2話 日常が崩れた日

「舞花っ!」


 思わず身を隠していた障害物から乗り出して叫ぶと、舞花はこちらを見て目を見開いた。


「お兄……ちゃん?」


 所々に生傷を負っていた他、白と紺を基調にした巫女装束に身を包んでおり、普段は艶やかな黒髪も今は炎のせいで縮れていたが、その姿と声は紛れも無く妹の舞花だった。


「なんでお兄ちゃんがココに……」


 わけが分からないと言う風に呆然としていた舞花だったが、離れて見ていた俺には上空の能面女が、舞花に手を向けているのが見えて――胸の内に感じた嫌な予感に促されるまま叫んだ。


「逃げろ、舞花っ!」


 そう叫ぶと、弾かれる様に舞花が上空を見上げ……常人ではあり得ない速度でその場を飛びのいた直後、舞花が居た場所に向けてサッカーボール大の火球が突き刺さる。


「お返しっ……」


 そう叫びながら舞花が手を薙ぎ払うと、展開された5枚のお札が一直線に上空の能面女に向けて飛んで行き――爆発した。


 花火などとはわけが違う、明らかに害意を持った爆発に面食らったのもつかの間、広がった煙の中で炎の羽が煌々こうこうと光ると同時、舞花に向かって炎をまとった能面女が弾丸の如く迫る。


「っく……あああああああっ」


 高速で迫って来た女の体当たりを、舞花が薄緑色の壁を展開して阻むと、噛み締めた口の端から血を垂らしながら、能面女を跳ね返す。


 見たことも無いほど険しい表情をしながら舞花が、御払いで使う様な棒――祓串はらいぐしや御札を用いて攻撃や防御を行い、能面女は身にまとった炎を自在に操り交戦する。


 傍から見ていてもなお見失うほどの速度で交錯するその様子は、非現実的でありながらも現実味を帯びていて、その様子がゾッとする程美しく見えた。


「きゃああああっ」


 何度目かの交錯の果て――舞花が炎弾の直撃を受けて再び地面に叩きつけられるのを見て、思わず我に返る。


――俺は何をボーっと突っ立って見ているんだっ、妹が今も危険にさらされていると言うのに!


 一瞬呆けてしまった自分に対し自己嫌悪に陥りながら、警察を呼ぶためにスマホで110番を押すが、「ツーッ、ツーッ」と話中を示す様な音しか返ってこない。


 そんなバカなと思い画面を確認してみれば、都心だと言うのに電波が圏外となっていた。


「クソッ」


 肝心な時に役に立たないスマホに苛立ちながら、拳を透明な壁に向かって突き立ててみるが、帰って来るのは硬質な感触だけで割れる気配はまるでない。


 他に何か手立ては無いか、そう考えている間にも能面女が、地面で倒れている舞花の方へと近づいて行くのを見て、思わず感情に任せて叫ぶ。


「……舞花に、妹に手を出すなっ!」


 壁越しにその声が聞こえたのか、能面が俺の方を向いて視線が合うと――女が一瞬棒立ちになった。


――どうかしたのか?


 そう考えている隙に、倒れていた舞花が宙に浮き上がると同時、先ほどまでとは比較にならない数の御札が、舞花を取り囲むように展開される。


「ここまで近寄ってくるのを……待ってたんだ!」


 パンッと舞花が柏手かしわでを打つと同時、能面女が両手両足を広げた状態で空中に固定される。


 そこで能面女は我に帰ったのか、束縛からなんとか逃れようと必死にもがくが、舞花の拘束力が余程強力なのか、首を動かす位しか出来ていない。


「これが、私の全身全霊っ――」


 そう舞花が叫びながら祓串を振るうと、周囲を取り囲んでいた御札が能面女を取り囲むように展開されると、七色の光を放ちながら高速で回転を始める。


「――これでっ、終幕!」


 掛け声と共に、目を開けて居られない程に激しい光が周囲に満ちて――弾けた。


「――っ」


 凄まじい爆音と爆風に膝をついて耐えた後……目を開いた先には、もうもうと煙が上がっていた。


 人であれば到底耐えられない様な爆発を見て――能面女の安否が一瞬頭をよぎるが、舞花が攻撃されていた事を思い返し、取り敢えず思考の端へと追いやる。


 そんな葛藤をしている間に、息も絶え絶えな様子の舞花が、俺のほうに向かってゆっくりと地上に降りてくる。


「……お兄ちゃん、やったよ」


 そう言って舞花がこちらを振り返り、満面の笑みをしたのを見て、笑い返そうとした所で――ゾワリ、と背筋を何かが撫でる様な感覚があった。


「えっ、そんなまさか……」


 舞花も何かを感じたのか振り返った先……もうもうと舞い上がる煙の中を注意深く見ていると、それは立って居た。


 身にまとっていた服は所々壊れ、顔に張り付いていた能面も3分の1程が破損していたが……女はそれでも立って、こちらに向けて手を伸ばした。


 同時、先ほどまでとは違い透明な壁に挟まれているコチラにまで、熱波が伝わって来る。


「――灰になれ」


 底冷えする様な、感情を感じさせない声で言葉が紡がれ……俺は、全身を包む悪寒に促されるまま、全力で透明な壁を殴りつける。


「逃げろ、舞花っ!」


 何故かは分からない、だが言い様の無い危機感を覚えて、拳から血が噴き出すのも構わず透明な壁を叩き続ける。


「あぁっ……」

 

 舞花が頭上を見上げてうめき声を上げたのを聞いて、俺も舞花の頭上を見て……言葉を失った。


 舞花の頭上には、太陽の如く輝き、大気すらも燃やしつくさんとする巨大な球体があったのだから。


「舞花ーーっ」


 叫びながら、拳を砕く勢いで壁を叩くも、壁は俺と舞花の間を阻み……そんな俺の様子を見た舞花は、力の無い笑みで振り返ると口を開いた。


「ごめんなさい、大好きだよ。お兄ちゃん」


 ――直後、舞花の声をかき消すような轟音と共に、巨大な火球が地面と激突した

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