第2話 入学式②
「はじめまして。A組の桃園あかりです」
曇りのない、親しみを込めたあかりの笑顔が八尋に向けられた。
近くで見るとよりいっそう整った顔で、世の中の男性を全員魅了していると言われても全く疑うことはないくらいの雰囲気だった。
あかりの高校生離れしたスタイルが八尋の目に飛び込んできて、危うく視線があかりの下の方に向きかける。
八尋はあわててあかりの顔に視線を戻すが、その可憐な表情に八尋は目の行き場がなくなり、一人であわてていた。
「こいつ、さっき言ってた俺の幼馴染の八尋」
「えっと、D組の赤坂八尋です。スピーチとっても素敵でした!」
「ありがとうございます。緊張してたからそう言ってもらえて嬉しいです」
とっさに出た言葉に社交辞令すぎたかと、八尋は焦るが、実際あかりを見てばかりで内容を覚えてなかったのは事実だった。
恭平があかりと知り合いだったとは思っていなかったという八尋の考えを察した恭平から、中等部のときに三年間同じクラスだったと説明される。
「橙野くんが毎日挨拶してくれたり、話しかけてきてくれてだんだん仲良くなっていったよね」
そう言って、あかりは恭平に笑顔を向ける。
年頃の男女が三年間そんな関係だったなら、周りからなんと言われているのか。それは八尋の想像に難くなかった。
中学のときに恭平と連絡を取っていたとき、好きな人がいると言っていた。それはおそらくあかりのことだったのかと、八尋はようやく話がつながった気分になった。
「それより、今日は八尋に見せたいものがあるんだよ」
付き合っているとは言っていなかったはず、と八尋が当時の恭平とのやりとりを思い出している間に、恭平とあかりは目的地に向かって歩き出しており、八尋も急いでそのあとをついていく。
「どこ行くんだよ。部活の勧誘とか、新入生の歓迎のイベントでもあるのか?」
「行ってからのお楽しみ」
そして三人が到着したのは、《実技棟》と書かれた建物だった。
そこは外観からハイテクですと言わんばかりの建物で、中は学校というより研究所のような設備が並んでいた。
八尋は見慣れない建物に戸惑っていたが、恭平とあかりはその先にあるトレーニングルームと書かれた、教室二つ分ほどの広さの部屋の前で立ち止まる。
「新入生か。見んなら中に入れ」
入り口には不良、という言葉がぴったりな容姿の男子生徒が壁にもたれかかっていた。
「うっす。じゃあ行くか」
「ちょ、ちょっと待って……!」
恭平は遠慮することなく、人混みをぬって部屋の中に入っていき、八尋とあかりもそれに続く。
中に入ると、そこには在校生や新入生を含めて数十人ほどの生徒がたむろしていた。
「お、やってるやってる。八尋、見えまちゅか〜」
「バカにすんな」
「桃園さん、見える?」
「うん、ありがとう」
生徒の間から顔をのぞかせると、部屋の中央には女子生徒と男子生徒が向かい合っていた。
「どうしても弓道部に入らないと言うのか!」
「だから、あたしが入るメリットがないでしょ」
「入部すれば、その異能力にさらに磨きがかかるんだぞ!」
「あっそう。ぶっちゃけめんどくさいからやだ」
「……まぁいい。言葉より力だ。このギャラリーの前でお前に勝利し、弓道部に入部させてやる!」
体格のいい男子生徒の訴えにも、ロングヘアの女子生徒は表情ひとつ動かさずに答える。
そのやり取りに、周りの生徒が「部長、頑張ってください!」「やれやれー!」とヤジを飛ばしていた。
「……なにこれ」
「毎年恒例、弓道部部長による
「まったく分からん」
八尋の口から言葉が素直に漏れ出る。
入学式の日に、在校生はこんなイベントをしているのか。
「あの女の先輩が紫筑エリナ先輩って言って、二年生で生徒会副会長の先輩です」
「なるほど」
「異能力が『武器』の『弓』で、しかも成績が中等部の頃からトップだから、弓道部にずっと勧誘されてるみたいなんです」
「そうなんだ……」
「んで、その勧誘がヒートアップして、いつのまにか在校生が楽しむ模擬戦になった感じかねぇ」
「よく分かりまし……って、どなたですか!?」
いつの間にかあかりに変わって解説を続けたのは、八尋の横にしれっと立っていた、ショートヘアが印象的な女子生徒だった。
制服の上にパーカーを羽織っており、雰囲気から先輩だろうと八尋は推測する。
その女子生徒は、
「やぁやぁ新入生諸君、入学おめでとう! あたしは生徒会会計の二年B組、
初対面とは思えない涼香に、コミュニケーション能力が振り切れてるんじゃないかと八尋は戸惑う。
涼香は八尋の戸惑い具合を見て、「ふむふむ」と一人で納得したようにうなずく。
「その感じだと君は外部生かにゃ? 模擬戦とか見るの初めて?」
「そ、そうですね。普通の中学だったので、授業は座学だけでした」
「まぁそうよね〜。ちなみに、君の異能力は?」
「異能力は『武器』の『銃』です」
「わぁお! 珍しいねぇ」
涼香は嬉しそうに八尋をにんまりと見る。
異能力。
それはこの世界の人間なら誰でも持ちえるもの。
この世界の人間の体内には、『魔分子』という
研究が進められるうちに、異能力はゼロから一を生み出すものや念動力の類ではなく、魔分子の具現化によって起こることが判明した。
そこからさらに、異能力は『武器』・『魔術』・『魔法』の大きく三種類に分類された。
『武器』はその名の通り、魔分子を固有の武器として具現化するもので、人によって具現化できる武器は異なる。
『魔術』は魔分子と元素や分子を再構築して具現化し、『火』や『水』などを操ることができる。
『魔法』は魔分子そのものを具現化して操る異能力である。
扱える異能力はこの世に生を受けた瞬間に決まり、それは遺伝によって左右される場合がほとんどである。
そして、八尋の異能力である『銃』はその名の通り、拳銃のような形をした武器である。
父親譲りの異能力ではあるが、八尋自身具現化することはできても、現時点では数発撃つのが精一杯だった。
「まだちゃんと使いこなすにはこれからですけど……」
「みんな最初はそんなもんだって。あ、始まるっぽいよん」
部屋ににアラームが響き渡り、エリナと男子生徒――弓道部部長の周りに透明な防護壁が現れる。
その部屋――トレーニングルームでは、生徒が具現化した異能力の暴発を防止するため、防護壁の中でトレーニングが行われる。
「さぁて、しづきんはあれを使っちゃうかな?」
涼香が頬杖をつきながら、楽しそうに小さくつぶやく。
八尋は模擬戦というものが一体どのように行われるのか、期待を込めた眼差しでエリナと弓道部部長に視線を移す。
「お前の行動パターンは歴代の部長から聞いて学んでいる!」
「そうなんだ。がんばって」
エリナと弓道部部長はお互いがどう出るのか様子をうかがっていたが、先に動いたのは弓道部部長だった。
弓道部部長は『
「弓道部なのに、あの先輩は薙刀なんですね……」
「部活と異能力は別物って考える人もいるからねぇ。部活は部活で楽しみたいんじゃないかな?」
模擬戦は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断するまで続けられる。
普段は異能力の実技授業を担当する教員が審判としてついている。
だが、今回はエリナの特権で生徒間のみでの模擬戦になっていると、涼香が横で補足する。
(紫筑先輩、羽でも生えてるみたいに身軽だな……)
防護壁という囲まれた中でも、エリナは重力を感じさせない軽やかな動きで床を滑って壁を蹴り、
エリナは弓矢で弓道部部長を的確に狙っていくが、弓道部部長も薙刀特有のリーチを活かし、弓矢を薙ぎはらっていく。
遠距離武器と近距離武器、男女の差というものもあり、それだけなら弓道部部長の方が優勢だろうと八尋は思っていた。
薙刀の突きや斬撃が徐々にエリナに近づいていき、次第に壁の端まで追い詰めていく。
その様子に周りの部員たちが興奮し、弓道部部長への応援の声がひときわ大きくなる。
そんな中でもエリナはペースを乱されることなく、手を小さく何回か握り、なにかの感触を確かめていた。
「うん、今日はいけそうかな」
「なるほど。お得意のあの技を使うのか?」
「まぁそんなところ」
「今年は同じ手には乗らないからな!」
弓道部部長が薙刀を構え、エリナに向かって勢いよく斬撃を繰り出す。
エリナはその斬撃を華麗にかわし、体勢を立て直す前に弓矢を放つ。しかしその弓矢は簡単にかわされ、部長の後ろの防護壁に突き刺さる。
「紫筑先輩、結構劣勢じゃないっすか?」
「だいじょぶ! しづきん強いから!」
焦る恭平だが、涼香は一切動じずにニコニコとエリナを見守る。
それはまるで、エリナが勝つことが分かっているかのようだった。
そして弓道部部長は勝利を確信したのか、ニヤリと笑ってエリナの頭上から薙刀を振り上げる。
その瞬間、弓道部部長の背中に小さな雷が当たった。
何事かと振り返ると、それはエリナが放った弓矢から発せられたものだった。
弓道部部長が視線を外した一瞬の隙を見て、エリナは体勢を低くして近づき、薙刀の
「今年は目を離したのが敗因だね」
エリナの手から『魔術』の『雷』が発せられ、薙刀を通って弓道部部長の体に電流が走る。
体が麻痺を起こした部長はその場に倒れ込み、薙刀も同時に消滅した。
「……思ったより威力出なかったな」
エリナが手を払いながらぼそりとつぶやく。
「部長! 大丈夫ですか!」
「
防護壁がなくなり、弓道部の部員たちが弓道部部長に駆け寄る。
そんな部員たちにエリナは冷静に告げた。
「あー、今年も紫筑の勝ちかぁ」
「やっぱ紫筑さんだよねー」
「賭け勝ったから、明日の昼食おごりな」
周りで見物していた生徒たちは、模擬戦の感想を思うままに投げ合っていた。
これが模擬戦かと感動している八尋の隣で、涼香は楽しそうにケラケラと笑う。
しかし、八尋はある重大な事実に気がついて眉をひそめる。
「今年は雷で来たかー! いつの間に覚えてたんだろ。いやー、さすがしづきん!」
「先輩!」
「ん、どした少年」
「今のって魔術、ですよね?」
八尋の問いに、涼香は「よくぞ聞いてくれました!」と高らかに声を上げる。
「しづきんは、『武器』と『魔術』の異能力が使える超スーパーガールなのだ!」
「え、でも、普通は体のキャパシティの関係で、異能力はひとつしか使えないって勉強しましたけど……」
「しづきんはスーパーガールだから、そのあたりは関係ないのだ!」
誇らしげに答える涼香。
なにも大丈夫ではないし、そもそも異能力に差がある時点で模擬戦の意味がないのではないのか。それよりしづきんって紫筑先輩のことですかなど、八尋は頭に浮かんだ疑問をすべて涼香にぶつけたくなった。
しかし、ただでさえ混乱している頭にこれ以上の情報を入れられないと、八尋はそれらの疑問をぐっと飲み込んだ。
すると、エリナは周りの生徒たちに聞こえる声量で声をかける。
「誰かこの中で模擬戦やりたい人いる? 一人くらいなら相手するけど」
エリナのその声に、トレーニングルームは一瞬で静まり返る。
「おい、誰行くんだよ」
「お前行けよ」
「無理だろ。まだ死にたくねぇよ」
「ちょっと、男子いきなよ」
そんなささやき声が八尋の耳に届き、エリナがこの学校でどんな地位を
「しづきーん! お疲れ〜!」
「黄崎、来てたなら言ってよ」
その空気を破ったのは涼香で、手をブンブン振ってエリナに駆け寄る。
涼香が現れたことに安心した生徒たちは少しずつ会話を再開させ、またトレーニングルーム内ににぎやかさが戻る。
「よし、終わったし俺らも帰るか」
「うん。模擬戦が見られてよかったよ」
「紫筑先輩強かっただろ」
八尋たちがトレーニングルームを出ようとするが、涼香が八尋たちを呼び止める。
「新入生ちゃんたちー!」
「黄崎先輩?」
涼香はエリナを連れて八尋たちのもとに来ており、周りの生徒たちは八尋たちから距離を空け、遠巻きに会話の成り行きを見守っていた。
「しづきん、この子たちが今言ってた新入生ちゃん。んで、こっちの少年は銃が使えるらしいよ〜」
「へぇ、珍しいね」
エリナは八尋、恭平、あかりとそれぞれ
一六〇センチを少し超えたくらいの八尋とほぼ視線が変わらないエリナは、周りから見れば肉食動物に狙われた草食動物のようだった。
そして、エリナの視線が八尋で止まる。
「あんた、あたしと模擬戦やらない?」
その言葉に、八尋の頭の中で危険を告げる
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