3話 日常との別れ
「っあああ……」
熱波と衝撃により吹き飛ばされた俺は、アスファルトに身を削られ、街灯に体を打ち付けながら、舞花の方へと手を伸ばす。
「舞花……舞花っ」
何故こんな事になっているかが分からない、普段と変わらないバイトからの帰り道、帰れば何時も同様舞花が夕飯を作って待っていてくれると思っていた……。
だがそんな日常は一瞬にして覆され、今もアスファルトの表面ですり下ろされた皮膚の痛みが、街灯に強打した右足の痛みが、これが現実だと訴え続けて来る。
「……っ」
震える体に鞭を打ち立ち上がろうとすると、右足の痛みのせいで膝が抜けかけるが、何とか立って舞花の居た筈の場所へと足を引きずりながら近寄って行くと同時、ガラスが割れる様な音が響き渡った。
「……舞花っ」
先ほどまで行く手を阻んでいた透明な壁は消え失せて、俺は未だ煙を上げる場所へと近づいて行く。
未だに熱を帯び、巨大なクレーターが出来たその場所は、先程の火球の威力の凄まじさを物語っている。
――もう舞花は……
そう本能が語りかけて来るが、覚悟を決めて舞花のいた筈の場所へと近づき――倒れている物がある事に気づく。
「舞花っ!」
体に鞭打って近寄ってみると、そこには先ほどまでの巫女服では無く、俺達が通っている高校の制服を身に着けた舞花が、傷らしい傷も無く倒れていた。
「良かった……」
何故かは分からなかったが、先程までの戦闘が嘘の様に綺麗な状態の舞花を見てホッとすると、スマホを取り出して画面を見てみれば圏外から復旧しているのが見て取れた。
「今、救急車を呼ぶからな」
そう言いながら舞花の頬に触れるも、反応はない。
ただ、それは疲れているだけなのだろう……そう思って俺は救急車の手配をしながら、この時視界に入った舞花のスマホに表示された画面が妙に印象に残る。
――You Lose
その文字が、脳裏にこびりついて離れなかった。
◇
舞花が病院に運び込まれて、3日が経った。
だが、その間に舞花が目覚める事は一度としてなかった。
医者曰く、体には何の問題も無く、脳波や心臓も正常だと言う。
ただ、原因不明の昏睡状態。
何時目覚めるとも知れない状態と言われ、医者から一度帰宅する様に進められた。
両親には連絡したが繋がらず、緊急用に渡されていた大学の連絡先へは事情を説明したが、未だに両親から連絡が来る気配は無い。
「……クソッ」
衝動的に洗面台の鏡に拳を叩きつけると、病院で治療された拳から血が噴き出すと共に、鏡が蜘蛛の巣状にひび入った。
「何が、原因不明の昏睡状態だっ……医者なら、何とかしろよっ」
悪態を吐きながらも、自分自身で無茶なことを言っている事を自覚する。
だが、自分の内に溜まったどす黒い気持ちをどこかに吐き出さずにはいられなかった。
「ソレもこれも、あの女が居なければ……」
俺では――常人では理解不能な戦闘を舞花と繰り広げていた一人の女を思い浮かべる。
一瞬だけ目が合った、女に言い様の無い怒りを覚えるが、知っている情報が割れた能面から覗く赤い瞳だけでは、相手を探すことさえろくにできはしない。
服装にしたって舞花の服が制服に戻った所からして、まるで当てにならないだろう。
だが、何か糸口となる物は無いか……そう考えていた所で、携帯が振動する。
一件は、俺の事を心配したクラスメイトからの物。
そしてもう1件は……。
「Third eye招待のお知らせ?」
何かのスパムメールだろうと思い、内容を見る事も無く削除しようと指が動き……止まる。
「そう言えば、舞花の携帯に映っていたあの画面……Third eyeって書いてなかったか?」
You Lose――という文字の印象が強かった為、記憶に焼き付いているが、画面上部の方にそんな文字が浮かんでいた気がする。
まぁその画面も後から見た時には、いつの間にか消えて居た為定かでは無いが、もし仮にこれが糸口になるとしたら……。
余りのタイミングの良さと、無味乾燥な題名から不気味さを感じながらもメールを開く。
そこに書かれていたのは、Third eyeというアプリをインストールするかの是非を問う内容と、ダウンロードと書かれたボタンのみ。
どんなアプリなのかも、何処の会社なのかも分からず、端的に過ぎるそのメールが余りに不気味で、思わずブラウザを開き「Third eye アプリ」と検索してみるも、出て来るのは関係が無さそうな項目ばかり。
どうするか……そう一瞬躊躇するも、思わず自嘲してしまう。
どうせ今のままでは何も分からないんだ。
それなら、仮に騙されているだけだとしてもすがりに行くしか無いだろう。
そう思いなおし、メールを開き直すと、ダウンロードのボタンを押した。
「っがあああ」
同時、全身を激痛が襲い、脳が焼ける様な感覚を覚え、その場に倒れ込む。
だが痛みは一向に収まる事無く、内臓を素手で引っ掻き回され、血管内をムカデが這い回る様な不快感を必死に耐えている中で、一瞬何かが視界に映り込んだような気がしたところで、俺の意識はブツリと途切れた。
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