第3話 入学式③
その言葉に、八尋を含めその場にいた全員が
「ストップストップストーップ! しづきん、あたしさっき言ったよね!? この子たちは新入生だって!」
「言ってたね」
「まだ実技も受けてないんだよ!? そんな子たちがしづきんと模擬戦できるわけないでしょ? 分かる?」
「分かんない」
「なんで分かんないんじゃーい!」
涼香とエリナは、漫才をやっているかのような小気味いい会話を繰り広げる。
その後も押し問答を繰り返すが、涼香は大きくため息をついて八尋に向き直る。
「あー……少年。言いにくいんだけど、しづきんって一回決めたら絶対曲げない性格っていうか……」
「頑固って言いなよ」
「それ自分から言うもんじゃないぞ〜。とにかく、あたしたちばっか話してもどうしようもないし。それで、少年は模擬戦やりたかったりする?」
止めてくれると思った涼香は、諦めたような表情で八尋に問いかける。
ここはエリナの誘いに乗って、模擬戦をやるべきなのだろうかと八尋はパニックになった頭で考える。
だが、異能力をまともに使えない今の自分がエリナの相手をできるはずがない。それに、入学して早々あまり目立つことはしたくない。
恭平をはじめとして周りにいる生徒、そしてエリナの視線を痛いくらいに感じながら、八尋は喉から振り絞るようにして答えた。
「お、俺、一回も実技の授業は受けたことないですし、異能力もちょっと撃って終わるようなレベルなんで、先輩の期待する模擬戦はできないと思います……」
「よく言った少年! ほら、こう言ってるし今回はやめよ?」
「じゃあまた来週に……」
「しづきん」
これ以上はやめなさいと言わんばかりに、涼香はエリナの肩をがしっと掴む。
「……分かった。やめとく」
その言葉に、八尋を含めた全員が
トレーニングルームに平穏が訪れたかと思いきや、一人の男子生徒によってその平穏はすぐに崩れ去る。
「エリナぁ」
トレーニングルームにいた、不良らしい男子生徒がエリナに声をかける。
「なに、
「
「もう? 早くない?」
凌牙と呼ばれた男子生徒は、めんどくさそうに実技棟の入り口をくいっと指す。
エリナは顔をしかめ、周りの生徒たちも焦り始めていた。
青山とはいったい誰なのかと八尋は考えていたが、その疑問はすぐに解決した。
「ここにいる生徒に告げる! 生徒会に連行されたくなければ、今すぐここを出て行け!」
圧のある声がトレーニングルーム内に響き渡る。
入り口には、切れ長の目と端正な顔立ちをした、厳格そうな男子生徒が立っていた。
その男子生徒を見るや否や、生徒たちは次々とトレーニングルームをあとにする。
男子生徒は自分を通り過ぎる生徒たちを避け、つかつかと涼香に近づき、シルバーフレームの眼鏡をくいっと上げる。
「黄崎、お前がいながらなぜ止めない」
「いやぁ、本当は途中で止めようと思ったんですけどね……にゃはは」
「下手な嘘をつくな。
「っせーな」
凌牙は気だるそうに舌打ちをする。
その態度に男子生徒はため息をつき、エリナの真正面に立つ。
「紫筑、また今年もやったのか」
「あたしじゃなくて、あっちが申し込んできた模擬戦だし」
「
男性生徒はエリナに説教をしていたが、エリナに反省している様子はなかった。
そのまま永遠と説教が続きそうな雰囲気だったが、男子生徒が八尋たちに気がつくとせき払いをして八尋たちを見る。
「新入生か。見苦しい姿を見せてすまない。俺は三年の
恭平やあかりを見て新入生だと気がついたのか、貴一は申し訳なさそうに八尋たちに言う。
八尋はトレーニングルームに現れたときから、貴一の理知的な雰囲気が高校生のそれを超えていると思っており、会話をしたことでそれが
すると、貴一はなにかに気がついたように八尋たちとエリナを交互に見る。
「……まさか、新入生とも模擬戦をしたわけじゃあるまいな」
「してない。さっき諦めた」
嘘をつくこともないエリナの清々しい態度に、貴一は説教をする代わりにフレームの眼鏡をくいっと上げた。
「まぁいい。続きは生徒会室で話をするぞ」
「めんどくさいから帰る」
「いいから来い。灰谷、お前もだ」
「あ?」
エリナと凌牙に声をかけ、貴一はトレーニングルームを出て行く。
いつの間にか八尋たち以外にトレーニングルームには誰もおらず、涼香は大きく伸びをする。
「これはお説教コースかねぇ。少年たち、きーちゃん先輩に目をつけられないうちに帰った方がいいぞ」
「わ、分かりました」
「そうだ、名前聞いてなかったね! 桃姫は知ってるとして、銃の少年とツンツンヘアの少年、名前は?」
「赤坂八尋です」
「ツンツン……橙野恭平っす」
「じゃあ、やっぴーときょんたんだね!」
我ながらいいニックネームだと言いながら、涼香はドヤ顔で胸を張る。
今までつけられたことのない独特なニックネームに、八尋と恭平はどう返すのが正解なのかと顔を見合わせる。
「赤坂……?」
エリナがトレーニングルームの入り口で立ち止まる。
ポーカーフェイスが初めて揺らいだエリナに、八尋はなにか変なことをしてしまったかとあわてる。
「黄崎、紫筑! 早く来い!」
「はいはーい。やっぴーたち、また今度ねっ」
貴一に呼ばれ、涼香はエリナを連れて足早にトレーニングルームを去る。
再会したら今度は確実に巻き込まれるかもしれないと、八尋はどこか不安が残っていた。
* * * * *
実技棟を出て校舎を抜け、八尋たちは桜並木を歩く。
八尋たち以外には誰もおらず、遠くで部活をやっているらしい声だけが聞こえてきた。
「なんか、入学式より疲れた気がする……」
「ちょっと見て帰るつもりが、まさか紫筑先輩に絡まれるなんてな」
「大ごとにならなくてよかったですね」
あかりが困ったように笑う。
もしあそこで模擬戦をやっていたら、貴一に目をつけられてさらに面倒なことになっていたかもしれない。
自分の選択は間違っていなかったと、八尋は思い返しながら乾いた笑いをこぼす。
雑談をするうちに、三人は駅にたどり着く。
改札を抜けると、あかりは八尋たちと方面が違うらしく反対側のホームに向かう。
「じゃあ桃園さん、また明日!」
「うん、また明日」
あかりは笑顔を二人に向け、髪をふわりとなびかせてそのままホームへ向かっていった。
その後ろ姿を八尋と恭平は打ち合わせるわけでもなく、黙って見送っていた。
そして、二人が最寄り駅に着く頃には、鮮やかな夕焼けが景色を彩っていた。
慣れた道のりを歩いていると、八尋は恭平に聞こうとしていたことをふと思い出す。
「恭平」
「ん?」
「お前、前に言ってた気になる人って桃園さん?」
「え!? いや、あ、えっと……」
「動揺しすぎ」
それは図星だったのか、恭平はうめきながら頭をガシガシとかき、道の端に座り込む。
八尋が立ち止まって恭平の顔をのぞき込むと、夕焼けのせいもあって、顔を上げた恭平がいつも以上に赤く見えた。
「……やっぱ分かりやすい?」
「あれで分からない方がすごいだろ」
「八尋に言われたらそうなんだろうな……」
「いつから好きなの?」
「……中一から」
予想以上に恭平が長い片想いをしていたのを知り、八尋は恭平の一途さに驚く。
珍しく気弱な恭平が面白くなり、八尋は楽しそうに恭平に尋ねる。
「もう告白とかはしたのか?」
「……前にしてる」
「そのときはどうだったんだ?」
「……じゃなきゃ今付き合ってるだろ」
「へぇ、まだ諦めてないと」
「だぁーーーっ! もういいだろ! 八尋お前調子乗りやがって!」
恭平は八尋を追いかけるが、運動神経がそれなりにいい八尋と距離は縮まらなかった。
「待てよチビ!」
「誰がチビだ! 俺はまだ成長期だよ!」
結局、二人の追いかけっこは八尋の家まで続いた。
* * * * *
八尋が玄関を開けると、部屋中に広がる香ばしい匂いが八尋の鼻をくすぐった。
「ただいまー」
「おかえり。ちょうどご飯できたぞ」
キッチンでは、部屋着に着替えていた透が洗い物をしていた。
テーブルに視線を移すと、サラダとスープ、そしてハンバーグとつけ合わせの野菜が綺麗に盛り付けられて並んでいた。
「入学祝い。八尋の好きなハンバーグ作っちゃった」
透はうきうきした様子で鼻歌を歌いながら、食器についた泡を流していく。
子供らしいと言われるのは分かっているが、ハンバーグは昔から八尋の好物だった。
八尋も透につられて鼻歌を歌いながら、自分の部屋に荷物を置いて着替える。
リビングに戻って席につくと、透も同じタイミングで支度を終わらせて席についた。
「いただきます」
「召し上がれ。それと、入学おめでとう」
入学初日からいろんなことに巻き込まれたが、今後自分がどんな学園生活を過ごすのか、八尋には想像が全くつかなかった。
しかしそんなことは一旦忘れ、八尋は嬉しそうに目の前にあるハンバーグを口にした。
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