありがとうございました!」

「別に。ああいう奴もいるし、呼び出されても簡単に行かないようにしなよ」

「はい、気をつけます。……その、お二人はどうしてここに?」

「あたしは生徒会の見回り。トレーニングルームの無断使用してる奴とか、今みたいな奴がいないかって見て回ってるだけ」


 月城学園の生徒会は、風紀委員のような活動も兼ねているのだと八尋は知る。

 そして、今起こった件で気になった疑問を、八尋はエリナにぶつける。


「紫筑先輩、異能力ってなんでもないときに使ったら、校則以前に法律違反なんじゃ……」

「今のは牽制けんせいだからセーフ」


 エリナも常識や理屈が通用しない人なのだろうと、涼しい顔をして答えるエリナを見て、八尋はなんとなく理解する。


「それで、あたしは見回りだったけど、こっちは違うから」

「え、あ、えっと……」


 エリナは八尋を指さし、突然話を変えられたことに八尋はあわてる。

 あわてる様子を見てエリナは満足したのか、それ以上は言わずに八尋たちにくるりと背を向ける。


「ま、そういうことで」


 じゃあね、とエリナは実技棟に入っていった。

 エリナがいなくなると、あかりは改めて八尋に向き直り、初めて会ったときのような優しい笑顔を見せる。


「赤坂くん、本当にありがとうございました!」

「その、どっちかと言うと紫筑先輩のおかげです……」

「紫筑先輩もですけど、最初に私を助けに来てくれたのは赤坂くんですよね」


 あかりの言うことは正しく、改めてそう言われると八尋は少し照れくさくなっていた。


「なので、という言い方も変かもしれませんが、ぜひお礼をさせてください」

「そんな! お礼なんてされるほどじゃないです!」

「いいんです。私の気持ちが治まらないので」


 今回はほとんどエリナが助けたようなものだが、うなずいてほしいと言わんばかりのあかりの表情を見て、八尋が断れるはずはなかった。


「も、桃園さんがそれでよければ……」

「はい、ありがとうございます」


 ぱあっと明るくなったあかりの笑顔に、八尋の胸が高鳴る。

 女の子とこんなに関わったのは初めてで、しかもあかりという今まで出会ったことのない美少女にお礼をされるなんて、巻き込まれる体質も悪くないのかもしれないと八尋は考える。


「あの、赤坂くんって甘いものはお好きですか?」

「は、はい。甘党なのでいくらでも食べられます」

「よかった! そしたら、駅前にあるカフェに一緒に行きませんか?」


 そうあかりから提案されるが、それはデートではないのかと八尋は思考が止まる。

 コンビニで買ったお菓子をもらうだとか、教科書を貸してもらうとか、そういう類のものを八尋は予想していた。

 だが、あかりからはカフェに行こうというお誘いで、予想もしていない方向から飛んできた選択肢に八尋は戸惑う。

 そしてちょうど昨日、恭平があかりを好きだと知ったばかりで、これはいかがなものかと八尋を悩ませる一因になっていた。


「橙野くんをきっかけに知り合ったし、せっかくだからもっと仲良くなりたいと思って……ダメ、かな?」

「よ、喜んで!」


 あかりの上目遣いを見て否定することなどできず、八尋は二つ返事で了承する。

 それから、校舎に戻りながら八尋とあかりは話が盛り上がり、あかりもスイーツ巡りをする甘党仲間だと知った。

 あかりは仲よくなった人と話すときには年相応の口調になるらしく、八尋との会話も次第に言葉遣いが砕けたものになっていた。

 本棟に着く頃には、あの店のスイーツはおすすめだとか、あのコンビニの新作スイーツは意外と美味しいだとか、八尋とあかりはスイーツの話ですっかり打ち解けていた。


(この状況、恭平とばったり会ったら絶対なにか言われそうだな……)


 そんなことを呑気に考えながら階段を昇っていると、目の前の男子生徒の集団の中に見慣れた姿が目に入る。


「あ」

「八尋……と、桃園さん!?」


 八尋とあかりの姿を見た恭平は階段を駆け降り、見たこともない形相で八尋に詰め寄る。


「なんで桃園さんといるんだよ! さては俺を断ったのって……!」

「違う! これは深い理由があって……!」


 下手すれば階段から突き落とされるかもしれないと、八尋は誤解を解くために一から丁寧に説明する。

 恭平の誤解を解いて教室に戻ると、八尋とあかりが一緒にいたという情報がすでに広まっていた。

 クラスメイトに誤解が生まれないよう事情を説明したせいで、八尋は見事に昼食を食べ損ねた。

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