色彩の守護者

桜井 愛明

第1章 日常編

第1話 入学式①

 始まりは一人の人間からだった。


 ある時、自分の内に秘めた常人とは違う能力が目覚める。

 しかしそれは、時間操作や透視能力、瞬間移動や変身魔法といった超能力のような類ではなかった。

 その能力を分かりやすく例えるなら、【具現化】と【操作】。


 それは超能力とは違う【異能力】として認められ、いつの間にか多くの人間がその異能力に目覚めていった。

 異能力に興味を持った者たちによって研究は重ねられ、次第に誰もがその異能力を当たり前に持ち、認識されるものとなっていた。


 そして現代。

 世界ではその異能力を駆使して活動する者たちを【守護者ガーディアン】と呼び、国家資格として一つの地位を得ていた。


* * * * *


八尋やひろ、準備できたかー?」


 ダイニングテーブルに腰掛け、タブレット端末で流れてくるニュースを眺めながら、スーツ姿の男性は洗面所で支度をする人物にその言葉を投げかける。

 洗面所では、八尋と呼ばれた少年が、鏡に映る自分の姿と睨み合いながらネクタイと格闘していた。


「この前やり方教えただろー」

「できたんだけど、なんか曲がってる……もう一回!」

橙野とうのさんとこと待ち合わせしてるんだから遅くなれないぞ」

「分かってるって!」


 数分ほど格闘してできたネクタイは、形にはなってはいるがどこか曲がっていて、それが気に入らなかったのか八尋はもう一度解いてやり直す。

 男性はふぅ、と一つため息をつき、マグカップの中の冷めたコーヒーを飲み干し、タブレットを置いて洗面所に向かう。

 こっちを回して……とぶつぶつ呟きながら手を動かす八尋の手をよけ、八尋の父・とおるはネクタイを結び始める。


「毎日やってやろうか?」

「……明日からは自分でやる」


 この前まで学ランだったんだから仕方ないだろ、と少し照れくさそうにする八尋を見て、透は嬉しそうにしてネクタイを結んでいき、あっという間に見本のようなネクタイが胸元に完成した。


「ほらできた」

「ありがと」

「ハンカチとティッシュ持ったか?」

「持った」

「忘れ物ないか?」

「昨日確認した」

「んじゃ出るか。多分橙野さん待ってるぞ」


 タブレットを鞄に入れ、透は玄関に向かう。八尋は透が放置したマグカップをシンクに置き、急いで靴を履いて家を出た。

 八尋が住んでいるマンションのフロアは四階。地上階までマンションのエレベーターを使って降りていくと、エントランスホールには楽しそうに話している家族の姿があった。その家族が八尋たちに気がつくと、会話をやめて手を振って迎える。


「橙野さん、おはようございます。わざわざ家まですみません」

「いいのいいの! それよりも、八尋くん入学おめでとう。恭平きょうへいと同じ学校に通うなんて小学生ぶりよね!」

「ありがとうございます。そうですね、俺も恭平が勧めてくれなかったら、月城つきしろに入らなかったと思います」


 嬉しいこと言ってくれるじゃないの、と恭平と呼ばれた少年の母親は、バシーンと言わんばかりの勢いで恭平の背中を叩く。恭平はやめろよ、と母親の手を振り払う。


「恭平ったら、朝から念入りにセットしてるのに、結局寝癖だかなんだかよく分からない髪型になっちゃって……」

「だーかーらー、これはファッションだっていつまで言えば分かんだよ!」

「そうなの? パパ分かる?」

「パパには分からん!」


 コントのような橙野家のやり取りが繰り広げられ、八尋と透は苦笑しながらそのやりとりを眺めていた。

 橙野家は両親と恭平、その下に小学生の弟妹が三人もいる大家族だった。八尋は小学生の頃からその苦労とにぎやかさを知っており、心のどこかでその賑やかさが少し羨ましいと思っていた。

 軽い立ち話も終わって入学式に向けて歩き始めると、恭平が隣を歩く八尋の綺麗に結ばれたネクタイをまじまじと見つめる。


「八尋、お前ネクタイ結べたの?」

「……明日からは自分でやる」

「へぇ、やってもらったんでちゅね〜」

「うるさい。寝癖どうにかしろよ」

「ファッションだって!」

「分かってるよ」


 幼馴染らしい軽口を叩き合い、先を歩く親たちを追いかけた。

 二○XX年四月。今日は月城つきしろ学園高等部の入学式が行われる。


* * * * *


 都内で立地もアクセスもそれなりに良い月城学園は、守護者ガーディアン育成のための中高一貫校である。

 国立の教育機関に比べると一般的な普通科の高校に近いが、施設やカリキュラムが守護者育成に向けたものであり、学生生活を送りつつ守護者を目指す学生にとっては最適な環境ともいえる。

 現在活躍している守護者の母校として度々名前が上がっており、その実績からか最近では隠れた名門校と言われ、年々入学希望者が増えている。

 一学年は百五十名。決して多くない数の生徒が毎年入学し、授業に出席して学外活動を行い、卒業と同時に守護者試験免除の資格を得ることができる。

 守護者を目指す若者には理想の学校だが、実技の授業についていけない者、守護者の現実を知りそのギャップに耐え切れなくなる者など、夢半ばで挫折する生徒も少なくない。

 八尋たちが正門に着く頃には、月城学園高等部入学式、という看板の横に立って写真を撮る新入生らしき姿がちらほらあった。

 終わった後は混むから今のうちに、という恭平の母親の言葉で、順番に看板の前で写真を撮っていく。


「ほら八尋」


 恭平が八尋に近づくと、向けられたスマホの画面には八尋と恭平と入学式の看板が写っていた。きっとSNSに載せるんだろう、と恭平ほどSNSもやらない八尋はぼんやりとそんなことを考え、恭平のされるがままに写真に写る。

 雑談を交えながら写真を撮っていると、まばらだった人もだいぶ増えてきて、体育館に向かう人の波も出来はじめていた。

 桜並木を抜けて体育館に着くと、新入生と保護者席への案内が別々に出ていた。


「恭平くんと遊んでくるんだろうけど、帰るとき連絡入れるんだぞ」

「うん。多分夕方くらいに帰ると思う」


 透とそんなやりとりをして別れ、恭平と体育館に入る。恭平とは内部進学生と外部進学生とクラスが別れていたため、入学式終わりにまた合流しようと話をして、入学案内の時に伝えられた案内を頼りに席につく。

 しばらく式次第や一緒に置いてあったプリントになんとなく目を通していると、薄く流れていた音楽が盛り上がる。そのままその音楽をバックに、司会の先生や校長先生、役員など何人かがステージに上がっていった。


(式典ってやっぱり退屈だよな……)


 座って立って、また座るを繰り返し、誰かも知らない人物からの話を長々と聞かされる。一種の様式とは言え、欠伸あくびを噛み殺すくらいには八尋は退屈していた。

 しかし、最初の挨拶に出てきた校長先生が思ったより若かったこと、途中の生徒会長のトークスキルが高く面白かったことは八尋の記憶には刻まれていた。

 そして式は何事もなく進み、新入生代表挨拶、と司会の先生が言い、つまり俺たちの学年で一番頭がいい人か、と八尋は考える。一体どんな真面目な人が出てくるのだろう、となんとなくステージ上を眺めていると、その期待は八尋の予想を超えて裏切ってきた。


「暖かい春の風の訪れとともに、私たちは今日、この月城学園高等部に入学いたします」


 十人いれば十人振り返るような、美少女という言葉がぴったりな少女が壇上に立っていた。ふわりとしたロングのウェーブヘアに、遠くからでも分かる綺麗な二重。スピーチを読む声はその少女らしい、しかし可愛い声というよりは透き通った通る声で、原稿に並ぶ言葉を読み上げていく。

 八尋はその少女に釘付けになっていたが、そんな感想を抱いたのは八尋だけではなさそうだった。周りに座っていたほぼ全員がその少女に視線が向き、近くにいた女子生徒からも「あの子超可愛いね」「芸能人かな?」という声が聞こえてきた。


(あんな可愛い子が同級生なのか……)


 ぼんやりと八尋がそんなことを考えている間に、いつのまにか少女のスピーチは終わっていた。桃園ももぞのあかり、という名前だけが頭に残り、スピーチの内容は殆ど八尋の頭には入っていなかった。

 その後式は順調に終わり、人の波が体育館の入り口に押し寄せる。入り口にいれば恭平も見つけやすいかな、と八尋は体育館を出て、入り口の横の壁に立つ。

 人の波が更に多くなってきた頃、聞き慣れた幼馴染の声が聞こえた。


「八尋お待たせ!」


 五分待った、とか寝てたんじゃないか、など恭平をからかってやろうと思っていた八尋だが、目の前の人物を見て、そんなことは全て吹き飛んでしまった。

 恭平の横には、先程壇上で新入生代表挨拶をしていた、桃園あかりが立っていた。

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